2-8:一瞬の亀裂
「ま……ひとまず家に入れニャ」
アロンの知り合いだという占い師さんは呆れた眼差しを向けつつもそう言って、わたしたちを家に招いてくれた。
占い師さんはわたしたちをテーブルにつかせてから、占い師さんはわたしたちの向かいに座る。
「……んで、ウチら初めましてだよニャ?」
占い師さんはわたしも見て言うと、こう続ける。
「ウチは占い師のソラムギ。よろしくニャ」
にこやかに右手を差し出してきた占い師――ソラムギさん。わたしはその手を握り返しながら、わたしも名前を名乗ろうとする。
「初めまして。わたしはリザ――……ッ!!」
――名乗ろうとして、まるで身体に電流が走ったかのような鋭い痛みが走った。
「……ッ!?」
息が、詰まる。
混乱の中、わたしは椅子から崩れ落ちる。何事かと懸命に顔を上げると、すでに二人は席を立っており、アロンはソラムギさんの首元に剣を据えていた。
「……いきなり何をする」
「んん? そんなこと言われる筋合いはないニャ。……アロンこそ正気かニャ? コイツ――魔王だろ」
二人の睨み合いを、わたしはただ見つめていた。
「勇者とあろうものが、魔王に幻術でも掛けられて惑わされたかニャ?」
「俺は正気だ。俺の意思で、彼女の隣にいる」
「なぜニャ? そもそもこの魔王――封印が解かれたばかりだろ? まだ完全体じゃないうちに、ここで始末するべきニャ」
「ダメだ」
「ヤキでも回ったか?」
ソラムギさんはチラリと横目でわたしを見下ろす。その鋭い目付きに、思わずわたしの身は竦んだ。
ソラムギさんは、再びアロンへと視線を戻す。
「なぜこんな奴を生かす? アロンの理由を聞かせろ」
「彼女に悪意はない。魔王だからといって、悪意のない者を俺は斬らない」
「演技かもしれないだろ?」
「そうかもしれないな。だからこそ、俺は彼女のそばにいる。常に目が届くよう、今はともに暮らしている」
「暮らしてるって……イカレてんのかニャ。そんな……そんな、アロンがわざわざ危険なこと……」
「これでも勇者だからな。誰よりもリスクは背負うさ。……ま、そう話してはいるが、そもそも彼女は今もこれからも、きっと何か悪さをしでかすつもりはないだろう。彼女はただ純粋で、優しい人だ」
「……本気で、そう思ってんのか?」
「ああ」
「騙されているかもしれないぞ」
「本当にそうだとしたら、俺の見る目がなかったんだろうな」
「…………」
ソラムギさんは、緊張を解くかのように、深く息を吐いた。
「……わかったニャ」
ソラムギさんは着席し、両手を上げた。
「さっき不意打ちで掛けたドレイン魔法で、この魔王がいかに警戒心なく、無防備なのかもわかったし……それに、ちょっと魔力の味見もさせてもらったけど、別にマズくもなかったし」
ソラムギさんはベッと少しだけ舌を出す仕草をして見せてから、こう話す。
「わかったニャ、アロンの判断を信じるニャ」
――一旦、見逃してもらえたのかしら。
とりあえずはひと安心かな、と思っていると、わたしの視界に頼もしい手のひらが映る。
視線を上げれば、アロンが手を差し伸べてくれていた。
わたしはアロンの手を借りて、ようやく立ち上がり、再び椅子に座り直した。
「本当にアロンは純朴とでもいうのかニャ。……どんな相手でも、ステータスで見たりせずに、その人自身の本質と向き合うよニャ。アロンのいいトコでもあり、悪いトコでもあるっていうか」
……だからこそ、今のウチもいるんだけど……と、ソラムギさんは懐かしむようにそう呟いてから、わたしを見つめた。
「さっきは悪かったニャ。改めまして、ウチは占い師のソラムギ、よろしくニャ」
ソラムギさんから改めて右手を差し出され、わたしも改めて名前を名乗る。
「いいえ。こちらこそ、魔王であるわたしを受け入れてくれてありがとう。わたしは魔王、リザ・ダナンよ」
「ニャニャニャ〜、聞く前から知ってっけどニャ」
改めてもう一度、ソラムギさんの手を握り返す――今度は何事も起こることなく、ただ手の温もりだけが、返ってきた。