1-9:魔王と勇者と魔獣の子供は同じ屋根の下暮らすことになりました
「つまり、話をまとめるとこうだ――そこの娘、ムイが召喚魔法を発動した際、魔王の封印が解かれ、そのまま君が召喚された。呑気な君は娘を連れて町へ訪問し、魔王の姿を確認した兵士が王へ報告、そのまま勇者の血を引く俺の元へ魔王退治の依頼が来て、俺は魔王の行方を追ううちにあの村で君を見つけ、なんだかんだと今に至る。そういうわけだな」
勇者はわたしたちの話を聞いたのち、これまでの経緯をそうまとめた。
勇者はムイを見つつ、
「しかし、魔王の封印を解くほどの魔力と技術を持つとはな……なかなか侮れん娘だ」
と、感心していた。
「ムイはムスメちがう、ムイだ」
ムイはそんな勇者の感想なんてどうでもいいみたいで、勇者に対してそんなことを返して、勇者を困らせていた。勇者はしかたなくといった感じに、「……わかった、ムイだな」と答えていたけど……なんだかんだ勇者って、ムイのような子に弱いのね。
あ、そういえば……と、わたしはふと思ったことを口にする。
「ねぇ、勇者は百年前の勇者とは別人よね? あなたの初めて会ったとき、直感で勇者だ……って思ったんだけど」
「当たり前だろう。勇者は君たち魔族と違ってただの人間だ。百年前君を封印したのは、俺の祖父だよ。……今はもう、とっくに亡くなっている。まあ、それでも勇者の血を引く者ではあるからな、君も俺から感じるものがあったんだろう」
「なるほどね」
と言いつつ、わたし自身百年前魔王として生きていたわけじゃなく、ただ転生してきた身だし……魔王の記憶とわたしの心が両立しているこの感覚は、なんとも不思議な感じだ。
「まさか、この歳になって勇者として呼ばれるなんて思わなかったよ。何事もなくこのまま歳を取って、人生を終えていくものかと思っていたからな……」
勇者はそんなことを呟きつつ、改めてわたしたちを見据えた。
「……さて、ここから本題へと話を進めていきたいと思うのだが」
真面目なトーンに、わたしは気が引き締まる。ムイも耳をピンと立て、じっと勇者の話の続きを待っていた。
「魔王の復活……やはりそれを不安に思う人は多い。どこから聞きつけたのか、すでにこの事実を知った村人たちは、一斉に王都へと避難している状態だ」
「村人って……まさかさっきいた、あの村?」
「ああ。まあ村人たちのことは王都がうまく対応するだろうが、魔王については勇者である俺がきちんと対処しなくてはいけなくてね」
対処――それって、やっぱり……。
「そう怖い顔をするな。必ずしも、君を倒すことがすべてじゃない」
「母、たおそうとするなら、ムイ、ユーシャ、たおす!」
ムイはまた勇者に向かって威嚇してみせた。
なかなかに、ムイも好戦的な性格をしているかもしれない。
「正直、俺もわざわざ君を倒して再び封印してやろうとかは思っていないんだ。俺は今の君が、悪い人だとはとても感じない。娘想いの優しい人なのだと思う。そんな人を、封印する意味なんてない」
勇者はまっすぐとわたしを見つめてきた。
澄んだ青い瞳は、とてもわたしを騙してやろうなどという魂胆は、まったく感じられない。
「……だが、そうは言っても魔王を野放しになんてできないしな。そこで、俺からひとつ提案がある」
勇者は一歩前へ出て、わたしに近づくと――わたしの手を取って、それからムイを一度見つめ、再びわたしに視線を戻すと、言う。
「――これから三人で、ともに暮らしていくのはどうだろうか」
「……へ?」と、間抜けな声がわたしの口から出た。
ムイも目をまん丸とさせている。
「く……暮らすって……?」
突然すぎて、訳がわからない。
「ともに暮らし、常に勇者である俺が、君の……魔王の監視をする。君からは邪悪な意図は感じないが、もしかすると一時的な擬態とも限らないしな。今後も悪さをしないよう、勇者が抑止力となってそばにいるとなれば、人々も安心するんじゃないだろうか?」
勇者はそう話し、今後はムイへと視線を向ける。
「それにこの娘……ムイは特に注意がいる。彼女は特別な子だ。野放しにしては、どうなるかわかったものではない」
……。
それは勇者の言うとおり……かも。
さっきの不届き者の二人組にも連れ去られかけていたし、『邪神の幼獣』だとか言われていたし……。
ムイは何か理由を抱えてて、狙われているのかもしれない。
守ってあげられるのは、わたししか……いや、わたしと、勇者しかいない……か。
まだ、出会ったばかりの勇者をそう簡単に信頼はできないけど、彼はわたしが魔王だからって存在を否定はしなかった。
さっきも、わたしたちを守ってくれた。
「……わかったわ」
そもそも、わたしは転生したばかりで、住む場所もないんだ。
「その条件、飲みましょう。今日からわたしとあなたはいっしょに暮らす。その代わり、ちゃんとムイの安心と安全は約束してよね」
わたしが言うと、勇者は「何を言う」と前置きし、こう続ける。
「俺から切り出した以上、責任持って君とムイのめんどうを見よう。これから何があろうとも、俺が君たちを護りきる――勇者の責務としてな」
そう言い切る勇者は、とても格好よく見えた。
……いや、わたしったら、何言ってるのかしらね。
「……ありがとう。これからよろしくお願いします、勇者――っていうか、ええと、そういえばあなたの名前って?」
今更になって気づき、わたしはそう聞いた。
「アロン。アロン・ブレヴィ」
勇者――改めてアロンは、言う。
「俺の家は山奥で周りに人もいない。今は無駄に広い家で一人暮らしだからな……ともに暮らすなら問題ないだろう。案内する」
アロンはそのままわたしたちに背を向け歩き出す。
ムイはアロンの家に興味を持ったのか、「ひろいいえ! きになる!」と、ウキウキで四足歩行のままアロンの後ろをついていくのだった。
わたしも覚悟を決め、二人のあとを追う。
――そんなわけで、勇者と魔王と魔族の子供という、なんともおかしな組み合わせのわたしたちは、同じ屋根の下で暮らしはじめることとなるのでした。
……って、本当にこの先の生活、大丈夫なのかしら……?