1-5:勇者と手を組み、ムイ探しへ
勇者はまっすぐとわたしに向かって攻撃を仕掛けにきた。
わたしは咄嗟に地面に次々と魔法陣を展開する――と言いつつ、頭は混乱状態だった。
魔法なんて、なぜ使えているのかもわからない状態だった。だけど、自然と身体が勝手に動いて、勇者に抗おうとしているのだ。
きっとこれは転生の力――もとい、元々備えていた魔王の力というヤツでしょう。
わたしは展開した魔法陣から次々と魔物を呼び起こし、勇者へと攻撃させた。
呼び起こせたのは、小さな人型のモンスター『ゴブリン』――彼らは非常に攻撃的で血気盛んだ。とにかく大勢を呼び起こして勇者を攻撃させれば、倒すまでいかないにしても、足止めはできるはず! ……と、スラスラとわたしはその情報が手に取るようにしてなぜかわかる。
……っていうか、魔王の力ってすごい……! こんなに簡単に魔物を呼び寄せて、従わせられるなんて。
もう疑いようもない――わたしはこの世界の魔王で、悪者なんだ。ここへ来て、ようやく心の底から、すべて理解したわ。
それだけじゃない。力を使って、わたしは全部思い出した――本来の魔王である彼女についての記憶が、蘇ってきた。
勇者はわたしが召喚したゴブリンを、いとも簡単に倒してしまった。斬りつけられたゴブリンは粒子となって消えていき、勇者はそのままの勢いで、わたしに向かって走り出す。
このまま勇者に倒されるわけにはいかない。
わたしは再びゴブリンを召喚する。さっきよりも、より多くの数を。
「みなのもの、勇者からわたしを守れ!」
わたしは命じると同時に、ゴブリンは勇者の四方八方から攻撃を仕掛ける。それなのに――勇者は回転斬りを見せ、一瞬にしてゴブリンはいなくなってしまった。
ゴブリン如きじゃ足止めはできない……だけど、今のわたしには、これだけが精一杯だというのがわかる。
魔力だ。わたしの中の魔力が、まだ回復しきっていない。
「……っ!」
勇者はわたしの肩を掴み、そのまま後ろへ押し倒した。
次の瞬間、顔の真横に剣が突き立てられ、それと同時に勇者に馬乗りにされたわたしは、完全に身動きが取れなくなってしまう。
「……ッ、勇者! そこをどけ! わたしには今すぐに、探し出さねばならぬ子がいるのだ!」
それでもわたしは、必死に抵抗の意を示した。
このまま倒されてたまるか。ムイの安否もわからないまま、殺されるわけにはいかない……!
わたしはひたすらに勇者を睨みつけた。せめて魔王としての威厳で、勇者を怯ませられないかと思ったけど、勇者はただじっとわたしを睨み返すだけだった。
「……と」
不意に勇者が口を開き、わたしは「……なんといった?」と聞き返した。
「……ずいぶんと、噂に聞く魔王とは雰囲気が違うようでな」
「……はぁ?」
「邪悪な見た目をしているが……違う。内側は穏やかで、黒いものを一切感じない」
「……何を言っているかわからないが、早くそこをどけ。早くムイに……ムイを、探さなくてはならぬ」
勇者は剣を抜くと、鞘にそれをしまった。
「ムイというのは、誰だ?」
「……。……わたしの……娘だ」
「……ほう」
それを聞いた勇者は、ようやくわたしの上からどいてくれた。そして、なんのつもりかわからないけど、わたしに向かって手を差し伸べてきたのだ。
「……なんの、真似だ……?」
「もう無理に、魔王の演技はしなくていい」
勇者は呆然としてしまっているわたしの手を無理矢理取ると、こう話す。
「娘探しに協力する」
わたしは勇者に引っ張られ、そのまま立ち上がりながらも考える――この男は、何を企んでいるのかと。
でも、今のわたしは本来の力を出せない非力な状態。ここは騙されたと思って、この男に頼るしかなさそう。
魔王の記憶を取り戻したといっても、ムイの居場所の見当はつかないのだし……。
諦めて、ここは協力してもらうしかないわね。
「……わかったわ。娘の名前はムイ。ほんの数分前、わたしが目を離した隙にこの民宿から姿を消してしまったの……早く、見つけださなくちゃいけないわ」
――もし勇者がムイに危害を加えるような真似をしたのなら、その瞬間、わたしは全力で勇者を倒すまでよ。