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99話、呪術の殺人鬼

 遭難することのない吹雪の行軍など、安心感が違う。

 なにが分かるのかジュリアを追っているらしいヒュドラの後をついていくだけ。行けばジュリアに辿り着ける。捜索することもせずに標的に会える。不純な想いであれど、ジロウはただ恋焦がれて待つばかりであった。


「洞窟に隠れておったか。(ねずみ)穴熊(アナグマ)か、煙でも焚いて(いぶ)すか? 笑止千万、叩いて追い出す」


 機嫌良く語ってみせるジロウはヒュドラを越えて先行し、洞窟の入り口へ。

 焚き火は未だ燃えている。新たな薪も()べられたばかり……だが、いるのは火の近くで(だん)を取る少年のみ。毒を受けて死んでいるのだろうか……。


「……放って逃げたか? ジュリアめ、賢く立ち回るようになりおってッ――!?」


 ジロウは頭上からの強襲に辛うじて反応した。

 強襲する薙刀を金棒で受け止めるも、続く回し蹴りを中段に受けて蹴り飛ばされる。百メートルは飛ばされて地面を転がった。

 裂帛(れっぱく)だ。ひとえに感情の強さが、一段上のジュリアを引き出している。


「ヌウ……!」

「――」


 天眼通で吹雪く向こうを鮮明に見て、互いを視認。直後に鋼器を手に握り締めて疾走する。

 マナ強度は――【幽雷】へ達していた。短期での決戦をと、両者の思惑は勇むジュリアへ引き連れられて重なった。


「ジロウさんの本気なんて初めて見るぞ……」

「ぼうっとするな。今度は外すなよ」

「ああ。ヒュドラにも気を付けるんだ」


 吹き矢の名手を鼓舞してジロウの補佐へ回る。隊を率いる悪鬼は、弾けるマナの電雷により大戦の勇士を証明している。

 だが無いよりはいい援護。早くから勝利して、あのジュリア・ワトソンを輪姦したくて堪らない。彼等は心から外道へと堕ちていた。


「……」


 前を歩く二人とは別れ、名手は木の影から吹き矢を覗かせる。中腰で安定された毒矢で狙うは、一瞬の隙。目で追える速さではない。なにかのタイミングで動きが止まる一瞬を狙う。天眼通にマナを惜しみなく注いで機を待つ。


「――」


 赤い短剣が首筋を撫でる。背後から首筋に添えられて、たおやかに刃は引かれた。呆気なく動脈を断ち、吹雪に血風が乗って消える。


「――!?」


 声を上げることもできず、薄くなる視界に残ったのは、死んでいなければならない少年だった。処置不能な毒により遥か以前に死んでいなければならない少年だった。


「……」


 発熱で呼吸は荒い。羽虫の如く吹雪に吹き飛ばされそうになりながら、ジェイクは死にゆく名手に構わず騎士を追う。遠のいていくマナの雷光を見れば、策の通りに行動していると分かる。そこで白き暗闇に呑まれ、名手は終わりを迎えた。


「……」


 ボヤける視界でジェイクは騎士の背中を見る。頭を振って正確に背を捉え、斧を振り上げる。

 まずは手前の騎士。


「……ぐあっ!?」

「……!? ど、どうした!」


 投げ付けた斧は騎士の背中に命中する。赤いマナが宿る斧は深々と、左寄りの背中にめり込んでいる。まだ動いてはいるが、助かる見込みはない。

 倒れた仲間に驚愕し、されど状況を察した最後の騎士へと集中する。


「ば、かな……」


 あの毒を受けて死んでいないどころか、動いている。ふらふらと吹雪の煽るままに揺らされながらも、自分の足で歩いている。

 少し向こうには吹き矢の名手も倒れているらしい。彼も殺されたようだ。


「このガキっ……!」


 仲間の仇を討たなければと、怒りに顔を赤く染める。

 不可能を目の当たりにしながらも、我に帰った騎士は剣を抜いてジェイクへ。雪が積もり始めた地面を憤然と踏み締め、通した神足通にマナも可視化される。


「――!」


 余計な問答はない。歩み寄りながらに怒りの剣は斜めに振り下ろされる。


「――」


 ふらりと力尽きたように左へ避けた。剣が寒風を切り、通り過ぎた時には終わっている。

 通過する際に胸へと真っ直ぐに突き刺した紅い短剣。真っ向から迫る剣なら楽が出来ると、密かに安堵しながら引き抜いた。


「あ……ああっ」


 剣を手から落として短剣が穿った胸を見る。禍々しく燃える短剣は騎士に避けられない死を説いた。短剣は摩訶不思議なことに幻だったかのように消えて――代わりに胸から血が噴き出る。


「……っ」


 目を合わせた騎士の表情は酷く怯えていた。吐血しながら倒れる騎士は、未知なる人間を前に恐怖しながら絶命した。正体が分かったのかどうかは、誰にも分からない。もう知るものはいない。


「……」


 ジェイクは死体から顔を上げる。余興は手早く片付けられ、次が本番となる。


「お前も連れて来られただけなんだろう。下らん悪巧みに利用されたんだろう。反吐(ヘド)が出るよな」


 吹雪に浮かび上がる黒い巨影。九つの首は各々が自由に(うごめ)く。死んだ三つの首も生え変わっている。生命力と獰猛性で手のつけられない魔物界の暴れん坊が、ジェイク向こうのジュリアを付け狙う。


「けど俺達も殺されるわけにはいかない。悪いな」


 マナの残量に不服はない。

 しかしこれまでのどの悪霊でも倒し切れる量でもない。今のジェイクがヒュドラを倒せるとすれば、この悪霊のみ。

 少しも迷わずして、その名を告げた。


「呪いの時間だ。こいよ――【第十一の悪霊・呪道の大僧正ウズミ】」


 呪術により大量殺人を成し遂げた鬼才が現代へと蘇る。

 ユーガと《金毛の船団(アルゴノート)》に見つかるまで、齢百八になるまで呪い殺し続けた怪奇の殺人鬼。息が合いさえすれば、悪霊のほとんどに勝るとユーガに言わしめる大僧正ウズミが姿を現した。


『――』


 ジェイクの背後に出現した(びょう)のような大きさの(おぞ)ましい大僧正。宙に浮かび座禅を組む姿は建物か小山の風貌を見せる。これまでの悪霊とは格が違うと、一目で分かる。


「ウズミ、上手く合わせろよ」


 段違いに集中するジェイク。浮かぶウズミはまだ瞑想している。戦う素振りすらない。ただヒュドラを前にして無の境地にある。


「人を呪わば穴二つ。けれど上手く呪わば一つで足りる」


 ウズミの口癖だった。他人を呪い殺して埋める墓穴を掘る者は、自分の墓穴も掘ることになる。この教訓は有名で的を射ている。だがウズミだけは百八年も、一つの墓穴を掘り続けた。


「来るぞ……」


 眼を細めるジェイクはヒュドラが襲いかかる予兆を確認。その場を一歩も動かず、ゆっくりと右手を(かざ)す。手の平を自分に向けて。手の甲をヒュドラへ向けて。人差し指と中指、親指を立てて意識する。


「……」


 迫る三つの首。ジェイクとウズミは微動だにしない。迫る大蛇を前にしても動かない。動けない。

 ただジェイクが――手首と指を(ひね)る仕草をした瞬間、ヒュドラの姿が切り替わる。体が九十度向きを変えたものへと切り替わり、横合の岩壁へ頭から突っ込んでしまう。


「……開幕は成功したか」


 呪術だ。身動き、挙動、動作。ジェイク自身が表す意味をウズミが理解し、呪いに反映させて現象となる。これを、ひとつの呪術として確立させたものだ。


「……」


 言葉で伝えては意味がない。間接的な伝達によって、呪術的意味を持たせることができる。開幕でジェイクが表現したのは『反転』。

 次は――雷。


「――」


 右手は拳にして上へ。左手は開いて前へ。拳を激しく手の平に――落とす。

 瞬間的な光が生まれる。雷鳴が轟き一筋の稲妻がヒュドラを打つ。頭の一つから全身に流れる強烈な電圧。焼けた肌と肉から煙が上がる。


「……! ……っ!」


 手の平へと拳を落とす度に、視界を焼く程の強烈な落雷が打ち下ろされる。紅く黒く燃えるウズミ。両手で持つ札も怪しく燃え上がる。


「類感呪術……っていうらしい」


 雨乞(あまご)いや太鼓打ち。水を()いて雨を求める。太鼓の音で雷鳴を求める。類似した表現により、基づく結果を願う呪い。それが類感呪術だ。


「次だ。やるぞ、ウズミ」


 ジェイクの仕草からウズミは求める現象を呪術で引き出す。両者間には呪いによる繋がりがあり、互いの見解が同一ならば、あらゆる現象を現界させられる。


「……」


 怖いのは――呪い返し。ジェイクとウズミの求める結果が異なる場合。現象は発生せずに、ジェイク自身へと悪しき変化を起こす。

 だからこそ慎重で精密な動きが求められる。同じ動作に見えても速さが違えばウズミの捉え方も変わる。手や指先の僅かなズレで見方が変わる。


「すう……」


 空気を吸い込む。ゆっくりと吐き出しながら集中して右手を胸の前へ。雷に焼かれても大した傷も見当たらないヒュドラがジェイクを見つける。

 次の呪いは――突風。


「――!」


 右手の甲を向けて前から外へ(はや)く払う。ウズミの眼が強い光を放つ。発生した暴風はヒュドラを木々や地面ごと剥がし、後方へ後方へとズレさせてしまう。


「――」


 次の呪いは――重圧。徐々に力を入れながら開いた右手に左手を乗せて下へ。ヒュドラに見えない圧力が加わる。


「――」


 次は――窒息。首を絞める動作。苦しむヒュドラだが首の太さと強さからして、これで倒すことはできない。

 呪いを止めるとヒュドラは再び前進を開始した。


「……」


 次は……切断。ジェイクは指を揃えて両の手を前に。手の平を合わせて迫るヒュドラへ狙いを定める。両手を傾け、斜めに。


「……っ!」


 合わせた手の間に見える線。素早く交差させ、線を伸ばす。視界を越えて純白の雪景色へと線が走る。

 瞬間――ヒュドラの五つの頭が切り飛ぶ。痛覚は体を伝って残り四つの頭へ。のたうち回って木々や岩を蹴散らす。


「残り四つ」


 最後の切り札はまだ早い。ここで決められたなら僥倖(ぎょうこう)だ。ジェイクは再び指を翳す。求める結果は、爆発。狙いを定めて――指を弾く。


「ぐ――!?」


 ジェイク自身の右耳の鼓膜が破裂する。鼻や目からも血が滲み出し、穴という穴から脳へと激痛が走る。耳元で雷鳴が生まれたようで、聴覚が奪われて体が止まる。

 その短くない隙にヒュドラの頭は生え変わってしまう。四つの頭に引き摺られてジェイクへと遅れて向かう。


「はあ……はあ……!」


 霞む視界に聞こえない耳。呪い返しによる傷は当分治らない。治りを早めることもできない。

 ジェイクは間近にある牙を見る。既にヒュドラは噛み付ける位置に到達していた。ジェイクはゆっくりと両手を合わせる。伸ばした指を交差させていく。


「……」


 噛み付いたヒュドラが奇怪な現象を受け、頭を戻して警戒する。丸呑みしようと牙を立てるも、牙はジェイクの体を――透過してしまった。


「こうだったか……?」


 返し技とばかりに、再び右腕を伸ばして指を弾く。求める爆発は……鮮烈に鳴り響いた。中央から左にある頭が不自然に発生した巨大な爆炎に包まれる。


「力加減が弱かったのか……」


 次々と指を鳴らす。連続した爆炎が炎の渦となり、水蛇であるヒュドラも頭を包む炎は堪らない。また少しずつ下がらせる。


「ウズミ、溜まってるよな」


 【第十一の悪霊・呪道の大僧正ウズミ】最大の技。危険を冒して呪術を使用するごとに、ジェイクとウズミを繋げる“呪い”は増していく。

 この呪いは最大の奥義。必中の毒。対処不能な猛毒。治癒不可能な激毒。威力は溜まった呪いの量+対象に向けられる憎悪や怨嗟の大きさで決まる。ヒュドラであれば格別の馳走だろう。


「――」


 ジェイクは初めて右手で印を結ぶ。ウズミは札に手をかける。呪う相手は言うまでもなくヒュドラ。ジェイクが呪いを告げ、ウズミがまったく同時に札を縦真っ二つに破く。

 二人の間にあった大きく育った呪いは、標的へと送られた。


「【呪い()め】」


 巨大なヒュドラが――不自然かつ奇怪に弾けた。爆ぜた血肉を吹雪に喰わせ、巨影が瞬時に消失する。


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