図書館の冬
冬の光は、音を吸い込んでいるようだった。
外の世界はまだ朝の灰色に包まれ、理生はマフラーを首に巻きながら、凍てつく空気を吸い込んだ。
頬をかすめる風が、眠りかけた神経を呼び覚ます。
キャンパスの木々はすでに葉を落とし、地面に薄く積もった雪が、朝の陽を受けて鈍く光っていた。
図書館の自動ドアをくぐると、暖かい空気と紙の匂いが迎えてくれた。
理生は受付に学生証をかざし、二階の奥、いつもの窓際の席に座った。
そこは、春からずっと使っている場所だった。
机の木の表面は少し擦り減り、指でなぞると凹凸が心地よかった。
背後ではプリンターの小さな音が一定のリズムで鳴っている。
パソコンを開くと、前回保存したままの文書が画面に現れた。
タイトルは「幸福論における痛みの意義」。
カーソルが点滅するたび、静寂の中に微かな生命のような光を放っているように見えた。
彼は深く息を吸い、手を動かし始めた。
「人はなぜ、痛みを避けようとしながら、痛みの中でしか自己を見出せないのか。」
――これが卒業論文の中心となる問いだった。
その一文を書いたとき、理生は、体の奥で小さく鈍い痛みを感じた。
胃のあたりがじんわりと熱を帯び、喉の奥に重たい違和感があった。
ここ数か月、彼の身体は不安定だった。
抗うつ薬の量は減ったが、頭痛と吐き気が周期的に訪れる。
だが、不思議なことに、痛みが強いほど、言葉が冴える気がした。
「痛みは、生の証だ。」
ノートの端にそう書きながら、彼はかすかに笑った。
それは自嘲でもあり、祈りでもあった。
生きるということは、身体と心が常に現実を“受け止めすぎている”状態だ。
だから、痛む。
だがその痛みを拒むことは、現実そのものを拒むことでもある。
昼を過ぎる頃、雪が静かに降り始めた。
窓の外には、白い粒がゆっくりと降下し、地面に届く前に溶けて消えていく。
それを見つめながら、理生は小さなノートを取り出した。
そこには春から書き続けている断片がびっしりと並んでいる。
哲学者の言葉、自分の思索、彼女の残した一文――
「他者を自由にすること」。
理生はそのページを開き、隣に新しい一行を加えた。
> 「他者を自由にすること、それが痛みを受け入れる唯一の形だ。」
書きながら、胸の奥が少し温かくなった。
この言葉が、彼女への遅い返答のように感じられた。
彼女は去った。
けれど、彼女の残した“問い”は、今も理生の中で静かに呼吸していた。
夕方、図書館の照明が一段階暗くなった。
窓ガラスに反射した自分の顔が、淡く浮かび上がる。
その顔には、かつての迷いと同時に、どこか確かな“輪郭”が宿っていた。
――幸福とは、痛みを持ってなお善を志すこと。
春に書いたその一文が、今ようやく本当の意味を帯びてきた気がした。
彼は思った。
「幸福」は“結果”ではない。
それは“選択”だ。
どんな苦痛の中でも、なお世界に善意を向けようとする、その瞬間。
それが幸福の実体だ。
幸福とは、結果として得るものではなく、いまここで“志す”ことそのもの。
その夜、外は吹雪に変わっていた。
雪の粒が街灯に照らされて、まるで無数の記号が夜空に散らばっているようだった。
理生は帰る途中、足を止め、空を見上げた。
その白い混沌の中に、かすかに秩序を感じた。
痛みも、幸福も、愛も――すべては同じひとつの運動の中で生まれ、消えていく。
家に帰ると、手帳に新しい頁を開いた。
震える手で、彼は書いた。
> 「幸福とは、痛みの形式を変える力である。」
その瞬間、胸の奥で何かが静かに鳴った。
悲しみではなかった。
それは、理解が音を立てて開かれるときの、
ほんの一瞬の静謐だった。
書き終えて、理生はベッドに横たわった。
部屋の天井を見つめながら、彼女の声が微かに蘇る。
――「触れようとすることのほうが幸福に近い。」
今なら分かる。
触れようとするとは、痛みを引き受けることだ。
幸福を“掴む”のではなく、幸福に“触れようとする”運動の中にこそ、生はある。
翌朝、目を覚ますと、部屋は凍るように冷えていた。
息を吐くと白い。
それでも理生は、机に向かってノートを開いた。
“書く”という行為が、もはや習慣ではなく、呼吸のようになっていた。
彼にとって言葉を書くことは、世界とつながる最後の糸だった。
そしてページの隅に、小さく書き足した。
> 「幸福とは、終わりを受け入れることの中で、なお続くもの。」
外の雪は止んでいた。
朝の光が差し込み、窓の結露がゆっくりと滴になって流れていく。
理生はその光景を見つめながら、思った。
――生きるとは、凍った世界に指先で小さな線を引くこと。
その線がどれほど儚くても、確かにそこに残る。
それが、痛みを抱えたまま生きる者の、ささやかな証だ。




