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サラリーマン覚書

作者: 風池陽一

 今日は営業会議がある。

 先月、僕は営業成績が良くなかった。入社六年目二十九歳にして最悪の新規件数だった。

 「なぜ、新規件数が一件だけなんだ!マンションが不況で売れないのはみんな同じじゃないか。一件なんてやつは他にいないぞ。」 

 どうせ部長にそう言われるのだろう。ああ、胃が痛む。

 今朝も藤沢駅七時十二分発の電車に乗り込む。

 いつものように、左手で吊革を持ち、右手には革のカバン。

 (う~ん、電車を降りて、会社に体調不良と言って休んでやろうか。一度くらい会議を欠席してもいいだろう)と考えていたところ、女性が駆け込んできた。

 ドアが閉まる。電車が動きはじめるとともに、乗客全員が、ひとくくりのかたまりのまま、進行方向とは逆にゆっくりと傾いた。

 (まあ、出勤するしかないか。)

 次の大船駅でばたばたと何人かが乗ってきた時、僕のカバンのファスナーが開いたままなのに気が付いた。すぐに吊革を手放し、左手でファスナーを閉めていると、そのまま押されて左手のつかみどころを失くしてしまった。そして、車両の中ほど、乗客が一番密集したところに埋もれた。僕は吊り革を持たずに立っているのは苦手だ。しかも押され弱い細身だ。

 そうこうするうちに戸塚駅だ。どんどん乗客が増えてくる。前後左右がぎゅうぎゅう詰まってくる。どうやら僕の立っているところは、さしずめ満員電車の核とでもいうところだろうか。

 いよいよ横浜行ノンストップ電車の発車だ。

 ここからのぎゅうぎゅう詰は、しがないサラリーマンを一番痛感する十二分間だ。ひたすら忍耐というものを養う。おおげさではない。いわゆる修行の場だ、道場だ。

 脚の開きぐあい、腕の伸ばしぐあい、腰の曲がりぐあい、きっと乗客それそれが少しでもいいから楽な姿勢をとろうとしているはずだ。隙間の奪い合いだ。

 自分に不利になればなるほど、脚、腕、腰の筋肉がいじめられ、体力がどんどん消耗していく。

 ああ、僕は今、正面の密着した五十代のおやじの体臭と、後ろの硬いアタッシュケースの圧迫にへきえきしている。それだけではない、会議の言い訳が思い浮かばずなお胃が痛む。

 横浜駅に着いた。

 「すみませ~ん。降ります。」とドアから離れた奥の方から若い女性の声。

 (大丈夫か?降りられるか?間にあうか?)

 彼女はスーツのスカートを後ろに引っ張られ、きわどいめくれかたのままで最後に降りられた。

  川崎駅を通り過ぎても僕はあいもかわらず、くの字で普通なら倒れてしまう姿勢のままだ。体のねじれが、品川駅、新橋駅ときて、ほどけるように戻ってきた。

 やっと東京駅。

 どっと放流されたように、押し出された。

 しかし、ほっとしたのは束の間。

 今度は、会議の憂いが僕になだれ込んできた。、

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