2-3:対等の関係でいたいから
夕飯後、わたしとムイは改めてアロンから家の中を案内された。
最後に、アロンは二階へと案内すると、テキパキと各扉を指さしながら説明していく。
「今後君たちの部屋はこっちを使ってくれ。魔王がこっち、ムイはそっちの奥の部屋だ。一応教えておくと、俺の部屋はここだ」
わたしは「了解」と頷いた。一方ムイはというと、「わかった!」と元気よく返事して、アロンの部屋に入ろうとして――彼に捕まってしまう。
「何が『わかった』だ、小娘」
「コムスメちがう、ムイだ」
「……ムイ。ここは俺の部屋だ、勝手に入るな。ムイの部屋はあっちだ」
「むー……」
ムイは不満顔を見せたけど、渋々ここは受け入れたようで、くるりと身を翻してアロンの手から離れると、床の上に小さく丸まった。
「……それじゃ、あとは勝手にくつろいでくれ。今日はもう疲れただろう、ゆっくり部屋で休むといい。……そうそう、風呂はさっき案内したとおりだから、好きなときに入ってくれ。着替えは家族の衣服ならあるから、ちょうどいいのを探して使ってくれて構わない。ほとんど新品みたいなものだから、気にするな」
「いろいろしてくれてありがとう。それじゃ、早速お風呂でもいただこうかしら」
「母! ムイもいっしょに入る!」
そう言って、わたしの腰に引っ付いてくるムイ。わたしは「もちろん、そうしましょ」と微笑みを返すと、ムイはニッコリと笑ったあと、アロンを見つめた。
「あ、ユーシャも、母といっしょ入るか?」
「どぅえっ!? ……は、入らん!」
アロンはムイの突然の誘いにビックリしたみたいで、顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。
「ムイわかる。ユーシャ、ウブってやつ」
ムイがそう話すものだから、わたしは思わず笑ってしまった。アロンはまた顔を赤くしてしまって、「もう、さっさと入ってこい」と自分の部屋に行ってしまった。
「ユーシャのハンノウ、おもしろかった」
「フフ。でもね、あんまりアロンをからかうのは止めなさい。さて、お風呂に入りますか」
「うん!」
こうして、わたしはムイとお風呂に入ったのだった――実際そんなに時間は経っていないんだけど、なんだかすごく久しぶりに身体を洗えたような気がして、だいぶリラックスできた。
◇
「……う。……魔王」
――ん……何? 魔王……?
「魔王……起きろ」
身体を揺すられ、わたしは強制的に眠りから引きずり出されることになる。
寝ぼけ眼を擦りつつ、身体を起こそうとすると、すぐ鼻の先にはアロンの顔があった。
「……きゃあ!」
わたしは驚いてアロンから退き、布団にくるまりながらアロンを睨んだ。
「な……! 乙女の部屋に勝手に入るとはなんなのよ!」
「乙女というほどの歳か?」
「むっ……とにかく、女性の部屋に……しかも寝ているところに押しかけるって失礼でしょ!」
「ふむ。それは失敬した」
アロンはそう言いつつも、本気でそう思ってはなさそうだった。
アロンに起こされ、やや不機嫌なわたしは、窓の外を見れば、外はまだ日が昇っておらず、薄暗かった。
「……まったく、今何時なの?」
「朝の四時頃といったところだな」
……嘘でしょう。前世のわたしなら、まだぐっすり眠っている時間よ。
「一体、どういうつもりでこんな時間に……」
「ムイがまだ眠っている間に、魔王と二人きりで出かけたくてな」
「わたしと……二人きりで?」
二人きりで出かけたいって……い、一体アロンったらどういうつもりなのかしら……?
まさかアロン、わたしのことが気になって……?
「君が召喚させられたという場所まで案内してくれないか? 少し気になることがある」
――わたしのことが気になって……なんて、やっぱりあるはずないわ。
うん、わかっていたけどね。ちょっとした冗談ってやつよ。
わたし、前世で少女漫画を読み過ぎたわね。
「わかった。道はたぶん……覚えてる。そこまで遠くないはずだし、案内するわ」
わたしはベッドから下りる。
「それじゃ、着替えるから一旦部屋から出てって。すぐに準備して出るから」
「このままでもいいだろ」
「いやいや、パジャマのままは嫌よ。そういうアロンだって、ちゃんと勇者らしい服着てるじゃない」
「それは何かあったときに備えてだ」
「なるほどね。それならなおさら、わたしも何かあったときに備えて着替えておくわ」
わたしはアロンを押しやって、部屋の外へと出していく。
「別に、何かあっても俺が守るのに」
いよいよ扉を開けて、アロンを押し出そうとしたときにそんなことを言われ、わたしは一瞬動きを止めた。
「……アロン、なんの気なしにそういうこと言っちゃうタイプ?」
「……?」と、首を傾げるアロンに、「うわ、その反応はやっぱりそうだわ」と言うわたし。
「……とにかく、わたしは着替えるから。それに、本当に何かあったときに、わたしはただ守られるだけなんて嫌よ」
アロンはきっといい人だ。こんな魔王を信頼して、家に置いてくれるくらいなんだから。
――だからこそ、わたしは。
「わたしだって、アロンの力になりたいわ。せっかく、魔王の強い力もあるんだしね」
わたしは最後にそう言って、扉を閉めた。
その直前、扉の隙間から見えたアロンの横顔は、ほんの少しだけ笑っているように見えた。