恥ずかしさと共に
学校にはまだ疎らに生徒が残っていた。外では野球部の威勢のいい声が聞こえてくる。校舎ではどこかの文化部員が何か教材を運んでいる。日は傾き始めて、眩しい夕日の光で校舎の中を照らす。
いつもの下校風景。特に目新しいものはない。そして俺の下駄箱。これも目新しいものじゃないのがだ。なぜか悪寒がした。
「まさかな」
流石に、という気持ちで下駄箱を開く。
「…………」
そこには目新しいものなんて何もない。いつも通り履き慣れた靴があって、その上に手紙と呼ぶにはお粗末な便箋があるだけだ。
「まったく」
アイツは人を呼び出すを方法を一つしか知らないのか。
心の中で悪態を吐きならが、二つ折りにされた便箋を開く。
『屋上で待っています』
相も変わらず綺麗な字でそう書かれている。
俺は迷うことなく身を翻す。便箋を乱暴にポケットの中に突っ込むと、勢いよく階段を駆け上がる。一階から屋上までの階段を休むことなく。
屋上へと繋がるドアノブに手をかけ、勢いよく開いた。
「遅いっ!」
耳を劈くような声が出迎えた。
まぁ、予想は出来ていた。
いつだかと同じだ。時和天音は制服姿で屋上に仁王立ちしている。
「そう言うんだったら呼び出し方法を変えろ。下駄箱に手紙を入れるなんて前時代過ぎる」
「言い訳は聞きたくない」
「はいはい」
言われると思っていたので、怒りも感じない。
こうして向かい合って話すのがとても久しぶりな気がした。いや、実際あのホテルでの歓迎パーティーからあまり喋っていないので当たり前か。
「それで大丈夫なのか?」
「なんのこと?」
「お前の体のことだ。どこかおかしかったりしないのか?」
そう言うとなぜか時和の目付きが鋭くなる。
正直言って怖い。
「どこかの誰かさんが勝手なことをしてくれたおかげで、どこも異常ないわ」
「そうか。それはよかった」
「縁くんこそどうなの?」
「なにがだ?」
「だってほら、私の宿主様になったんだから」
宿主様って。
「別に変わりない」
「そう。それはよかった」
「…………」
「…………」
あれ? 予想以上に会話が続かない。というより顔を合わせずらい。
よく考えれば、夢の中とはいえ、勢いでいろいろ突っ走ったしな、俺。昔の約束忘れて、謝って、告白して、了解もなしにキスして……。
おっと。これって謝った方がいいのか? 結構、時和に酷いことしてないか、俺?
悩みに悩んで、とりあえず口にしてみることにする。
「あー、悪かったな。いろいろ迷惑かけて」
「うん? なんのこと?」
「いや、わからないならいい」
どうやら怒ってはいないらしい。うん、それは一安心だ。
さて、また会話が途切れた。
次の話題は……。
そういえば、さんざん時和に振り回されて、あっちは平然としているけど、どっちかっていうと、向こうが謝るべきなんじゃないか?
こっちは慣れないことして、大変だったっていうのに。
そう思っているとだんだんと腹が立ってきた。
「おい、時和」
「なに?」
「謝れ」
「いきなりね。私、何かしたかしら?」
「お前、さんざん俺や百目鬼に心配かけさせておいて、謝罪の一つくらいあってもいいだろ」
そこまで言い切りと、時和もムッとした顔になる。
「それを言うなら縁くんもだわ。私との約束を平気で忘れちゃうし、私がヒント出してあげても、ぜんぜん思い出さないし、勝手にいろいろしてくれるし」
「だから、さっき謝っただろ」
「それのこと言ってたのっ!?」
それ以外なんだと思ってたんだ、コイツは。
「でも、十年以上待ってた私に謝罪一つっていうのは、どうかと思うわ」
「うぅ」
確かに見合わない。
とは言われても謝罪以外に俺にできることが見当たらない。
「あ~あ、私、縁くんと結婚するためにいろいろ頑張ったのになぁ。人の生活に慣れるために学校にも通っているのに、それなのに縁くんはすっとぼけちゃって。挙句の果てに勝手に縁くんの守り神にさせられちゃうし。知ってる? 私、縁くんの守り神になってせいで力が半減しちゃったのよ。縁くんの家から学校まで、瞬間移動できなくなっちゃったし、水の上もあるけそうにないし、なんだかお腹がすくし」
「なに? おい、それって」
「なんだか私、人間みたいになっちゃったわ。少しは力残っているんだけど、小石を浮かせられるくらいが限界。たぶん、縁くんが宿主様になった影響かしら?」
それはつまり、俺のせいで時和は神の力を失ってしまったってことだ。
「それは本当にすまない」
こればっかりは謝ってもすむ問題じゃない。そう頭ではわかっていても、出てくるのは謝罪の言葉だけだ。
本当に自分が情けない。
「ホントよ。縁くんは私に頭が上がらないわね」
「ああ」
「それじゃあ、謝罪の言葉以外に私にすることはないの?」
「いや、その……悪い。正直言って思いつかない。でも、俺ができる範囲でならなんでもやる」
「それ、ホント?」
「本当だ」
本来なら「なんでもやる」なんて言葉は不用意に使っていい言葉じゃないのだが、今回ばかりは使わざるをえない。
それだけのことをやってしまったのだから。
「そうそれじゃあ、約束して」
「約束?」
時和は頷くと、気持ちを落ち着かせるように深呼吸をして、
「大きくなったら私と結婚してください」
そう言った。
「…………」
俺の中での世界が停止する。
今、時和はなんて言った。
けっこん? ケッコン? 血痕?
私と血痕して?
いや、意味がわからない。血でもなすりつけあうのか。
そうじゃない。時和が言いたいことはつまり――
「俺と結婚?」
「うん、私は縁くんと結婚したい」
そういうことだ。
「いや、わかってるのか? 結婚っていうのは夫婦になるってことだぞ。夫婦になるってことはずっと一緒にいるってことで、ずっと一緒にいるってことはつまり――」
「わかってるわ」
「本当にわかってるのか?」
「わかってるわよ。昔の可愛かった縁くんに言われてからいろいろ調べたんだから」
「…………」
正直まだ頭が混乱している。この歳でまさか結婚を申し込まれるとは誰も思わないだろう。しかも、幼い頃の話ではなく、ある程度物事の判断がつくこの歳になってだ。それの言葉にどれだけの重みがあるのか、幼い頃よりは知っている。
そして時和もその重みを知ったうえで言っているのだろう。
こんな俺にそう言ってくれているのだ。
時間が経つにつれて、頭の中の情報が整理されていく。いつも通りの俺、とまでは言えないが、冷静な判断はできる。
「まさか、言い返されるとはな」
「私も言い返すことになるとは思わなかったわ」
「だから、悪かった」
「謝罪だけじゃ足りない」
「そうか――」
なら、
「約束しよう」
俺は時和の腕を掴んで、自分の胸の中へと引き寄せた。
一瞬、時和が肩を震わせた。だが、拒むようなことはしない。大人しく丸まっている。
「……驚いた」
数秒が経って、時和がそう呟いた。
「驚いたって何がだ?」
「縁くんはその、こういうこと自分から積極的にしない人だと思っていたから」
「確かにしないな」
「じゃあ、今はなんで?」
なんでと言われれば、なんとなくだ。だが、それじゃあ時和は納得しない気がする。
「こうした方が約束をしたことを信じてもらえる、と思ったからか?」
「なんで疑問なの?」
天音が笑ったように言う。
「自分でもよくわからないんだ」
「そう。でも、ちょっと恥ずかしいわ」
「なら、やめるか?」
「ううん、もう縁くんからしてくることないだろうから、もう少しだけ」
「わかった」
天音を抱きしめる力を少し強める。
そうすれば恥しさと共に、この約束を忘れないだろう。
最後まで読んでくださってありがとうございました。




