1-6:攫われムイは静かに願う
「イシシッ、これはラッキーだわ。まさかあんなボロ民宿にこんな上物がいたなんて」
「キシシッ、まさか邪神の幼獣がいるなんて」
ムイはそんな二人の男女の声を聞きながら思う。
(コイツら、わらいかた、ヘン)
――ムイは現在、ムイがすっぽりと収まるほどの小さなカゴに詰められていた。
民宿にいたあのとき、母が井戸へ水を汲みに外へ出た一瞬の隙に、ムイはいきなり何者かに口を押えられ、あっという間に連れ去られてしまったのだ。
カゴに詰められ、蓋を閉められ――ムイは逃げ出せない状態にされてしまい、そのまま二人の男女にカゴごと担がれ、運ばれてしまうことになってしまった。
カゴの隙間からそんな人攫いの二人の様子を伺うムイ。二人はムイを捕らえたことで浮かれていて、ムイのことを確認してくる気配は一切ない。
「イシシッ、ねー、コイツ闇市で売ったらいくらになるかしら?」
「キシシッ、余裕で二人で一生暮らせるくらいの、大金は手に入るだろうさ」
ムイは二人から視線を外し、どんどんと遠くなっていく村の方角を見つめる。
(……コイツら、ハンターのはず。でも、たぶんザコ)
ムイは、自分を狙う存在――ハンターがいるということは理解していた。これまでも、何度か似たような奴らに追われたことがあったからだ。
(……いつも、そう。なんで、ムイ、おいかける……?)
――だが一方で、なぜ自分が狙われるのか、ムイはわからなかった。
(……母、ムイのこと、みつけてくれるかな)
ムイは視線を落とす。
(いちおう、めじるし、のこしてる……けど)
ムイは村から離れる直前から、こっそりとカゴの隙間から足を出して、鋭い爪を地面に食い込ませ……引きずられながら痕をつけ、道標残していた。
もちろん、そうしているわけだから、爪の間には土がたくさん溜まっていた。多少の痛みもあった。しかし、ムイにとってはそんなこと些細なものだった。
(……母、ムイのこと、みすてる……かな)
――そんなことよりも、何よりも不安なことは、ムイの元に再び母が戻ってきてくれるか、それだけだった。
(ムイ、母のこと、ムイの母って、ちゃんとつたえた……のに。母は、ちゃんとしんじてくれてなかった)
――『今はムイの、本当のお母さんを探しにいきましょ?』
あの母の言葉が、ムイの脳裏を過ぎる。
(母は母なのに。本当の母……なんて、ムイ)
――『アンタなんて、産みたくなかった』
「……ッ!」
ムイはある女の言葉を思い出し、途端に耳を塞ぎ、小さく縮こまった。
「……っ……ぎっ……」
歯を食いしばり、必死で忘れ去ろうと、自分自身のその両手で強く、強く頭を押さえつける。
様子を変えたムイに人攫い――ハンターたちは気づいたか、一度立ち止まりカゴを地面に置くと、しゃがみこんでムイの顔を覗き込んだ。
「えー、ちょっと、この子いきなりどうしちゃったワケ?」
「うわ、自分の顔に爪立てるとかやめてくれよ。傷がつくと価値が下がるんだよなぁ」
ハンターたちは二人揃ってため息をついたあと、「これ、傷つかないように手足縛っとく?」と女のほうが発言したときだった。
「――見つけた」
怒気の孕んだ、低くおぞましい声が飛び込んできた。
ムイは顔を上げる――そして、この場に現れたその人物を見て、一気に顔を明るくさせたのだった。
「……母!」
ハンターたちはその発言を聞き、一気に背筋を凍らせた。
「は……母って……」
「あ、あれ……魔王、だよな……?」
母――改め魔王は、自分の背に巨大な魔法陣を展開させ、絶対的な威厳で命じる。
「今すぐに娘を返せ、この不届き者ども」