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上には上が

 髪は床屋で坊主に近い短髪でさっぱりした。これは自分を改善させるという気迫の証拠を作るためにした行動だ。

 床屋で髪を切られている間、今までずっと友達だったかのようについていた俺の髪が、どんどん別れを告げるかのように切り落ち、少し寂しい気分にもなったが、短髪にしたら、案外楽な気持ちになった。もう春だし、その次は夏で暑くなる。それにしてもいかにも短気って感じがする……ただでさえ気が短いと言われてるのに。



 ――前にも見覚えのある河川敷にたどり着いた。アイフォンマップをたどると、自然とそこに足を踏み入れていた。

「本当にココにいんのか……?」

 疑問しか持たず、最終的に着いた場所は、前にも少し拝見させてもらった橋の下にあるテントの中だ。


 ……ちょっと待て、まさか………。


 テントの入口を開くと、その入口のそばに待ち構えていたかのような体勢で正座していた女性の姿がそこにあった。


「後悔、先に立たず」


 全くの無感情極まりない無表情で、俺にそう言った。

 これは勧誘の挨拶か……? それともただの嫌がらせか? 不審者防犯対策か!? 何だよコイツ!? すっげービックリしたんだけど!?

「おい、そこの理性極まらない変な女。お前がまさかの例の情報屋か?」

「ワタクシ、このノートパソコンのみで黄金美町全体の情報をほぼ全て知っている、情報屋です」

「だからお前は誰なんだよ!? 情報屋って事は前々から知ってんだよ! 名前を申せ! 名前を!」

 すると、その不明な女は立ち上がり、急に顔を近づけてきた。


「ワタクシ、風見と申します」


 ついでに名刺も貰った。

「………分かった分かった。分かったから離れろ。風見な、分かった」

 それにしてもよくよく外見を見てみると、案外綺麗な女性だ。


 髪は長く、パッツンだが、茶髪で格好もまるでモデルさんみたいだ。妖精にでもあったみたいだな。

 だがテントの奥を見ると、だらしのないジャージなど、色々置いてある。

 つまり俺が来るの分かってたから今だけこの格好してるだけかよ……。


 しかしながら、名刺には17歳と書いてあるものの外見は俺とタメ、あるいは年上なんじゃないかと言えるくらい大人っぽい感じがする。


 まぁ何でもいいけど、俺は風見のテントにお邪魔した。

「なぁ、ココってお前独りで暮らしてんの?」

「あと1人いる。男」

「あー……何だ、彼氏いんのか」

「いない」

「は……はぁ? どういう事だよ?」

「一応一緒に住んでるけど、彼氏じゃない」

「…………………わっけ分かんねぇ……。居候とか?」

「そんな感じ」

 何か自分の事でも言われてる感じだ……。まさかここも男が女の住むとこに居候させてもらってる感じか……?

 こんな謎女のとこに住んでも……ねぇ……。

「大丈夫。彼、普段外に出て遊んでるだけだから」

「何? 食費とかどうすんだよ?」

「私が何とかしてる」

 ……………この怒りは、俺ならではの正義感なのだろうか?


 それとも、自分は居候して必死に金稼いでるってのに、他の人はこの様っつー嫉妬か?


 …………あー何か納得いかねー。


「おいおい。ソイツ大丈夫なのか? どうして泊まらせてやったんだよお前は?」

「暇だったから」

「ちょっと待てよお前……。暇だからって苦労する必要ねーだろ……。その男ってのは何だ? 親から捨てられた奴か?」

「別に。外で喧嘩でもしてるんじゃない」

「はぁ……そんなチンピラを泊まらせるとか……お前襲われないだけマシだと思えよ……」

「うるさい」

 ベシ!


 持っていたハエたたきで頭を打たれた。

「いて! 何すんだよお前!?」

「うるさいから黙らせた。ただそれだけ」

「ちっ……もう何でもいいわ……!」

 この棒読み極まりない女は……侮れない。

 とにかく本題へ行こう。長柄の事についてだ。


「そういやお前、長柄って奴のこと知ってるか?」

「知ってる。最近調査したターゲットの1人」

「なら手際がいい。教えてくれよ、アイツの事」

「情報料」

 風見は大仏の様に指で丸を作り、正に金を寄こせと言わんばかりのポーズをとった。


 ちっ……さすが情報屋だな……。お金はちゃんともらうようだ。


「……いくらだよ」

「二百円」

「えええええええええええええ!?!?!?」

「どうしたの?」

 この時点で首を傾げる彼女の心情が分からない……! いくらなんでも……。

「安すぎるだろ!」

「高い方がいい?」

「いや……そういう事じゃなくて! 何でそんなに安いんだよ!」

「情報売るから」

「情報ってそんなに安いの!? 俺よく映画とかで見る情報屋って余裕で五十万とか百万とか要求してんだけど、現実の情報屋ってそんな安いの!?」

「長柄の事を伝える価値とワタクシが二百円のお菓子を買う価値、どう違う?」

「全然違うと思う! せめて四千円ぐらいは要求して来るかとこちとら金銭的な面でずっと覚悟決めてた一方だから! 財布に十万円くらい持ち歩くぐらいの覚悟はできてたから! それで二百円って……えぇ!?」

「安いのだから怒る必要なし。私はただ、どうせ伝えるのだから二百円ぐらい渡してもいいだろうと、ちょっと贅沢な気持ちで要求したまで」

「………………相当金に余裕持ってないんだな……」

 まるで中学生の友達同士でやる取り引きみたいで恥ずかしい。


 この風見という女は数百円を大事にするくらいなのか……、何か可哀想に見えてくるな……。

 さてと、本題にいきますか。

「まぁいいや……で、長柄ってどういう奴だよ?」

「ワタクシが見る限り、性格は暗い様子で、普段はタバコを吸って街をフラフラと歩いてる廃人みたいな男。職業はブルーカラー、つまりとび職。コーポ片桐というところに就いてる。最近は休暇をとるようになったけれど、今もそこの一員として扱われてる」

 なるほど……無職の廃人じゃないのか。アイツが働く……か、何か想像つかないけど……。

「なぁ、アイツって前科とかあるの?」

「ある。厳重な無人島にある少年院で懲役三年。帰って来たのが約半年前」

「ふむ……帰って来た直後とかの様子は……何かあるか?」

「黄金美区コンテナ周辺で暴走を始め、それを勢いに黄金美町全体の若者の団体を8割潰した」

 どうやら亜里沙の情報は間違いなかったようだな……。あの情報も多分風見から聞いたのかな。

「長柄に友人関係とかあるのか?」

「前は、神谷瑠音礼という男と何回か一緒に喧嘩していたけれど、最近はそのような光景は見当たらない」

「神谷……瑠音礼?」

「私の居候男」

「え………あ、マジか。そいつも長柄の事を知ってるってことなのか?」

「そう。長柄と一度GSF集団という団体の溜り場で殴り合ったというところ。ワタクシもこの目で見たわ」

 ルネアキ……か。後でソイツの事も聞いておかなきゃな。

「長柄の出身地はどこか知ってるか?」

「海外の、エスフォニアキングダム。ヨーロッパにある小さな国」

 どうやら間違いなかったようだな………。

「そこに宗教あるのか?」

「ある。名前は『セロ団』。宗教というよりはギャング。長柄はそこで生まれたけれど、長柄自身が幼い頃からそこの『神』扱いをされており、主に長柄の指示で全てが動いていたという感じ」

「何だそれ……赤ん坊のいう事を聞くって感じか?」

「当時は父親がそこのボスだったので、父親が主体に動いていた。けれど長柄が中学生年齢になってから、彼がボスを引き継ぐことになった」

 ちょっと待て………よくよく考えてみると……。


 長柄が神という扱い、そしてそこのチーム名が『セロ団』……。いや……まさかな……。

 とりあえずダメもとで言ってみよう。

「おい、まさか長柄の名前って………せろ……か?」

「知らなかったの?」

「ええええええええ!? マジで言ってんの!?」

「長柄瀬呂という戸籍がちゃんと残ってるわ」

 予想はついてたものの……やっぱ実際言ってみると意外だな……。


 長柄……瀬呂……ギャップが激しい……。てっきり長柄啓太とかその辺かと思ってた。

「でも長柄は、その団体に反対し、父親を裏切ってまで他国へと旅立ち、その行先がたまたま日本だった……ということ。でも彼は侮れない。セロ団では内輪の問題も多く、ほぼ毎日が喧嘩。長柄もその喧嘩した1人で、外国の若者同士がする抗争にもほとんど参加していた」

「だからあんな強いんか……。空手とか習ってたから強いんかと思ってた」

「確かに彼は君と言う、与謝野佳志とそう対して体格は変わらない。彼の方が少々大きいけど、喧嘩は幼い頃から、笑いごとでは済まされないと判断するくらいやっていた。日本の小学生みたいに少量のかすり傷じゃなく、彼は小学生年齢の時から海外の中学生と喧嘩をしたり、負けそうになれば武器を使い、勝った時には勝ち誇らずそのまま倒れた相手を殴り続ける。その容赦ない行動をとったキッカケは、父親からの虐待からでも判断できる」

「何だよ……アイツ親から乱暴されてたんか?」

「その虐待も含めて、日本に来たのだと思う」

「なるほどねー……」

 そらあんな感じになるわ……。


「色々ありがとな」

「いや、知ってる事をそのまま口に出しただけ」

 大体情報はそろえた。風見か……案外友達としていけそうな気もしないこともないけどな……。


 テントから入る男が見えた。


 ……………金髪……、全身白………。


 ――コイツって……!


 そうじゃん、コイツ前、俺んちの前で長柄と一緒にいた金髪野郎じゃないか。


「テメェ………、何でここにいるんだよ!」

 金髪男が急に俺の胸ぐらを掴み始めた。

「ここにいちゃ悪いのかよ!? お前何してんだよ!?」

「出てけよ。ココはテメェのいる場所じゃねぇ。さっさと出ろ!」

 たく………コイツはあかんわ。神谷……って言ってたな。何だよこのチンピラ……。


 神谷は風見の方に行った。

「おい、三万寄こせ」

「………………………何に使うの」

「今から出かけるんだよ。さっさと寄こせ」

 この男………貧乏な女の子に何て口利いてんだ……?

「そんなお金、ない」

「あぁん!? おい……情報料とかで稼いでんだろ? 一千万ぐらい持ってんだろうなぁ? 持ってんだろ!? だったら三万くらい余裕だろ?」

「……………持ってない」

 神谷は風見に平手で頬を打ち、髪の毛を強引に引っ張った。


 ………これ、DV夫の予備隊なんじゃないか?

「この二百円なんだ?」

「……お菓子に使う………」

 そしてまた神谷が頬を打った。


 ………コイツ!

「おい金髪。その二百円は俺がやった金だ。お前が使う金じゃねぇよ」

「………こんな金使うかよ。テメェは黙って出てけやクソ野郎!」

「ふざけんなよ。見ての通りここはただのテントだ。財産あったらこんなとこ住んでる訳ねぇだろ。それを一番理解してんのはお前の方だと思うんだが」

「うるせえ! 調子に乗んなよお前……。テメェは長柄と縁があっていいよなぁ……。俺はアイツに捨てられたようなモンだぞ?」

「は……危ない領域鼓してんじゃねぇの? ホモかお前……」

「……あ? 喧嘩売ってんのかコラ?」

「表出ろ。風見は離せ」

「……………いいじゃん。ぶっ殺してやんよ………!」


 俺はテントから出た。……それにしても……コイツ相当酔ってんな。


 メチャクチャ酒臭い……。一時的な興奮だと思うが……。




 パーン!



 後ろから妙な爆音が聞こえた。……クラッカー?


「お……おい、何の真似……?」

 後ろを振り返ると、さっきまで怯え顔で震えていた風見と、もろ不機嫌そうで今でも人でも殺しそうな顔をしていた神谷がクラッカーを放ったポーズで、一瞬で和やかな空気を作っていた。

「いやー風見、名演技だったぜ!」

「それほどでもない。ワタクシはただ、ルネが考えた歓迎会に乗っただけ」

「はは! 髪引っ張っちゃったけど痛くなかった?」

「痛かった……」

「あー……ごめんね――いてぇ!」

 風見は神谷のすねを思い切り蹴った。


 ………ちょっと待て……、まさか今までのって……。

「与謝野佳志! 悪かったな。俺は神谷瑠音礼こうや るねあき。ルネって呼んでくれよ」

「お……おう……」

 ルネ……か。コイツどうやら俺より年下っぽいな。顔が……すごく若い。


「与謝野、佳志。君の情報はほぼ全て取得してる。過去に色々困難な人生を乗り越えたらしいじゃん」

 初めて俺の名前を言ってもらえたのはありがたいが、この女……やはり情報に関しては侮れんな。

 風見から、高校時代の俺の全てを確認された。それを聞いたルネは、深く同情していた。

 ついでに亜里沙の件についてだ。

「仁神亜里沙との居候は十分寛いでるの?」

「あぁ。ちょっと僻んでる部分もあるけど……、アイツの優しさは俺もよく理解してる。こんな男を居候なんかさせるなんて、心から優しい奴としか言いようがないだろ」

「…………いや、ただの優しい女性ではない」

「なに?」

「例えば何も関係のないルネや、そこらへんにいる男では、絶対に居候なんかはさせないはず。佳志は、元同僚だけではなく、彼女から好意をもたれてるんでは?」

「え……」

 恥ずかしい事を言われ、俺は指で頬をポリポリとかいた。

「おいおい佳志! 何照れてんだよ! その仁神亜里沙って奴と居候……ってことは、もう結婚しても全然いいんじゃねーか!」

 ルネが俺の背中をポンと強くたたいた。しかし………。

「う、うーむ……。いや、結婚なんて……」

「つーか、もう婚約してるようなもんじゃねーの? 一緒に住んじゃってる感じだし」

「お前は小学生か! さっきから結婚結婚うるせーんだよ!」

 たく……からかってんのも大概にしとけよ…。


 ……でも、もう婚約とかいう話も、夢じゃなさそうになってくるのかもな。


「仁神亜里沙は間違いなく佳志に対して好意を抱いている。単に、佳志が鈍感なだけで、鋭い男なら一瞬で分かるはずの話」

「余計な事言うなよ……つーかお前らには関係ねーだろ!」

「ではここから本題」

「え?」

 風見もルネも急に真面目な顔つきになった。


 ………何かありそうだな。

「な……何だよ」

「問題です。アナタは自分が大切に思っている人が絶対絶命の危機に陥ったら、どうしますか?」

「そりゃ助けるに決まってんだろ」

「正解。でも不正解」

「はぁ!?」

 訳の分からない問いだ。風見はどういうつもりだ?

「人は口だけ。大概の男なら『助ける』と言っても、その絶体絶命の危機が自分の犠牲につながる話だとしたら、必ず自分を守り通し、結局大切な人は失ってしまう末路。佳志、もし仁神亜里沙が今、死と隣り合わせの状態になっていたと分かったら、どうする?」

「だから助けるっつーの!」

「理由は?」

「…………」

 喉に唾をゴクンと通した。

 この真面目な空気を突き通すカギは、俺しかいない。


「俺は……与謝野佳志だ。与謝野真の息子、与謝野佳志だ。親父もお袋の御手洗千春を救い続けた事がある。本当かどうかは知らないけど、俺はそれでも今は親父を尊敬してる。だからって訳ではないけど、俺もそういう女の子を救えたらいいなと、ちょっと自分に期待してる。

 喧嘩も弱いし短気で頼りないと思うけど、それでも助けたいって意志は変わらない。

 少年院から出て間もなくて家もアパートもない環境の中、その三年前とは大違いの亜里沙が、俺をアパートに住ませてくれた。だから凄く感謝してる。そのケジメとして俺は、アイツが困ってる事があったら、絶対助けたい。その救いたい気持ちに、都合が悪いだの関係ない」

 まるで演説のように、俺は誓いの言葉を言った。

「お見事」


 無表情のまま、風見は盛大な拍手を送った。ルネも微笑んだ。

「おい佳志! 男に二言はねぇかんな。絶対救えよ!」

「ま……まぁ、そういう事情があったらの話だけどな」


 ふと、風見が立ち上がった。

「今現在、仁神亜里沙は絶体絶命の危機に入ってる。さて、今の誓いの言葉が本当かどうかは、今からの君次第」

「え、えええええ!? ちょっと待て、どういう事だ? 亜里沙が今、ヤバい事になってるって事なのか!?」

「その通り。仁神亜里沙は、黄金美連合に狙われてるの」

「え? その件はもう長柄が片づけたはず……」

「片付けたから、まだ狙い始めたの。長柄は情報上、連合の幹部全員を独りで倒したらしいけれど、まだ連合のトップが生きてる」

 …………なるほど、風見は俺を試してるのか。

「名前は?」

「リーダーの名前は、愛澤」

「ふむ……。その愛澤ってのがボスか」

「まぁ、ボスだね」

「未然に防ぐしかないな。長柄には世話かけた。次は俺がケリをつける」

「仁神亜里沙にも伝えておいてね」

 そして俺はテントから出て、アパートに戻った。


 部屋に行くと、ベランダで夜の風景をただじっと見ている亜里沙の姿が見えた。

「ただいま」

 亜里沙の顔を伺うと、少し悲しげな顔をしていた。やっぱ連合に狙われてる事知ってんのかな……。

「まぁ、そんな落ち込むなって」

「え? 何が?」

 俺の存在に気付いたのか、ハッと目が覚めたかのようにコッチを見た。

「え……お前今何か落ち込んでなかった?」

「いや………ちょっとね」

「何だよ、相談なら乗るよ」

 俺はベランダにある椅子に座り、タバコを一本取り出した。

「…………アンタさ、私がこのアパートから出るって言ったら、どうする?」

「え……?」

「この町から出るって言ったら、アンタはどうする?」

 何気なくショックでたまらなさそうな質問だ。これって「もしも」で終わらない話になりそうだよな……。

「そりゃ………悲しいよ」

「………そう。そうなのね。悲しいんだ……」

「お前が遠いところに行くのなら………俺もついてきたい」

「なーに言ってんの」

「は?」

 急に笑顔に戻った。さっきみたいな感じを思い出す。騙された感じ……?

「にゃははは! 何マジになってんの! バッカらし!」

「え、お前今の完璧『もしも』的な質問だったの!?」

「当たり前じゃん。そもそも町から出る理由がない! 以上! それじゃ私風呂入るからー」

 部屋に戻り、結局そのまま浴場に行ってしまった………が。

「ちょっと待て!」

「…………ん?」

「お前、今どういう状況なのか知ってんのか?」

「……えっとー………黄金美連合にー……狙われちゃってる?」

「知ってんならもうちょっと緊張感持てよ。また怪我しちまうぞ!?」

「ははは! 心配ご無用。べーつにアンタや長柄に守られなくても私一人で何とかできまーす」

「それが前できなかったから言ってんだよ」

 まるで作り笑いを描いてるかのよな誤魔化し様は、既にバレバレである。何を我慢してるんだこいつは。

「だから………アンタは首突っ込まないでって……」

「ふざけんなよ。また怪我したらシャレにならねーじゃねぇか。俺は絶対お前を……」

「そうやって私をいつまでも下に見ないでよ!」

 空気は一層に崩れ、結局暗い感じになった。この泣き顔はどういうつもりなのか、俺には分からない。

 下に見たつもりなんかない。俺はただ、亜里沙を死守したいだけなのに。

「アンタは………大人しくココでゴロゴロしてれば、それでいいのよ……!」

 浴場のドアをバタンと閉められ、結局最悪の結末を送った。

 コイツってこんなにプライド高い女だっけ……? 俺は少し彼女を疑った。今まではプライドなんてなく、『怖いから』という理由で俺の横で添い寝したり、色々あった。

 そんな彼女に、プライドが高くなるキッカケでもあったのだろうか? それとも……本当に街を出るとかいう悲しい報告でもされたのだろうか?

 連合に狙われている絶体絶命の定位置にいるというのに、あんなにノビノビとしていられるわけがない。

 …………どういうことだ。


「ただいま」

 まるでココの住人かのようなセリフを言ったのは、今回最高に噂になっていた長柄だ。

「怒鳴り声が聞えたが……喧嘩でもしたのか?」

「別に……」

「それより聞いたぞ。亜里沙、連合にまた狙われてるんだってな」

「え……誰から聞いたんだ?」

「風見歩夢からだ。俺もあのテントに何回か出入りしてるんだよ」

 風見の名前って、確か歩夢あゆむだったな。何か中性男子って感じなネーミングだけど……。

「どうするんだ? 亜里沙も知ってんのか?」

「あぁ……知ってるようだけど、何かアイツ……俺が守ろうとすると『下に見るな』っつって切れたんだよ」

「ほう………なるほどな。つまりだ佳志……」

 長柄はベッドに腰掛けた。

「あの女、お前に相当気使ってるぞ」

「……は? どういう事?」

「つまりだ。アイツ、俺が前ボロボロで帰って来たのが原因で、お前が亜里沙を守ると、お前がボロボロになってしまうと先を読んだから、巻き込みたくないんじゃないか?」

「あー……なるほど……。でもそれじゃあアイツがまた怪我を……」

「ふん。噂によれば愛澤が相手そうじゃないか。お前だけじゃない、俺もいる。俺とお前がタッグを組んで奴らの溜り場に乗り込めば、何事もなく解決されるんじゃないか?」

「相手は何人ぐらいだ?」

「分からん。10人って時もあれば、50人って時もある。運が良ければ愛澤一人だ」

「よし、今から行くぞ!」


 あんな不良達、夜にたまるはずだ。絶対ぶっ飛ばす!



 長柄と共に、即座にアパートから出て、長柄が知ってる黄金美連合の溜り場に自転車ニケツでとばした。



 ――――守れるのは俺らだけ。


 俺と長柄では目的が違う。俺は亜里沙を守るため。長柄は、喧嘩がしたいという一心がため。

 だけど俺も長柄も、半端な気持ちで行くことなどない。



 たまり場と言われるところは、廃工場の裏だった。人数は運よく一人しかいない。……愛澤だ!


 彼の容姿は、身長が俺とそう変わりがなく、頭は坊主。その坊主は黒と金が半々に分けられている。奴はスタジャンを着ている。

 携帯で何か話しているようだ。


「…………行くか?」

 ぼそぼそ声で長柄に伝えると、長柄は首を振った。まだだそうだ。


 耳をすまし、その電話で話している内容を聞いた。


 どうやら奴はドラストの志藤に卑怯な取引を契約しようとしていて、その取引を志藤が断っているところだと思う。


 ……ナイス、志藤。



 愛澤は地面に蹴りを、怒りを踏みこみ、再び携帯を取り出した。

 ……次は誰に電話するんだ?

 もうしばらく聞いてみる。


「おい、いつんなったら愛澤んとこに行くんだよ?」

「あの電話が終わってから行こう」

 レンガの陰に隠れている俺らは耳をかっぽじってすました。



 ――――どうやら愛澤は誰かを呼ぼうとしている。何でだ? もしかして連中共を呼んだのか? 俺らに気づいたのか?


 長柄が行く合図を送った。

 そして2人で愛澤の元へかけつけた。

「おい、独りで何してんだよ?」

 俺が話しかけると、あ? と機嫌が悪そうに振り向いた。

「誰だお前ら?」

「俺は与謝野佳志。コイツは長柄だ」

「な……テメェら………!」

 妙に驚いた様だ。何でだ? 何かまずいことでもあるのだろうか?

「与謝野佳志っつーと……キングのヘッド………長柄はどこのチームにも入ってない一匹狼……。まさか与謝野……長柄をチームに入れたのか!?」

「ちょっと待て……! さっきから訳の分からん事言ってんじゃねぇよ! 俺は別にそんな『キング』とか聞いたことないし、長柄をチームに入れたとか意味分かんねぇよ!」

「は……はぁ? まぁいいや。何の用だ?」

 冷静を取り戻した愛澤に、長柄が説明した。

「お前のチームの連中が、俺らの女に手ェ出したって聞いたんだよ。そんで、俺はお前らに仕返ししたが、お前、それに対しても仕返ししようって考えてんじゃねぇだろうな……?」

「はっ! そうか。そういうことか。テメェらがその件の関係者か。なら丁度いい……! 今からぶっ殺せるぞ!」

 嫌に図々しい笑みだ。俺らがピンチなのか、相手がピンチなのかよく分からない。

「こっちは二人いんだぞ? お前独りで何ができるんだよ!」

 そう聞いてみると、愛澤は完璧に余裕そうな笑みで答えた。

「…………それはどうかな。本当にニ対一に見えるか?」

 そういうと、車の音が奥から聞こえた。

 …………コレは……ピンチなのかもしれん。


 愛澤の後ろから、一台の赤い車が猛スピードで走って来た。


 ちょっと待て………コッチに来るぞ!?


 ドカン!


 容赦なく車が、俺のすぐ横にいた男に直撃した。男は二秒あたりか、宙に浮いていた。そして、勢いよく地面に叩きつけられ、頭から流血した挙げ句、動かなくなった。


 俺は唖然としていた。さっきまでピンピンとしていた男が、こんなあっさりと動かなくなるのだから。

 最悪だ………最悪の状況だ!



「いっけね、ライトぶっ壊れたんじゃねぇか……?」



 赤い車から出たのは、茶髪でシャツインをしてネックレスをかざした、いかにも危なそうな顔をした男がそこにいた。

 余裕な顔をしていた愛澤もここまでとなったらさすがに引いていた様子だ。

 こんなに容赦なく轢く奴が………いんのかよ?


「て……テメェ!」

 要約意識を元にした俺はその男に罵倒した。

「ちゃんと前見ようね。車に魅かれちゃうから」

「テメェが轢いたんだろうがぁ!」

「あ? 誰お前?」

 要約男がこっちを向いた。愛澤がこの男に俺の紹介をした。

「ふーん……与謝野佳志か。噂は聞いてるよ。調子ぶっこいた奴って」

「長柄轢いた罪は重いぞ………誰だよお前!」

「俺? 美木隆義みき たかよし

 そして横にいた愛澤が、さっきよりも態度をデカくしてこっちに来た。

「どうだよ! 二対二というより、二対一になってんじゃねぇか! 結局こうなっちまうんだよ! あーあ、早めに電話してよかったわマジで!」

「愛澤ぁ……!」

 すると、横で倒れている長柄がムクッと顔を上げた。


 ……コイツ、本当に人間か? あんなにふっ飛ばされてまだ生きる根性あんのかよ……。

「何だぁ、まだ死んでなかったの? まぁいいや。愛澤、この与謝野って奴殺せばいいのかな?」

「あ……あぁ。一応顔に数個アザできる程度でいいと……」

「…は?」

 愛澤は妙に美木への態度が小さい。この美木って奴が……黄金美連合の本当のリーダーってか? 今まで聞いたことないぞ?

「お前顔にアザ作るだけで許せるぐらいで済む相手なら最初から俺呼ぶんじゃねぇよ? この寝っ転がってる長柄って奴も既に轢き殺そうとしたのによ」

「いや………その、殺したらまずいんじゃ………」

「甘すぎるよお前。俺が相手になる奴は大概死んじゃう末になるって決まってんの。ところでそのツンツン頭で調子こいてる与謝野くん? お前は何でココに来たの?」

「お……俺? 亜里沙を狙ってる奴がそこにいる愛澤って情報が回ったからだよ! それか何か? お前が亜里沙狙う元凶なのか?」

「……亜里沙? 誰それ? てかどういう事? 俺ら連合がその女相手にカッとなるほど落ちてるって言いたいの?」

「………はぁ?」

 どうやら美木は、連合が亜里沙を狙っている事を知らないようだ。しかし美木は何故か怒りを増している。

「愛澤、どういう事なのかな?」

「い……いや……俺は……その、兵隊が長柄に倒されたからかたき討ちに……」

「で、その相手が、女?」

「いやその……関係……」

「ふざけんなよ……!」


 美木が愛澤の腹を思い切り殴った。仲間割れにしても、その後やることがあまりにもひどすぎる。木片で倒れた愛澤を何回も、何回も叩きつけた。

 愛澤の無様で哀れな姿は、もう見たくない。


 ………長柄よりヤバいんじゃねぇのコイツ……?

 とりあえず、コイツは本当にヤバいという事が分かった。木片で容赦なく仲間をタコ殴りにするとは……。コイツとはちょっとでも油断をしたり人間性で甘い考えをしない方がいいな。

「お前、仲間ボコしてどうすんだよ」

「仲間? 誰の事?」

「誰の事って………愛澤が……」

「あーこのゴミ。仲間扱いすんなよ。まるで俺がゴミの世話してるみたいじゃん」

「テメェ……!」

 コイツには呆れた。残念過ぎる男だな。

「さてと………どうする? そこにいる長柄って奴連れてさっさと病院行く?」

「お前をぶっ飛ばす……!」


 俺は前に踏み込み、美木の顔にめがけて殴りかかった。


 当たったパンチは腕で防ぎ、前蹴りを食らった。お互い既に息切れしている状態だ。俺も喧嘩慣れを言うほどしてないが、コイツもなのか……?


「ハァ……ハァ……、こっからだぞ……」

「何だお前……? まさかのヒーロー気取り? つーか俺に喧嘩売る意味?」

「仲間ゴミ扱いしたり、長柄ひいた仇討ちだろうが!」

「そうカッとすんなよ。現に長柄ってのは生きてんだよ。死んじゃいねぇ。それに、亜里沙って女も俺じゃなくてこのゴミが考えた思考だろうが」

「関係ねぇよ! そもそも亜里沙の仇を討つ相手をお前が奪ったようなモンだ。お前はマジで許さねぇ!」

「………。ヒーロー気取ってんじゃねぇぞコラァ!」

 逆切れした美木が俺に殴りかかった。


 この際俺は所構わず何としてでもコイツをぶっ飛ばす事にした。


 ドン!


 俺は美木が乗っていた赤い車に思い切り乗りかかった。

「おい、ココまでこいよ」

「て……テメェ………、誰の車に乗ってんだ糞野郎……!」

「糞野郎はどっちだよ? はよ上がれよ」

 俺はその場でピョンピョン飛び跳ねて挑発した。美木は怒り狂うと言うよりはもう体が震えるほどに、爆発しそうな状態だった。

「殺す……! テメェはマジで殺す!」


 シュッ!


 美木のポケットから出たのは、刃物だ。

 折り畳み式のポケットナイフ……! ヤバい……コイツ……。


 美木も勢いよく車によじ登り、持っていたナイフをビュンビュン振り回してきた。さすがに危ないので一度車から降りた。

 そして相手の怒りをドンドン追い上げるかのように俺は車をガスガスと蹴りまくった。

 ミラーにはヒビが生え、左目ライトも完璧に破損し、もう1つのミラーの根元も勢いよく折り、挙げ句にそこらじゅうを所構わず傷つけまくった。

 これで美木の冷静はまず取り戻せない。


 美木の様子を伺うと、もはや怒りの果てを越した何か、いや、ショックを受けた後かのように愕然としていた。

「テ……メ……ェ………」


 美木が車から跳び、落下の勢いと同時にナイフを俺の頭へと振り下ろした。

 ナイフは左へ避け、車のボンネットに再び足を踏み入れたが、美木は容赦なくそこから横にナイフを振り、車に大きな切り疵を付けた。

「ああああぁぁぁああああああ……………」

 自分でやった疵に、その憤激は遂に頂点へと達した。

「あああああああああああああぁぁぁああああああああ!!!!」


 まるで溜まっていたマグマが一気に噴火した時みたいだった。さすがにやり過ぎたかと、俺も少し心配したが、ここで奴の人間性にちょっとでも期待してはいけない。さっきの車でした切り疵を見て、俺を確実完璧に殺そうとしている気満々だという事がよく伝わる。

 先の事を考えなさ過ぎるぞこの野郎……!?

 美木……コイツは強くない。喧嘩はまぁまぁだとしても……屑過ぎる。


「お前ほど屑な奴を見たのは生まれてはじめてた」

 と言うと、うつむいてた美木はガクガクと震えながら顔を上げた。その顔はもはや、正に『犯罪者』に相応しい顔だ。油断も隙もない。

「何それ……褒め言葉……?」

「褒め言葉に聞こえるかバカ糞野郎!」

 最後の一手、俺は奴の頬を思い切り殴り、奴のナイフが、思い切り刺さった――。


 血の海――そこらじゅうは正に血の海だ――


 流れ出る血――赤色しか目に浮かばない――



 そう、美木の血が。


 ナイフは幸い服に切り裂かれた程度で済み、気が付くと美木が気を失って倒れていた。

「やっと終わったか……この危険人物野郎が……」

 俺はほとんど無傷で済んだ。だが相手が悪すぎたな。美木隆義……この男の存在を知ったのはさっきからだよ。

 今まで愛澤がアタマとかで噂になってたっつーのに……何で美木が本当のアタマなんだ? 訳が分かんねー……。


「ふん………やっと終わったか」


 要約長柄が起き上がった。何だ……コイツちゃんと意識戻ってんじゃん。

「お前見てただろ!」

「あー見てたよ。お前の弱さっぷりが十分伝わって気が晴れたわ」

「何だー!? お前やんのか!」

「…………」

 お互い見つめ合い、結果的に大笑いで締めくくった。

 そして、闘争は終わった。



 ガチャン――



「ただいまー」

 リビングに入ると、既に怪しげな態度をとった亜里沙の顔が目の前にうつった。

「アンタ、また喧嘩したでしょ?」

「…え? いや……別に?」

「嘘! 絶対嘘! 何バカしてんの!? ホントばっかじゃないのアンタ達!」

 泣きそうな亜里沙の顔を見て分かる。心配してくれてたんだ。


「仇……とったった」

 後ろの長柄がガッツポーズをして、そう言ってくれた。

 一瞬良い感じの雰囲気になったものの、亜里沙はぶれない。結局説教にはいってしまった。


「それにしてもよー、俺と亜里沙と長柄ってメンツ、いつの間にかできちまったよなー」

「ホントよ……ここは私の部屋。不良の溜り場じゃないの! 分かる!?」

「んなもんどーだっていいだろー。案外こういう和やかな雰囲気も大事だぞ?」

「は!? 和やか!? アンタらが和やか!?」

「亜里沙がいるから和やかになる。俺らだけだとただの熱苦しい二人組」

「むっ……」

 亜里沙は照れ隠しをし、そのままベッドに寝て行った。

 そして俺と長柄だけが残った。

「おい長柄、病院行かんくっていいのかよ?」

「大した怪我じゃねーよ。アバラがちょっといっただけだ」

「お前病院行けよ……」


 そして、その日は幕を閉じた。


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