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神様な彼女  作者: Uma
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全ての気持ちを

 次に目覚めて時、そこは何もない世界だった。見渡す限り白で埋め尽くされている。

 全てが真っ白だとなんだか気持が悪い。何処からが天井で、何処からが壁で、何処からが床なのか、境目が分からない。自分が何処に立っているのかも曖昧だ。もしかしたら俺は寝ているんじゃないかとさえ思えてくる。無重力とはまったく違うふわふわした感じがある。

 ここが時和の心象風景。心の中の世界。

 本当ならここには時和湖の風景が映るはずだった。しかし時和湖が無くなった今、契を失い時和の心には何もなくなってしまったのだ。

「ここに俺を刻むのか……」

 いったいどうしたらいいのかまったく見当もつかない。

 とりあえず足を動かす。一歩一歩を慎重に踏み出して白の世界を歩く。

 しかし歩いても歩いても白ばかり。

「白い世界には地平線もないのか……」

 世界に色が一色しかなければ当たり前なのだが。

 だけどこれは少しおかしい。いくら時和湖がなくなったからといって時和はまだ存在しているんだ。心象風景は心があるから生まれる。言い方を変えれば心があるが限りは存在する。なら、時和の記憶が風景となって表れてもおかしくないんじゃないか。

 それがなってことは――

「時和自身に問題があるのか」

 これも所詮素人の仮説なのだが、ないよりはマシだ。

 大きく息を吸い肺に空気を溜めて、叫んだ。

「時和、約束を守りに来た!」

 耳を澄ませて返事を待つが、特に何も変わらない。

 もう一度息を吸って叫ぶ。

「時和、返事をしろ!」

 再び耳を澄ませる。だが結果は変わらず、未だ世界は白いままだ。

 所詮は素人の考え。そう上手くはいかないか。

 ダメか、と諦めかけた瞬間、少しの変化が生まれた。白い世界に風が吹いたのだ。風はだんだんと強くなり、やがて手で顔を覆わないと立っていられないほどの突風となって俺の身に吹き付けた。

 しばらくすると風は止む。

 なんの嫌がらせだと思って顔を上げると、膝を抱えて蹲る時和がいた。

「時和!!」

 駆けよると、時和はゆっくりと顔を上げて俺を見上げる。

「縁くん……」

 声は自室で聞いた時のように弱々しい。だが、これで希望が見えた。

「時和、約束を守りに来た」

「約束……」

「ああ、俺が子どもの時にした約束だ。覚えてるだろ」

「…………」

 時和は質問に答える様子はなく、光のない黒い瞳だけがじっと俺に向けられる。

 そこには意思が感じられない人形のようだ。

 どうしてそんな目をするんだ……。

 どうしようもない不安が心をぎゅっと握る。

「おい、時和。しっかりしろ」

 時和の肩を掴んで揺する。

 だが時和は相変わらず無機質な目で俺の手を見るだけで覇気が感じられない。

「……もういいわ」

 やっと口を開いて出た言葉は、心の奥底にある真っ暗なところから出てきたような一言だった。それは今の時和の瞳と同調し、さらに不安を掻き立てる。

「何言ってんだ。このままだとお前は」

「もういいの。言ったでしょ、今の縁くんに何を言われても私は時和湖から離れる気はないって」

 それは時和が俺を突き離した言葉。

 だけど、今の俺にはそんな言葉よりも大事なことがある。

「それでも、それでも俺はお前を助ける。そう約束しただろ」

 それが俺の決意だ。

 しかし、時和はそれを嘲笑う。

「約束……十年以上も忘れていた約束がそんなに大事?」

 ぽつりと呟く。

「縁くんにとって私との約束なんてそれぐらいの意味しかなかったんでしょ。幼いことにした守れるはずもない約束ぐらいにしか思ってなかったんでしょ。だから十年以上も忘れていられるのよ」

 時和が責めるように言う。

 負い目に感じていることを、こうもはっきり言われると何も言い返すことができない。

「私は覚えてた。初めての人の友達に、初めて告白されて、とても嬉しかったわ。縁くんは幼くて頼りなかったけど、約束通りにいつか私を守ってくれる人になると思ってた。けど、久しぶりに会った縁くんは私のことも、約束のことも微塵も覚えてなかった……。初めて廊下ですれ違った時、すぐに縁くんだって気付いたわ。顔に幼さがなくなって大人になっても、少しだけ無愛想で可愛げがなくなっても、心だけは変わってなかった。昔のことを覚えてなくても私と遊んでくれた。だから、最初は覚えてなくてもいいと思った。友達のままでいいと思った」

 でも、と少し強い風が吹いただけでも掻き消されそうな小さな声で言った。

「パーティーで高根沢さんに抱きつかれてる縁くんを見た時、胸が締め付けられるように痛かった。どうしてそこにいるのが、私じゃないんだろうって思った。私はぜんぜん縁くんを諦められてなかった」

 だからなんだろう。時和が「彼氏はいますか?」という質問であんなことを言ったのは。

 俺が思い出してくれるんじゃないかと思って、必死の願いで約束の一片を俺のいる前で言ったのだ。

 だけど俺はそれを裏切った。

 帰り道での俺の言葉はどれだけ時和を苦しめていたのか。それを考えると罪悪感と自己嫌悪で身が引き千切られそうになる。

「縁くん……私、もうこんな想いしたくないよぅ……もう辛い」

 その後、俺から姿を消したのはそういう理由か……。

 顔を見ると約束を思い出してしまうから、俺から距離を置いた。

「だからもういいの……こんな想いするくらいなら私は消える方がいい……」

 だけど、そんな自分に後悔してる暇はない。今やるべきことは時和を助けること。悔やんだり謝ったりするのは後でもできる。

「ダメだ時和! 俺は思い出した! 約束を思い出したんだ!」

「そうだね……でも少し遅いよ……」

 と時和が膝に顔を埋めた瞬間、時和がいる場所から黒い点が生まれる。それは世界を侵食するかのようにして、白い世界を黒いに染め上げていく。

「もう……時間切れだね……」

 時間切れ。

 時和の記憶が存在を保てなくなっている。

 ダメだ!

 そんなのダメだ!

 俺は時和の腕を掴んで、無理やりに立ち上がらせた。頭一つ分くらい背の低い時和は必然的に俺を見上げる形になる。

「時和、俺は確かに今まで約束を忘れていた薄情野郎だ。お前が望むなら土下座でもなんでもするし、あのデカイパフェを自腹で奢ってやってもいい――でも、でもお前が消えることだけは許さない! それに俺は約束を忘れてたけど、消してたわけじゃない。今は思い出したし、その前も無意識で……たぶんはっきりとは言えないけど覚えてたと思う」

 なんとも身勝手で自分勝手な言い分だ。傍から聞いたらただの言い訳だ。

 でも、これが俺の本心だ。

「俺は学校で初めて時和とすれ違った時から気になってたんだ。屋上に呼び出された時もお前だとわかってたから行った。宴会で誘われたゲームも本当はやりたかったけど、お前とやるのが恥しくて断った。俺と商店街に行ったのもデートっぽくて楽しみだったからいち早く行った。公園に呼ばれた時は二人きりだと思っていったら子供たちがいたから少し落ち込んだ。パーティーに一緒に行った時は時和の、時和のあの着物姿を“また”見れて嬉しかった」

「そこまで思い出してたんだ……」

 あの赤い牡丹の着物。あれは俺が時和に告白したときに着ていたものだ。

「これは勝手な解釈だけど、俺は無意識に約束を覚えてた。

 

 ――だって俺はこんなにも時和のことが好きなんだから」

 

 たぶん今の俺の顔は耳の先まで真っ赤だろう。顔から火を出してるんじゃないかと思うほど熱い。

 幼い頃ならまだしも高校生になって異性に好きと言うのは勇気がいるし恥しい。

「そう……ありがとう……最後にそう言ってもらえただけで嬉しいわ……」

 だってのに時和は気が変わった様子はなく、未だに諦めた顔をしている。

 思わず舌打ちをした。

 くそっ! どうしてコイツはこんなに頑固なんだ! 普通なら今ので終わり、ハッピーエンドなのがベタだろ!

 どうやら最終手段を使うしかないみたいだ。

 百目鬼に「自分を刻め」と言われたとき、俺の中では二つの方法が思いついていた。

 一つ目はさっきの『告白』。

 正直これは相当嫌だった。なんで冷血漢なんて呼ばれてる俺が自分から告白なんてしなくちゃいけないんだ、と思った。

 しかし、二つ目の方がもっと嫌だったので、告白をしたのだ。

 そしてその二つ目というのが――

「時和、お前は俺が約束を軽んじてるって言うなら、俺は約束の上書きをする」

「約束の上書き?」

「ああ、今度は俺が一生忘れないくらい、五トントラックに轢かれて記憶喪失になっても忘れないくらいにする」

 落ち着いて深呼吸する。

「俺は、五月女縁は時和天音を伴侶とし、健やかなる時も、病める時も愛することを誓う」

「縁くん……」

 うる覚えの誓いの言葉を口にして、時和の頬にそっと手を添える。

「今のうちに謝っておく、文句は戻った時に聞いてやる」

 そして時和の唇に自分の唇を重ねた。

 触れた瞬間体が強張ったが、すぐに体から力が抜けていく時和。目を瞑っていたから時和がどんな顔をしていたのかはわからない。しかし、拒絶する様子はなく、世界の全てが黒いに染まるまで俺たちは唇を交わし続けた。


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