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97話、毒の吹き矢は暗殺のロマン


「【冰麗技四式・冬ノ門】」


 投げかけられた熱い思いは届かず、軽蔑の視線と同時に冷徹な技で返される。

 襲いかかるヒュドラも我関せず特攻するジロウを睨みながらに捉え、矛で地を打つと――ジュリアを護る巨大な氷壁がせり立つ。


「戯れなどッ――!」


 氷の壁は見上げるほどでジュリアの技量を強く表している。

 だがジロウは技も使わず神足通任せに殴り砕く。剛撃によって亀裂に従い氷塊が砕ける。渾身の金棒を受けて、幾つもの氷塊が降る。


「……ぬっ!?」

「――!」


 視線を巡らして辺りを探していたジロウ。上空から氷塊に紛れて降りる人影に、二秒もかけてやっと気づく。

 けれど氷塊から飛び降りたジュリアの攻撃は、寸前で避けられてしまう。


「戦だ戦だ血を見ろ儂を見ろぉ――!」


 四度の打ち合い。マナが(はし)り矛と金棒はその他とは別次元で熾烈に争う。衝突した鋼器は激しい衝撃を残してまた衝突。音の大きさが、マナの強さが、互いの目付きが、両者の弾ける殺意を物語っていた。


「邪魔するぞ!」


 ヒュドラでさえ困惑する二人へと、ジェイクは躊躇わずに飛び込んだ。

 予想外にも、少年はジュリアへ飛び掛かって倒してしまう。


「っ!? 何をしているっ……!」


 苛立ちから彼女らしからぬ強い語気を放つ。だがジェイクは答えることはなかった。代わりに急いで左腕に刺さった針を抜き、その箇所に吸い付く。


「ぺっ! ……ぺ!」


 口にあるものを吐き出して前腕を吸って吐き出して。これを四度。それから水筒の水で口を(ゆす)ぐ。

 この行動から何が起きたのかを理解する。物陰から狙った敵騎士による奇襲から、ジェイクに(かば)われたのだと知る。


「毒針……」


 続けて草陰の騎士により、竹筒から吹かれた毒針を矛で弾く。駆け寄るジロウとこのまま戦闘になれば、ジェイクに毒が回る。

 ジュリアはジェイクを抱き抱えて跳躍した。ヒュドラを足場に乗り、少年の状態を確認する。


「大丈夫か?」

「おう。あいつは俺にまかせッ――!?」


 降ろされたジェイクはジュリアの問いに答える途中で異変を感じる。

 視界がグニャリと歪み、呼吸困難に陥っていく。強力な毒性はジェイクの体内を駆け巡り、早くも様々な状態異常を発生させてしまう。


「ジェイクっ……!」

「く――!」


 強力な毒の正体は――ドッコソウという植物のものだった。

 血清も解毒薬もない毒草で即効性。葉の一口で死に至る場合もある。部位で差があり、根から出る液体を矢に塗れば象も殺せるという。


「……」

「撤退するっ。落ち着ける場所まで耐えろ!」


 左腕は血管に沿って赤く腫れ上がり、ドッコソウの異常な毒性を表している。

 焦燥感に苛まれるジュリアはジェイクを抱えて大技を構えた。


「何処へ参るつもりかっ! 許さん……! 許さんぞジュリアぁぁ!」


 抱き抱えるジェイクの弱々しさに不安は加速する。ぐったりとしていて意識不明なのは明らかだった。迅速にジェイクの容態を確認。処置しなければならない。


「黙れッ!」


 ジュリアが強い怒声と共に放ったのは【冰麗技八式・氷獄ノ塵(コキュートス)】。白い冷気が荒れる矛を降り吹き荒ぶ猛吹雪が一帯を支配した。戦場となっていた場所が、瞬時に白銀世界へと変わる。


「必ず見つけ出し――」


 渦巻く吹雪に飲まれてジロウの姿が失せる。台詞の間際に執念の視線を向け、雪風に呑み込まれて飛ばされた。

 その隙にジュリアはジェイクと逃走。突然到来した冬は騎士の一人を凍り付けにし、ヒュドラの三つの首を凍死させてしまう。


「すまない……ジロウに集中し過ぎていたっ」


 苦々しく呟いて後悔を滲ませる。ジュリアはジェイクを抱えて山を越えた。

 ここから事態は更に悪化する。異なる山でも再び雪がちらつき始める。パラパラとジロウ等に味方するように。じきに吹雪き始めるだろう。


「……」


 川を飛び越えながら表情を険しくする。ジュリアはもう一つ気付いてしまう。

 頭を潰して恨みを買ったのか、ヒュドラがジュリアの逃げる先に移動し始めたようだ。ヒュドラの探知は想像以上で、緩慢だが正確に向かってくる。蛇の嗅覚は優れていると聞くが、ヒュドラも例に漏れないようだ。


「……」


 何度も悩んだ末に、ジュリアは十分な距離を離せたと判断する。一時間以上は時間を稼げるだろう。

 近くの街で医者に見せたいが、最寄りはユント。ヒュドラ達の方向にある。あちらに逃げられなかった以上はエタンを目指すしかない。


「ジェイク……」


 発熱して荒い呼吸を繰り返すジェイク。抱いたジェイクを見て、目の前にある洞窟へ逃げ込んだ。

 天候はもう吹雪になりつつある。煙で悟らせる愚はあったが、この空ならば火を焚いても問題はないだろう。ジェイクを寝かせて薪を取りに向かう。


「煙草を辞めなくて助かったな」


 何度も夫と娘に辞めるよう言われた煙草だった。だが今は火を起こせる。

 吹雪始めに十分な木の枝や薪を集めて戻る。寒気により白い息を吐いて、吹き付ける風に逆らって。


「……」


 火種にいいフワフワとした植物を取って洞窟へ。マッチ棒で火をつけてジェイクの近くで火を起こす。矛で薪を割り、大きく火を起こす。ジュリアはやっと本格的にジェイクの様子を確認する。


「ジェイク、意識はあるか?」

「……」


 意外にもジェイクは薄らと開けた片目で視線を返して答える。まずは反応がある事に安堵した。無意識に溜め息をついていた。


「……腕を見る。我慢してくれ」


 患部を診る必要がある。ジェイクが毒を吐き出す際に(まく)った袖はそのままで……状態は変わっていないように見える。あの時のジェイクが早急に毒を吸い出したからだろうか。悪化はしていない。


「毒の特定ができない。麻痺毒だとは思うが……」


 袖を戻して状況を確認する。ジェイクを連れてエタンへ向かいたい。ジェイクを預ければジロウとヒュドラが追うのはジュリアだけ。だが幸か不幸か天候は荒れている。


「……水だ。飲むか?」

「……」


 皮袋の水筒を見せるとジェイクは口を開ける。口から少しずつ水を流し込む。汗を多くかき出している。寒さで凍えるより遥かにいい。今は水分を飲ませて休ませるしかない。


「……」

「……」


 ジェイクが目を閉じる。意識朦朧となりながらも水分補給の時だけ薄らと反応する。

 ジュリアは片時も目を離さずに看病していた。幾度も口と鼻に手を近づけ、小さな呼吸が生む風を感じ取って安堵の溜め息を何度もつく。


「ジュリア……」

「……! ジェイクっ、まだ休んでいろ……!」


 三十分だろうか。経過した頃にジェイクが初めてはっきりと声を発する。吹雪でかき消されなかったのは口元を見ていたからだろう。ジュリアはジェイクが水が欲しいのだろうと水筒を差し出す。


「……神足通で代謝を促して毒を排出してる……訓練してたから、死ぬ事はない」

「黙っていろ。緊急時は私が抱えて逃げる。心配しないで寝るんだ」

「ここで倒す」


 か細く呟くジェイクの言い分は分かる。ヒュドラがいる以上は街や人のいる場所に逃げられない。正式な討伐隊が未編成のためヒュドラを街へは近づけられない。しかもジロウ隊までいる。


「私は気にするな」

「……」

「ヘマをしたのは私だ。本来ならあそこで死んでいた命だ」


 最後の戦場に相応しい。こんなに小さな子供でも最高の相棒と戦えた戦場だ。驚くほど悔いはない。あとはジロウだけを確実に殺せば納得の死に時だろう。


「部下にも常々言っている。私を(かば)うなとな。ある任務で庇った部下が死んだ時から徹底させてきた。お前にも言っておくべきだった」

「やな、こった……」


 頑固なジェイクは赤いマナを少しだけ滲ませている。ジェイクは諦めていないらしい。強い生命力で毒とも戦っている。この調子ならば一息つくことはできるだろう。

 やっと煙草に火をつけて一服する。


「……私やグロリアは四十七歳までしか生きられない」

「……?」

「先祖が悪魔と契約してしまったんだ。ワトソン家に生まれる子供はすべて女。全員が永遠の若さと引き換えに、半分の寿命を捧げてきた」


 聖国では療法が改善されて寿命が伸びている。四十七歳はまだこれからと言う年の頃。ジュリアにとってあと九年の生涯ということになる。悪魔との取り引きは絶対に取り消せない。確実に九年後に死亡する。


「いいから寝ていろ。悪魔の契約で死ぬより聖国民に貢献して死ぬのが私らしい。お前だけは必ず生かす。私の残りの人生を……ジェイク、お前に捧げる」

「……」


 決死の覚悟を込めた宣言を受け、ジェイクの放つ光は――強くなっていた。


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