1-4:勇者、現れる
宛もなくただ歩いていると、今度は小さな村が見えてきた。
村へ入ると、ずいぶんとここは静かだった。
人っ子ひとり見かけない。
ここは、とっくに人がいなくなった廃村……なのかしら?
ここにいてもムイの話は誰にも聞けない。でも、空を見上げれば、もうすでに夕日は沈みかけていた。
幸いなことに、村には小さな民宿があった。看板に書いてあったから間違いない。
……思えば、わたしは当たり前のように文字や現地の人とも話ができていた。転生の際に、そのあたりは補完されているのかもしれない。
なんにしても、都合がいいのは確かだ。
「ムイ。今日はもう遅いから、ここで寝泊まりしましょう」
まだわたしから離れて、不貞腐れているムイに向かってそう言うと、ムイは小さく頷き返してくれた。
「ごめんくださーい」
いちおう声を掛けて民宿の中に入ったけど、返事はなかった。
人の気配も一切感じない。やっぱりこの村は、もう誰もいないんだ。
民宿はシンプルな木造の造りになっていて、玄関から入ってすぐにはリビングルームがあった。四人がけのテーブルに、すぐそばにはキッチンもある。
と言っても、この時間帯のせいもあって部屋の中は暗い。どこかで明かりを付けたいけど、電気が通っているふうには見えないし……。
困ったとき、不意にパッと後ろが明るくなったのを感じだ。
振り向けば、テーブルの上には燭台があったようで、そこに三本立っていた蝋燭にムイが火をつけてくれたらしい。
わたしが振り向いたとき、ムイの人差し指にはまだ小さな火が点っているのが見えたから、ムイが魔法で付けてくれたのだということは、一目瞭然だった。
「ありがとう、ムイ」
わたしは言うと、ムイはわたしを一瞥してから、椅子の上で体育座りをして、小さくなって丸まった。
まだ、ご機嫌ナナメは直っていないようだ。
「お腹も空いたし……ご飯にしようか」
わたしはできるだけ笑顔を作って見せてから、キッチンのほうへと移動し、棚の中をいくつか開けてみた。
ラッキーなことに、棚の中には乾燥肉やパン、チーズなどがあった。
奥には裏玄関があり、そこから外へ出ればすぐそのに井戸もあった。
調理器具もどうやらあるようだし、簡単な食事なら用意できそう。
ここは申し訳ないけど、今は勝手に使わせてもらおう。
もし宿主が現れたら、全力で働いて返すまでよ!
「……よし。そうと決まったら、準備しますか」
わたしは気合を入れて、テキパキと食事の用意を始めた。前世では家事をよくやっていたから、使う器具など違えど、用意するのは難しくなかった。
そうしていると、ムイが興味深そうにわたしの隣にやってきた。
わたしは、「お手伝い、してくれる?」と何気なく聞いてみると、ムイはうれしそうに頷いてくれた。
「それじゃあ、あそこに火をつけてもらえる?」
わたしはかまどを指さして言うと、ムイは「まかせろ!」と言って、意気揚々とその両手から炎を出した。
なんにもないところから火を生み出すなんて……これが魔法の力ってやつね。
「ありがとう、ムイ。魔法が使えちゃうなんて、ムイはすごいわね」
そう褒めると、ムイはまたまたうれしそうに笑った。機嫌が直ってきたと思ってわたしはホッと胸を撫で下ろすと、ムイはハッとしてまた唇を尖らせてしまった。
――いけない、わたしまた何かよくないことを……?
何が悪かったのかわからず、しかしまたムイはそっぽを向いてしまって、テーブルのほうへと戻ってしまった。
とりあえず今は、ちゃっちゃとご飯を作ってしまおう。
お腹がいっぱいになれば、ムイの機嫌も直るよね……?
そうとなれば、まずは水を用意しなきゃ。井戸から水を汲んで来よう。
わたしはキッチンに置いてあった木製のバケツを手に持って、裏玄関から外へ出て、井戸へ水を組みに行った。
それは、ものの数分の間だった。
わたしは水を汲み終わり、再びキッチンへ戻ると、一切の気配がないことに気づいた。
テーブルのほうに目をやれば、ムイの姿はない。
「……ッ!」
サーっと血の気が引いていく。
わたしは慌てて家の中を探したが、どこを探してもムイはいなかった。
「ムイ……ッ! ムイ!」
わたしは必死で呼び掛けたが、返事はない。わたしは方向転換し、すぐさま外へ飛び出した。
「……ッ!!」
わたしはそこで、立ち止まることになる。
最悪なことに、目の前には剣を抜いた状態で立ちはだかる一人の男がいたからだ。
まるで、待ち構えていたかのように。
長身で黒髪の男は、わたしを逃がすまいと鋭い眼光で睨みつけている。
転生したばかりで何もかもわからないはずなのに――わたしはこの男が誰なのか、ハッキリと本能的に理解した。
「――勇者……ッ!」
憎しみがこもった声が、腹の底から出た。
男はわたしに怯みもせず、ただ静かに、顔色ひとつ変えずに言うのだ。
「まさかこうして相見えることになるとはな、魔王――今ここで、再びお前を眠らせてやる」