"英雄日誌" ヒーローズ・ダイアリー
3年前、私の兄はトラックに轢かれて息を引き取った。
その時私はまだ9歳で、同世代の女の子達と遊ぶより、兄にくっついて冒険ごっこをしていることがほとんどだった。
「いーか、かなで!
今日の兄ちゃんの獲物は、町で悪さを働く凶悪な魔獣"ケルベロス"だ!
兄ちゃんの伝説の剣が火を吹くぜ!」
「うん!
かなでも"まほー"で"しえん"する!」
「よっしゃあー!かなでの支援魔法があれば百人力だぜ!
待ってろよケルベロス!」
3つ年上の12歳の兄。運動神経は良いのにスポーツはせず、ファンタジーもののマンガやゲームが好きで、周りの男の子達が何年も前に卒業した冒険ごっこを本気で楽しむ。
子供っぽい人だったのだろう。
小さい私に合わせてくれてたのかもしれないが、どう見てもあれはただの兄の趣味だ。
でも、そんな兄は私にとってはカッコいいヒーローだった。兄の後ろを追いかける日々は私の大切な思いでだったのだから。
兄と冒険に出た日は冒険の記録を日記につけるのが決まりだった。
黒い表紙の古ぼけた日記帳。
「冒険の書みたいでカッコいいだろ〜。
今日からこの日記に!俺とかなでの冒険の日々を書き留めちゃるぜ!」
そうやって楽しそうに日記をつけていたのを覚えてる。
兄が亡くなってから3年。
あれから冒険ごっこに行くことはなくなったけど、兄の形見の伝説の剣(ただの木刀だ)を振り続けるのが日課になった。
「せい!やあ!とぉおおりゃあああっ!!」
息が弾む。汗が舞い散る。
剣を振っている時は何もかも忘れて真っ白になれる。
「…ふう。今日はこのくらいにしておこうかな」
タオルで汗を拭き、庭から自分の部屋に戻ってくる。
木刀を壁に立てかけ、ベットに横になった時、頭の上に何かが落ちてきた。
「いたた…。何が落ちてきたの…
あ」
それは古ぼけた黒い表紙の日記帳だった。
兄の遺品で私がもらった2つの形見。木刀と日記帳。伝説の剣と冒険の書。
「なつかしいなぁ。最後に日記を読んだのはもう2年くらい前かな」
日記を開いてページをめくっていく。町を荒らし回るケルベロス(近所の飼い犬だ)と戦ったり、禁断の森に眠る聖なる薬草を探しに行ったり。
「あはは。こんなこともあったなぁ。
…ん?」
聖王歴100年。1の月。
今年は王都アルテミナで建国100年記念の祭りが開かれるそうだ!
こいつは楽しみだぜ!
俺達もリスタの町付近は冒険し尽くしたし、王都アルテミナまで冒険することに決めたぜ!
建国祭は秋みたいだから、徒歩で向かっても、余裕で間に合うだろう。
仲間のアーサーとシルフィも町を離れることは同意してくれた。
こいつは大冒険の予感がするぜ!
「なに…これ…?」
王都アルテミナ。リスタの街。
兄が好きだったマンガやゲームでは聞いたことのない名前だ。
私も近所で冒険した時に、そんな名前の場所に行った記憶はないと思う。
それよりも きになることが
「これ…誰が書いた、の?」
明らかに兄の筆跡ではない文字。兄が記録していたよりも後のページに。見たこともない内容が、びっしりと書き込まれている。
『質問に返答します。
タイトルネーム、"英雄日誌"ヒーローズ・ダイアリー。
当書は異世界"リグ・リスタ"における、勇者カミツキ・ユーキの活動を記録した魔導書となります』
「!?」
「本が…喋った!?」
『肯定です。
当書はカミツキ・ユーキにより生み出され、カミツキ・カナデと共に作り上げられた、"英雄日誌"です。
当書は異世界"リグ・リスタ"と当該現実世界を繋ぐマジックアイテムです』
日記が空に浮き、日記から無機質な声が発せられている。
私は夢でも見ているのだろうか。
ーーーそうだ これは夢に違いない。
私は日課の剣の鍛錬で疲れていたから、ベットに横になったまま眠ってしまったのだ。
死んだ兄に関する夢を見るなんて、私はやはりそうとうなお兄ちゃんっ子だったのだろう。
「え…と。ヒーローズ・ダイアリー、さん…?」
『肯定です。カミツキ・カナデ、
当書の呼称はダイアリーで構いません。さんづけも不要です』
「じゃあ…ダイアリー」
『はい、なんでしょうカミツキ・カナデ』
「兄は異世界…"リグ・リスタ"だっけ?
そこで冒険してる…ってことでいいのかな?」
『肯定です。カミツキ・ユーキは3年前に"リグ・リスタ"に転移しました。
以後リスタの町を拠点に活動を開始。目まぐるしい功績を上げ、現在はA級の冒険者として名を馳せております』
兄は異世界で冒険しているという設定らしい。
兄らしくていい話だ。設定が細かいようだけど、たぶん最近見たマンガとかにあった名前が夢に出てきているんだと思う。
「もっと、色々な話を聞かせてくれるかなダイアリー。
兄の話をもっと聞きたいの」
『了解です。
では、カミツキ・ユーキが初めて街の外に出た時の冒険譚を…』
異世界"リグ・リスタ"
魔法が存在するファンタジーの世界。
その世界には魔獣もいて、冒険者はギルドの依頼で魔獣退治やマジックアイテムの素材集めなどで生計を立てているらしい。
異世界から来た人間は特別な力を持っている為、駆け出しだった兄も3年でA級という上位の冒険者になり、若き勇者などと呼ばれるほどに成長を遂げたらしい。
「それで!それで!
ケルベロスとの戦いはどうなったの?」
『伝説の四代魔獣が一角、"大地の蹂躙者"ケルベロス。
かつての勇者に討伐されてからの復活直後でした為、相当の弱体化をしていましたが、それでも伝説の四代魔獣。カミツキ・ユーキの実力では立ち向かうのは難しかったですが、仲間達の協力を得て、作戦を練り』
ワクワクする。冒険の話は楽しい。
私は今でも。
近所の冒険ごっこは卒業したけど、冒険に憧れている気持ちは変わらないらしい。
「いいなぁ。私もリグ・リスタで冒険してみたいなぁ」
『了解しました。
カミツキ・カナデの希望を承認。当該現実世界から異世界"リグ・リスタ"への転生転移を行います』
「え…」
突然、ダイアリーが光出し。その光が私を包んでいく。
暖かくて、どこかなつかしくて、それでいてとても胸の鼓動が高まってくるワクワクする光。
「え?え。え、なにこれ!?
ダイアリー、転移?って」
『転生転移、開始。
ようこそカミツキ・カナデ。
異世界"リグ・リスタ"は、あなたを歓迎いたします』
ーーーこうして
ーーーわたしのいしきは とだえた