30 黒歴史
「イリア、スターリル公爵家に戻っても良いからね」
泣き顔を見られたくなくて、俯いたまま、隣りに居るイリアに話しかける。
「嫌です」
キッパリと断られた。
「こんな僕は、怖いだろう?」
「はい、とても怖いです」
即答だ。『それなら、帰りなよ』と続けようとしたら
「ですが」
ゆっくりと顔を上げる。
ニィッと唇の端を上げたイリアと目が合った。
「『化物の六芒星』はとても怖いです。でも、『ルルシア様』は怖くないのです。だって、貴方は私のヒーローなのでしょう?」
(そうだ、あの時に…)
_9年前
僕は珍しく家族でショッピングモールに来た時にフラフラと歩いていたら、貧民街に迷い込んでしまっていた。
〚わぁ、こんな所があったんだね。あれ?〛
体育座りでシクシクと泣いている当時13歳のイリアが居る事に気付いた。そこに、当時3歳の僕は近づく。
〚どうしたの?〛
小首を傾げて質問している。
〚き、貴族の子供!?〛
ゴッテゴテの服を見てそう判断したのだろう。
〚うん、そうだよ〛
〚許さない…!母さんを返せ!!〛
ブンブンと殴りかかって来た。
〚止めてよ。僕の可愛いお顔が台無しになっちゃう〛
ひらりひらりと避けながら、生意気な事を言っている。
今思えば、この頃は一人称が『僕』だった気もする。前世の影響なのかな?
〚はぁはぁッ…〛
イリアは肩で息をしている。相当疲れたのであろう。
〚終わり?じゃあ、〛
〚どうせ、私を憲兵に突き出すんでしょ!?好きにしなさい!もう、お腹がペッコペコで動けないし!〛
叫びながら、寝そべる。
〚えぇ?そんな事はしないよ〛
〚も、もしかして、奴隷にするつもりなの!?〛
ムクリと起き上がった。
〚ううん。僕専属の侍女且つ僕のヒロインになって欲しい〛
大真面目な顔で言う。様になっているのが面白い所だ。
〚へ?〛
〚僕ね、よく物語を読むんだよ。それで、可愛らしいヒロインとカッコいい騎士の物語を読んだんだ。君は可愛いし、僕専属の侍女もまだ居ないし丁度良いなって〛
ペラペラと人が聞いてもいないのに話し始めた。
〚う、嘘よ!そんな事言って、私を何処かに売る気でしょ!?〛
キャンキャンと吠える。
〚僕は、貴方のヒーローになりたいんだ。不安なら約束するよ。君を絶対に傷つけない。さぁ、行こう!〛
ニコッと笑い、イリアの手を引く。
〚ちょっと…!〛
困惑はしていたが、その顔は嫌そうでは無かった。
_現在
貧民街に居たからだろうか?
たまに素が出るのは。僕はそんな冷静に考えられず。
(うわぁぁぁぁ!!恥ずい!何と言うか…黒歴史…!そう!黒歴史だ!!)
と顔から火が出る勢いで真っ赤っ赤になっていた。
「そ、そんな事言ったっけ…?」
「はい!言いました!」
すっとぼけてみたけど、駄目だったね。
「なので、私は貴方の元を離れませんから」
ニッコリと笑う。
何だか圧を感じたよ。




