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2-4:邪神の幼獣

 ――早朝……といっても、まだ太陽は顔を隠している、そんな時間。薄暗い森の中をわたしとアロンは進んでいき、やがて例の、わたしとムイが初めて出会った岩穴へと辿り着いた。


「……なるほどな」


 アロンは岩穴を見て、深くため息をついた。


「この岩穴は、百年前魔王を封じ込めたとされる地に立てた祠だ。偶然なのか、はたまた確信的にか――ムイはそんな場所で召喚魔法を使用したものだから、魔王が蘇った……というわけか」


 そうだとしても、封印を破るのは相当の魔力と魔術の使い手だ――とアロンは話した。


「……ムイは、なんでわたしなんかを召喚したのかしら? いえ、召喚というよりも、封印を解いて蘇らせた――というのが正しいのかしら?」


「そうだな。……まあ、君に対するムイの懐き方を見るに、あの子はきっと、ずっと母親を求めていたんだろう。その想いが、今になってこうして形になったのかもな」


 そう言って、アロンはわたしを見つめた。


「……ムイは、これまでどう過ごしてきたんだろう。お母さんも……お父さんもいない中、ひとりで、この森の中を過ごしてきたのかしら」


「……さあな。だが、俺らのほうからあまり詮索はしないうほうがいいだろう」


「……そうね。ところでアロン。気になることがあるって言ってたけど、それはどうなの?」


 アロンは、「ああ、そのことか」と言うと、周辺に意識を向けるように、辺りを見回しはじめた。


「魔王の復活により、魔物が顔を出しはじめてはいないかと思ってな。魔王の放つ魔力は魔物を惹きつけ、寄せつける……と、話に聞いたことがある。魔物がうろつきはじめてないか、確認したかったんだ」


「なるほど、勇者様も大変ね」とわたしは言って、少し遅れてからギョッとした。


「……え、待って。それってつまり……わたしって、魔物を寄せつける体質ってこと?」


「そうだが? 何を今更顔を青くしている?」


「そりゃあなるでしょ! だって魔物よ!? どんな恐ろしいのがわたしのところへ来るのかって考えたら……そりゃあ怖いじゃない!」


「俺に対して魔物を召喚して、寄越してきたくせにか?」


 そう言って、シニカルな笑みを見せるアロン。


 ――うぅ……言われてみれば、最初に会ったとき、確かにそんなことはしたけど……。


「……それはそれ、これはこれよ!」


 とにかくわたしは、きっぱりとそう言った。


「ま、そんなに魔物が怖いといっても、気にするな、魔王」


 アロンはそう言うと、わたしの目をまっすぐと見つめた。


「――魔物が襲ってこようものなら、俺が君を守るから」


「……!」


 その発言に、思わずキュンとしてしまった。


 ――なんでアロンは、こんなわたしに、そんな優しいことを言ってくれるんだろう。


 わたしは気持ちを振り払うように頭を振ってから、「いやいや……!」と言葉を続ける。


「わたし、魔王ですから! 自分の身くらい自分で守れるわよ。それに今思えば、魔物がわざわざ魔王であるわたしを襲うはずないでしょ?」


「む。言われてみればそうか」


「むしろわたしが、アロンとムイを守るほうよ」


 アロンはひとつ笑んでから、「さすが魔王は、頼もしいことを言ってくれるな」と言った。


「だがまあ、無理はするなよ」


 それからアロンは、「さて、このあたりはもういいか……念のため、この周辺も魔物の気配がないか確認しよう」と言って移動しはじめたので、わたしも大人しく後ろをついていく。


 森の中を歩きながら、わたしは思う。


 ――魔物を寄せ付ける体質……か。


 もし、今後魔物が顔を出しはじめたら、どうしたらいいんだろう。


 魔物はきっと人々を襲う――わたしのせいで、周りのみんなが不幸になる。


 そうなったら、やっぱりわたしは……。


「――ま、見たところ邪気も溜まっていないようだ。魔物の気配もまったくない。ひとまずは大丈夫そうだろう」


 アロンの話を聞き、ハッと我に返る。


「そ……そう。魔物がいないならよかったわ」


 わたしが答えると、アロンはふと立ち止まる。続いてわたしも足を止め首を傾げると、アロンは振り返り、わたしの顔を見つめてきた。


「……な、何?」


 わたしは聞くと、アロンは「……いや」と言って、再び歩き出した。


「ムイが目を覚ます前に、早く帰ろう」

「え、ええ」


 アロンが何を考えているのか、全然わからないけど――そんなこと、今はいっか。



 帰りの道中、この機会にわたしは、気になっていたことをアロンに聞いてみた。


「ねぇ、アロン。昨日、ムイを攫った奴らいたじゃない? あの人たち、ムイのことを『邪神の幼獣』とかって言っていたと思うんだけど、アロンは何か知ってる?」


 わたしの記憶――正確に言えば、転生した魔王リザ・ダナンの記憶の中には、邪神の幼獣についての情報はなかった。


 その言葉を聞いても、イマイチピンとこなかったのだ。


 そもそも『邪神』から、よくわかっていない状態だし。


「……」


 アロンは少し答えづらいそうにしているように見えたけど、やがて答えてくれた。


「この世界には、神様が二人いるとされている。善の神と悪の神だ。言われずとも察するだろうが、悪の神の位置に立つのが――」


「――邪神ね」


「――ああ。この地に最初に魔力を与えたとされるのが邪神と伝えられている。魔力が与えられたことにより魔物が生まれ、しかし一方で、人々も魔法という力を作り出し、文明を築き、ここまで発展してきた」


 ……ということは、魔王が生まれたのも、元を辿ればこの邪神のおかげってことね。


「あるとき、邪神はある国に降り立ち、『この国の女を一人寄越せ』と言ったという。魔力を与えた自分に対する、貢ぎ物としてな。一方的に魔力を与えたにも関わらず、ふてぶてしい要求だとも思うが、その恩恵に与ったのも事実――当時の人々はそれを受け入れ、若い身寄りのない女を一人貢いだらしい」


「……」


「それから、邪神は不定期に現れ、女を要求していたらしいが、ある日ぱったりと現れなくなったという。それと同時に……ある噂が駆け巡った」


 わたしは、その噂の内容になんとなく予想がついていた。


「――唯一生き残って帰ってきた貢ぎ物の女が、子を産んだと。人間ではない、異形の存在を。みなはそれを……『邪神の幼獣』だと言った」


「……それが、ムイ」


「……魔王の封印を破るほどの魔力(ちから)を秘めたムイは、まさにそうと言えるだろう。伝聞に聞く姿とも一致する。ムイは、ほかに見ない姿もしているし……な」


 アロンは一度言葉を区切ってから、話を続ける。


「幻獣レベルのムイの存在は、闇取引(オークション)でかなりの値がつく。先日出会ったハンターたちのように、今後もムイを狙う奴らが現れるだろう。……それだけじゃない。国にムイの存在が知られれば、国はムイを消そうと動くかもしれない」


「そんな……どうして!?」


「――邪神は災いを呼ぶ存在だ。その子供もまた……同じと見なされる」


「……ムイは、そんなことしないわ」


「……ああ、そうだろうな」


 アロンは言うと、わたしの目を見つめた。


「……だから、俺らが守ってあげなくちゃならないんだ」


「……ええ。そうね」


 新たにムイを守る意志を固めて、わたしたちは家へと急ぐのだった。




 ◇




 その後家へ着き、アロンといっしょにムイの様子を確認しようと部屋を覗くと――ムイの姿はなかった。

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