親睦会へ
親睦会は平日の午後六時から午後八時までの二時間行われる。本当は休日に行われるはずだったのだが、急に開催することが決まったのでホテルを予約できなかったらしい。結果的に学校の授業を終えて帰ってから行くみたいな流れになった。
俺は正直言って休日の方がよかった。じいちゃんの家は街の田舎側にあって交通に不便だ。それなのに一度戻ってまた行くなんて面倒だ。学校で時間を潰して行こうかとも思ったが、誘った手前時和と一緒に行かないといけない。
「おい、縁。友達が来たぞ」
茶の間で煎餅を食べてニュース番組を見ているとじいちゃんの呼ぶ声が聞こえる。
ぎしぎしと軋む廊下を歩いて玄関へと行くと、じいちゃんと時和の姿があった。
「なんだ、縁。こんな美人を連れて行くのか。お前もやるようになったのぉ」
「違う。友達だって言ってるだろ」
と言ってるのに、じいちゃんは聞いてない。笑いながら家の奥へと消える。
まったくあの色ボケジジィが。美人を見ると目の色変えやがって。歳を考えろ、歳を。
「縁くんのおじい様って面白い方ね」
「やめろ。おじい様なんて柄じゃない。ただのジジィだ」
と訂正して時和を見る。白地の生地に赤い牡丹が描かれた着物を着て、手には巾着を持っている。
確かに俺は親睦会にはパーティーに見合ったものを着て来いと言ったがまさか着物とは。
「どう似合っているかしら」
時和は軽く両手を上げて、着物全体が見えるようにする。確かに今まで着た着物の中で一番似合っていると言っていい。時和は何処となく赤が似合う。だが、それを素直に言うのも、なんだか癪だ。
「ま、いいじゃないか」
どうでも良さそうに答えると時和はなぜか笑う。
「なに笑ってんだよ」
「だって、縁くんってホント顔に出るんだもの。嘘を吐くとすぐにわかるわ」
なんとも自意識過剰なことを言ってるが、当たっているので言い返すことができない。
「んなことはいいから行くぞ」
無理やり話題を終わらせて、靴を履く。
「行くって縁くん、その格好で行くの?」
俺の格好を見て時和が言う。
俺が着ているのは学校指定の制服、世間で言うブレザーだ。
「ああ、そうだ」
「縁くん昨日自分が言った言葉覚えてる?」
「時間には遅れるなか?」
「パーティーなんだからそれに見合ったものを着て来いって言っていたわ」
確かに言った。だがそれは時和に言ったのであって自分にではない。そもそも時和が行かなければ俺も行かないのだ。言ってしまえばこれは時和のためのパーティーだ。俺がいくら着飾っても仕方がない。
「いいんだよ俺は。それにお前だって普通ドレスっぽいもの着てくるだろ。なんで和服なんだよ」
「私、洋風のものは学校の制服しか持ってないわ。だから着物の中でも一番のお気に入りを選んできたのよ」
持っている洋服が学校の制服っていつの時代だよ。と神様に言っても仕方がない。
「まぁ、いいけどな。それじゃあじいちゃん、行って来るぞ」
と声を張ると、「おお、しっかりやってこい」と返事がくる。
何をやるんだよ。
徒歩しか移動手段を持たない俺は歩いてホテルまで向かう。とうぜん時和もそれに合わせて歩くのだが、今日だけはタクシーでも呼べば良かったと後悔する。
通行人の視線が凄いのだ。
見た目だけでも目を引くというのに、それに加えて着物だ。通行人のほとんどが時和を目で追う。特に男なんかは目を見開いて見つめている。
早く着けと心の底から願った。
だがホテルに着いたら着いたで最悪だった。時和のことを知ってる奴が殆どだからそれほど騒ぐことはないだろう、と思っていたが、はやり着物の効果が絶大だったらしい。会場に入ったとたん歓心の声(主に男子)が上がった。
時和効果すげぇ……。
などと感心していると親睦会の開会式が始まった。開会のあいさつと主催者からの言葉(篠崎だったので一瞬ビビった)、それからスポンサーである百目鬼の言葉が終わると親睦会は始まった。
いくつかの円テーブルに様々な料理が載り、ウェーターらしき人が飲み物を運んでいる。金持ちの立食パーティーさながらだ。
どんだけ気合入ってるんだ、百目鬼。
なんて思っていると隣に時和がいないことに気付く。辺りを見回すと一つのテーブルに人だかりが出来ている。その中に時和はいた。着物のことについて質問攻めされているようだ。凄い慌てているのが、ここからでもよくわかる。
時和は時和で頑張ってもらうとして、俺は千円分、料理を食べさせてもらうことにしよう。取り皿を持っていくつか料理を取って食べる。
マジでうめぇ。
「おい、五月女」
料理を堪能していると主催者様が声を掛けてきた。
「篠崎か。どうした」
「どうしたじゃねぇ。なんでお前、制服なんだ」
「いや俺が着飾ってもしょうがないだろ」
「しょうがないって周り見てみろ。制服の奴なんて一人もいないぞ」
言われるがまま周りを見る。
確かに制服の奴なんて俺ぐらいだ。
「でも、私服はいるだろ」
「それでもそれなりにお洒落してる。タキシードの奴だっているんだぞ。それなのにお前は」
と呆れた顔で俺を見る。
「まぁいいだろ。ちゃんと時和を連れて来たんだから」
そう言った途端篠崎の顔がデレっとなり、気色悪いものになった。
「その点はよくやった。まさか着物のオマケ付きとは思わなかったけど」
と言って篠崎は時和を見つめる。その視線を追うようにして俺も時和に目をやった。
未だに人だかりが出来ている。その人だかりの中で何人が時和の友達と呼べる人間になるのか。それはわからないが、そう簡単に出てくるとは思えなかった。
公園の帰り道で俺の問いに対し「自分の正体が明かせるぐらい」と時和は言った。あの中で時和の正体を受け止められる人間がどのくらいいる。いや、その前に真摯に受け取ってくれる人間すらいないかもしれない。頭のおかしい電波女と見られるのがオチだ。それに時和は自分の正体が知られることを怖がっていると百目鬼は言っていた。真偽はわからないが、そんな状態で明かせるわけない。
やっぱり無理じゃないか。
同じく公園の帰り道で俺の言葉に時和は「縁くんは一緒にいてくれる」と言った。その言葉で俺は手伝うことを決めたし、その決意に揺らぎはない。しかし不安はある。
「五月女」
いつのまにか百目鬼が隣にいた。
篠崎が「おぉっ! 理事長いつのまに」と驚きの声を上げる。
俺はもう慣れた。
「どうかしたんですか、理事長」
「なんだお前の格好は」
どうやら理事長様は自分の学校の制服がお気に召さなかったらしい。
「どんな服装がいいのかわからなかったので制服にしました」
「ちょっとこっちに来い」
百目鬼は振り返って歩き出した。俺もその背中を追って歩き出す。




