2-10:彼女の目に映る、勇者の姿
リザたちがマホーリアの家へ向かっているそのころ、マホーリア宅にいるムイは、イライラしているマホーリアをただ眺めていた。
「アロン様を横取りした女……絶対に許さないわ! 先にアロン様に目を付けていたのは、このアタシなんだから……!」
マホーリアは不意に立ち上がると、ギロリとムイを睨み下ろした。
「よし、迷子娘。まずはアンタのお母さんについて教えなさい」
マホーリアの発言を受けて、「……! 母のトコ、つれていってくれるか!」と、喜ぶムイ。
だが、マホーリアはそんなムイの喜ぶ顔なんて、まるで目に入っていないかの様子。
「アンタ、よく見たら半獣人っぽいけど……まさかアンタのお母さん、魔獣だったりするわけ?」
片眉を吊り上げながら、そんな質問を投げてきたマホーリアに、ムイは正直に答える。
「魔獣チガウ。母、魔王だ」
「ああ、そう魔王――うえぇっ!? なななな……あ、アンタ今、魔王って言った!?」
マホーリアは勢いよくムイの肩を掴むと、その顔をお互いの鼻の先が触れるくらいの距離まで近づけた。
「アンタ、ふざけた冗談言ってんじゃないわよ!」
「ムイ、ジョーダンいわない。ムイの母、魔王!」
「魔王は百年前に、とっくに封印されたんでしょ!?」
「それ、ムイがといた!」
「はぁぁぁぁあぁっ!?」
マホーリアはフラフラと後退し、頭を抱えた。
「……アンタそれ、本気で言ってるの?」
「ムイ、ウソついてない。だから、ユーシャ、母とムイ、カンシ? するため、いっしょいる」
マホーリアはその話を聞き、口元に手を当て、何やら深く考え込むと……しばらくして、ニヤリと口角を上げた。
「……なるほどね。そういうこと」
マホーリアは話しながら、ムイいる方向とは逆のほうへ歩みを進めていく。
「あーあ。アンタがアロン様に奥さんがいるか言うから、いろいろ勘違いしちゃってたけど……結局アロン様は、ご自分ひとりの手で魔王とその子供を始末しようとしてくれてたのね」
「し……シマツ……!?」と、ムイはピンと耳に力が入る。
「アロン様ったら、アタシに危害がないようにって、おひとりでその責務を負うおつもりだったのね。別に構わないのに。アタシは、アロン様のためならなんだってするわ」
マホーリアは話しながら、壁に立てかけられていた、自身の肩の高さまである長い木の杖を手に取ると、くるりと半回転し、再びムイを見据えた。
「せっかく今、小娘一人なんだもの……ここはせめてアタシが、こっちを片づけてあげなくちゃ」
そう言って、マホーリアは杖を構えた。ムイはすぐに自身の危険を察知し、避難しようとしたが――。
「きっとアロン様は、そうやって気の利くアタシを褒めてくれるわ♡」
――マホーリアが語り終えると同時に、ムイの視界がグニャリと歪んだ。
「……ッ!?」
ムイはその場から動くことができなくなった。
目がぐるぐると回り、思考はまとまらず、自分が今立っているのか、倒れているのかもわからない。
気持ちの悪い状態が、ただただ続いていく。
「さすがアタシ。一発で混乱魔法がキマったみたいね」
自慢げに語るマホーリア。
「ふぁ……ふぁあ……」
ムイは口が回らない。身体の力が入らず、マホーリアを見上げることしかできない。
「魔王の娘ってどれほどかと思ったけど、この様子じゃ大したことなさそうね。ここはちゃっちゃと終わらせましょうか」
マホーリアは淡々と、その杖の先端をムイへ向ける。
「――〈トード〉」
マホーリアが詠唱すると、杖の先端は青白く光り、同時にムイの足元が急激に冷え込み出した。そこには、目に見えるほどの白い冷気が集中するのが見え、ムイは恐怖で身体が竦む。
「あ、あえ……」
「やめて」……そう言いたくても言えずに、ムイは絶望に立たされたときだった。
「――マホーリア、その杖を下ろせ」
そのときだ、アロンが現れたのだ。
アロンはマホーリアの杖を手で抑え、強制的に杖を下ろさせた。マホーリアはそれを受けて、かなり動揺している様子だ。
しかしおかげで、無事、マホーリアによる魔法は解除され、ムイは事なきを得た。
混乱魔法も解けたようで、ムイの意識はだんだんとハッキリしてきた。
「ゆ……ユーシャ……?」
ムイはアロンが助けに入ったことに驚きを隠せないでいた。
アロンはムイを見やると、まず第一声に「すまなかった」と謝罪した。それから、ムイの元へ近づき、優しく手を差し伸べるアロン。
「……その、怪我とかしてないか? 立て……そうか?」
不器用な物言いだが、ムイのことを心配してくれていることは伝わってきた。
ムイはアロンの目と、差し出された手を交互に見やってから、その手に自身の手を重ねた。
「……うん」
ムイは言って、改めて立ち上がって見せた。
アロンはそんなムイを見て、安心したようにほんの少し微笑むと、また真剣な表情に戻し、マホーリアを一瞥した。
アロンの視線を受け、肩を竦ませるマホーリア。
そのタイミングで、また部屋の扉が開く。見れば、あとからやってきたソラムギとリザ――母の姿があった。
「――!! 母ー!」
ムイはリザの顔を見た途端顔を明るくさせ、リザの胸に飛び込んだ。
隣で、その様子を見ていあソラムギは、「……これが、本当に邪神の幼獣なのかニャ……?」と、目をパチクリとさせていた。