1-8:百年越しに復活した魔王〈わたし〉
「さて。娘も見つかって一件落着となったわけだし、行くか」
そう話す勇者に、わたしは「どこへ?」と聞き返した。勇者は、「さあな。とりあえず誰もいない、遠くへ」とだけ答えて、さっさと先を歩いてしまう。
一度ムイを見ると、ムイは「ついてく」と言うので、わたしは勇者のあとについていくことにした。
歩きながら、わたしは勇者の背に向かって話しかける。
「ねぇ。あの人たち、ほっといて大丈夫なのかしら?」
「あの人攫いか。別に放っておけ、そのうち自警団に見つかって、捕まることだろうし」
「……そう。ところで、勇者はどこへ向かっているの?」
「どこというわけでもない。さっきも言っただろ? とりあえず、誰もいない遠くへってさ」
……むぅ。なんだかキザっぽい話し方のする勇者ね。
なんて思っていると、気づけば森を抜け、開けた場所へと出ていた。
月がよく見える丘の上のようで、その下に広がる景色は美しいものだった。
点々と明かりがついていて、前世でいう、ビルの夜景を思い出す。
わたしもあの夜景のひとつになっていたのよね……なんて、ネガティブな感想が浮かんできたので、わたしはすぐに脳内から前世の記憶を退場させた。
ふと、ムイにドレスの袖を引っ張られ、わたしはムイのほうを見ると、ムイは眼下に広がる光景を大きな瞳で眺めていた。
「母、キラキラして、きれいだな」
無垢なムイの感想が微笑ましくて、自分の頬が緩むのがわかった。
美しくて穏やかで、何気ない平和な時間がとても愛おしい。
でも……このままこうしてちゃいられない。
自分がどんな存在なのかわかった今なら、なおさらだ。
「……ところで勇者。こんな人気のないところへ連れてきて、ここでわたしを殺す気か」
わたしの発言を聞いたムイは、三角の耳をピンと立てて、目を丸くしてわたしのことを見て、次に勇者を見た。
「……!? オマエ、母コロス? そんなこと、ムイ、イヤ!」
ムイはわたしの前に立ち、四つん這いになって毛を逆立て、勇者に対して威嚇を示した。
勇者は一切動じることなく、こちらに対してこう話す。
「殺すなんて物騒な。俺はそんなことしないよ」
ムイはそれを聞くと、「コロサないのか」と、少しだけ威嚇を緩めた。
わたしはそんな勇者に対し、こう返す。
「……本当だろうか。今もその剣を抜きたくて堪らないんじゃないのか?」
「さっきも言ったろ? まず、その演技めいた話し方はやめろと。君に似合っていない」
「……」
わたしは深呼吸を挟んでから、再び口を開く。
「……わたしは、かつて百年前に封印された魔王……なんでしょう? 災いと呪いをもたらし、この世界を一度、存続の危機に陥れたとされる――厄災の魔王。それがわたし、リザ・ダナン」
転生してから蘇った魔王の記憶を、わたしは勇者に語っていく。
「百年前、魔王は魔族界一の魔力の持ち主で、魔族の頂点に君臨していた。無限と湧き上がる魔力で魔族を生み出し、勢力を拡大していき――その力はいよいよ、あなたたちが暮らす人間界にまで及んだ」
それほどまでに、彼女は力を持て余していた。
「領地を侵略される中、人間界側はされるがままだったが、その中で勇気ある若者――勇者が立ち上がり、その奇跡とも呼べる力で、魔王を倒し、二度と目覚めぬように地の底へ封印した。しかし、百年の時を超えてその封印は解かれ、再び魔王は目覚めた……そして今、再び人間界は崩壊の危機に立たされているのよ」
わたしが話し終えると、勇者は二回頷いてから、「ま、大まかにはそういう話だったな」と言うと、こう続ける。
「でも、君の話でひとつ違うところがある」
「違うところ?」
「『再び人間界は崩壊の危機に立たされている』……ってところだよ」
勇者はわたしを見据える。
「……君は今、百年前のときのように、人間界を侵略しようなんて一ミリも考えていないだろう?」
「……」
それは……そうだ。そもそも、わたしはリザ・ダナンに転生した身だし……魔王の記憶を取り戻した今だって、侵略なんてする気はサラサラない。
そうは言っても、わたしがかつての魔王だった事実は変わらない。この地に暮らす人々にとって、魔王の存在はそれはとても恐ろしいものだろう。
「……でも、わたしは魔王よ。あなたに倒されてまた封印されたほうが、ここにいる人々も安心するでしょう」
わたしが言うと、ムイはすぐさま、「母、フーイン、イヤ!!」と泣きついてきた。
「……ムイ」
ああ、そうだった。わたしには今、この子がいるんだった。
まあ、でも……勇者になら、この子を任せてもいいのかな。
勇者っていうくらいだし、悪い奴じゃないでしょう。この子の母親探しは、勇者に任せれば……。
「勇者、わたしの頼みを――」
「――『その娘の本当の母親探しを代わりにしてくれ』という頼みなら、俺は引き受けない」
「……っ!」
頼もうとしていたことを先回りして断られ、思わず勇者を睨みつけてしまう。
「俺の見立てが間違っていなければ、この娘は、本当の母親に会うことを望んでいないんじゃないか?」
「……え?」
思ってもみない言葉に、わたしはポカンと口を開いてしまう。
そのままムイを見ると、ムイは小さく頷いた。
――思えば、ムイが不機嫌になり出したのって、わたしが『本当の母親探し』をしようと口にしたときからだったような……。
「……ムイの母は、母だ」
ムイは言って、そっとわたしにしがみついてきた。上目遣いで懇願する姿に、わたしはようやく自分がこの子に必要とされているのだと実感する。
「……いきなり現れた、ぽっと出のわたしが母親なんて……いいの? それにわたし……魔王だし……」
「……ムイ、のぞんだこと。フーイン解いたの、たぶん、ムイ……」
「えぇ!? む、ムイが……!?」
「……やれやれだな」と勇者は、わたしたちのやり取りを見て、頭を抱えていた。