1-7:娘との再会
「ムイ、一体どこへ行っちゃったんだろう」
勇者と協力して娘を探すことになったわたしは、必死で村の中を駆け回っては、辺りを見回していた。
もう陽も落ちてしまっている。こんな暗い中、迷子になっていたら大変だ。
それにもし、猛獣に襲われたりしたら?
いや、猛獣どころじゃない――魔物に見つかって、襲われたりでもしたら?
村のどこを探してもいないし……ムイは、村の外へ行ってしまったのかしら。
わたしが、ムイを怒らせたりしなけば。
……でも、未だにわたしは、どうしてムイを怒らせてしまったのかわからない。
……考えてもしょうがない。早く、ムイを見つけなきゃ。
「しかし、魔王にまさか娘がいたとは驚きだな」
勇者は物陰を探しつつ、そんな話をしてきた。
「一体いつからだ? 百年前に封印されてから、いつ子を宿したんだ? 実はとっくの昔から、魔王の封印は解けていた……とか?」
「さっきからズケズケと……勇者って、デリカシーがないの?」
「……すまん」
あっさりと謝られて、わたしはやや面食らった。
「……いいわ。……本当のことを言うとね、娘っていうのは嘘なの。岩穴で偶然にも迷子の女の子と出会ってね。ムイはわたしのこと、召喚したなんて話していたけど、あんな小さい子だからきっと何か遊びでもしていたのよ」
「…………」
「あの子はわたしのこと、『母』って呼んでくれているけど……迷子になってしまって、すごく寂しいんだと思う。今すぐにでも、本当のお母さんを見つけてあげなくちゃいけないのよ」
――それなのに、わたしったら目を離してしまって、ムイを見失ってしまって。
「……ムイ、今ごろどうしてるんだろう。……本当のお母さんと再会できているなら、全然いいんだけどね」
勇者に苦笑いを向けることしかできないわたし。情けないったらありゃしない。
勇者はそんなわたしを見て、何か言いかけていたけど、先に何かを見つけたのか、ある方向へと目をつけ、移動していく。
「ちょっといいかな、魔王」
勇者はある地点で立ち止まり、そこへしゃがみこむと、わたしに向かって手招きしてきた。
わたしはされるがままに勇者に近寄り、勇者が指さす地面に目を向ければ細長い溝があり、それは村を出て、さらに森の奥のほうへと続いていた。
「魔獣と思われる爪痕がある。もし君の娘が魔獣だとしたら、まさに娘が残した道標だと推測できる」
魔獣……か。確かにムイは普通の人間の子とは違って、手足に鋭い爪が生えていた。
勇者は眉間に皺を寄せながら、続けてこう話す。
「……しかしこの爪痕、自分で歩きながら付けるには不自然だ。どちらかというと……誰かに引きずられながら付けたような痕だ」
「……え?」
「もしかすると娘さんは、人攫いにあったのかもしれないな」
「――っ!」
わたしはすぐに勇者の横を通り過ぎて、痕を頼りに走り出した。
どうかこのまま、この痕を追ってムイの元まで辿り着けますように……!
わたしは強く願いながら、ただひたすらに走りつづけ――そして、ようやく。
「――見つけた」
ムイは狭いカゴの中に閉じ込められ、二人の男女に連れ去られていたところだった。
あの不自然さ……どう見ても、ムイの両親だとは到底思えない。
人攫い――不届き者。
まさに、この言葉がしっくりとくる。
不届き者たちは、わたしを見るなり肩を縮こませて、こちらを凝視している。
「……母!」
ムイはわたしを見るなり、そう言ってくれた。
「は……母って……」
「あ、あれ……魔王、だよな……?」
不届き者たちは、何やら途端にガタガタと震え出したけど、そんなこと気にしちゃいられない。
早く、ムイを解放してもらわないと。
「今すぐに娘を返せ、この不届き者ども」
どす黒い声が、わたしの口から放たれる。
魔王となって怒りに燃えるわたしは、もうわたしらしくいられない。
「わ、わかり……」と、一人の女が口にしかけたが、何を思ったのか、急に臨戦態勢を取りながら、強気な態度を見せはじめた。
「いや、待て……イシシッ。ちょっとビックリしたけど、よく考えたら魔王は百年前にとっくに封印されたじゃない」
それを聞いたもう一人の男は、
「……キシシッ。言われてみれば、そうだったぜ。復活したなんて噂をまだ聞いちゃいないし、偽物かもしれないな」
と言って、女同様戦う意志をわたしに見せてきた。
「イシシッ。そうよ、どうせこの女は虚勢張ってるんだわ。コイツも邪神の幼獣狙いで、わたしたちが見つけたのを横取りしに来たのかも」
「キシシッ。なら、全力で追い返すまでだぜ。なんせこっちは二人いるんだ。二対一じゃ、圧倒的にこっちが有利だぜ」
不届き者たちはそれぞれ、腰に携えていたホルダーからナイフを抜き取って、構えを取り出した。
……なんか言葉は悪いけど、明らかに『格下』って感じがするのよね。
戦いの経験なんて、さっきの勇者との短いやり取りしかないんだけど……なんだか、余裕で勝てそうな感じがするわ。
「母ー! コイツらチョーザコ! さっさとたおせ!」
――ほら、ムイだってそう言ってるし……じゃない。ここはちゃんと注意しないと。
「コラ、ムイ。いくらザコそうだからって、他人に向かってザコなんて言っちゃダメよ」
「うん、わかった」と、ムイが頷くと同時だった。
「「誰がザコだぁぁぁぁぁ!!」」
と、不届き者たちは二人同時にわたしに向かってナイフを振り下ろしてきた。
やっぱり動きがザコ――ううん、小物っぽい。
「〈ジューエ・ソイル〉」
わたしは呪文を唱えた。瞬間、地面から禍々しいオーラを放つ棘の蔓が飛び出し、二人の足首を巻きついた。足を捕らえられた二人はそのまま転倒。こうしてわたしは、一瞬にして二人の動きを封じることに成功した。
「この……ッ!」
抜け出そうと足掻く不届き者に、わたしは言う。
「あまり動かないで。動けば動くほど、棘が食いこんで痛むわよ」
「……クソッ」
わたしは不届き者を一瞥してから、ムイの元へと駆け寄った。カゴの蓋を開け、わたしはムイを抱き上げる。
「ムイ……!」
「母ー!」
わたしたちは再び抱き合った。
まったく、こんな短い間にハラハラすることが二回も起きるなんて、わたしたちってツイてない……でも。
「……ムイが無事で、よかった」
わたしが呟くと、ムイは唐突に顔を上げ、わたしの背後を指さして叫んだ。
「――母! 後ろ!」
振り向けば、身動きの取れない状態だったはずの不届き者は、今にもこちらに向かってナイフを投げようとせんばかりだった。
「……ッ!」
気づいたときにはもう遅い。二本のナイフはわたしたち目掛けて飛んできていて――わたしはせめてムイを守ろうと、ムイを深く抱き、自分を盾にした体勢を取った。
痛みを覚悟したが――数秒待っても、痛みがやってくることはなかった。
それどころか、何か当たった感触さえない。
わたしはゆっくりと目を開けると、目の前には、剣を抜いた勇者が立っていた。
足元を見れば、音もなく二本のナイフが地面に落ちていて。
勇者は顔だけこちらへ向けると、ただ淡々とひと言。
「娘が見つかってよかったな、魔王」