94話、聖母後継者争い
こうして暴かれる凶刃。三名の騎士を送り込んだ聖母候補者もしくはその取り巻きがいた。
彼女を聖母にと祭り上げる派閥からの刺客であり、《白鯨》の弟子であるジュリアの意向が影響する可能性を恐れての強行であった。
「意外だったな。テイラー・マースだったか」
「……テイラー派は関係ない。ジュリア・ワトソン暗殺は私達の独断だ」
「そんなわけないだろ。誰かの指示なのは明らかだ」
問答にて簡単に聞き出せるものでもない。尋問する騎士の手腕に委ねるべきだ。
しかし、まだ明らかにしなければならない点がある。ジェイクは前のめりになり、もう一段も二段も深々と注視して問うた。
「もうひとつ問題がある」
本物の武芸者達ではないことは判明している。だからこそ、ある問題が生まれる。この三人は持っていてはいけないものを所持していることになるからだ。
「その組合プレート……本物だよな。どうやって手に入れた?」
国家資格を持つ武芸者の証であるプレート。首から下げる三人のプレートは本物だろう。何故なら液体検査で本物かどうかはすぐに分かる。特殊な金属。特殊な技法。徹底された管理。不正を撲滅はできていない現状だが、偽物に出くわすことは少ない。
「ん? どうした?」
「……」
返事を求めてジェイクが催促する。だが返る答えはない。それどころか不穏な空気が立ち込め始める。
「現状を見てからよく考えて発言するのだ。場合によれば君もトーマス君も命までは取らない」
「そんな話はしてないな。そのプレートをどうやって入手したのかを聞いてる」
あからさまに殺害を示唆して脅迫するジム。トーマスはもう顔を青ざめさせて、言う通りにしようと考える。
しかしジェイクは変わらなかった。プレートを指差して尚も返答を求める。
「そのようなところは子供だな。冷静に考えてみ――」
「殺したのか?」
「……」
「殺したな?」
考えられるのは、買収か強奪か。
けれど、ジュリア殺害に利用したのだと本人達が気付けば、後に金を強請られる可能性がある。漏洩しても問題になる。
聖母確定の後でも、マリア存命ならば決定を取り消すことだってある。聖母候補者関連は証拠を残せない。故に、殺害したのだと推察した。
「次期聖母を指名したって、人を殺してまでって輩が周りにいるやつは撤回されるからな。アンナ……ジュリアか。ジュリアを殺したあとは、行方不明かヒュドラにでも食われたことにするつもりか?」
「な、なんの罪もない武芸者を殺してまですることですか!」
「そもそも人殺しにきてる奴らだぞ? 殺人を善悪の基準になんて考えてねぇよ」
三人を殺して成り代わる。それは救援要請が送られてから半日の間に行われていた。
この三名だけではなく複数の隊が動いている。ジュリアに勘づかれるので山には同行していないが、ユントの街に身を隠している。
「やはりヒュドラは山へ向かうための誤情報か。私一人を殺すために大掛かりなことをしたな」
「どうだろうな。そっちはまた確かめないと」
「ジェイク、トーマス、下がっていろ。ゴミ屑を片付ける」
殺気を放つジュリアが立ち上がり、続いてジムを名乗る騎士が腰を上げる。部外者であるトーマスは無意識に壁際へ。戦闘が起こる。もうすぐここで殺し合いが生まれる。鈍いトーマスでさえそれが分かる。
「まさかこんなことになるなんて……」
「……」
真正面からジュリアと戦う想定外の事態を嘆く。悲観しながらもジュリーとジミーも立ち上がった。三名同時の奇襲により瞬殺する予定が、大幅に狂う。
「まあまあ、落ち着けよ」
この少年ひとりに狂わされる。
「ここまで俺の段取りでやったんだ。このあとも予定通りにいかせてもらう」
王の風格で場を支配するジェイク。人差し指を伸ばした手をおもむろに翳す。注目を集めるジェイクはゆっくりとジム……いやジミーを指差した。
「こいつだ。頼んだぞ」
記憶から省かれてしまっていた。ジェイクという強烈な存在が、忘れさせていた。そもそも話題の始まりはなんであったか。それを思い出す前に、彼は現れる。
「――ラム爺さん」
素早い人影が二階から飛び降りる。物音に気付いたときにはジミーの横面に蹴りが。振り向こうとしたジミーは蹴飛ばされ、気を失って昏倒した。
「スティーブ!」
「――」
仲間が一人倒れる。だが懐に滑り込んだラムに、ジムは精鋭騎士らしい反応を見せた。こめかみを狙う曲剣の柄を、展開前の鋼器で受けてから復元。刃を打ち合う。
「奇襲は辛いよなぁ!」
「ブフオ――!?」
ラムへ釘付けとなった脇腹に、ジェイクの【神足通系第六等技・偽弾】を受けて二人目の男が崩れ落ちる。
弾けた腹部により体内の空気を吐き出し、崩れ落ちる騎士。見届けずして男が床に落ちるより早く、二人は三人目の女へ。
「グゥッ……!?」
「たしかに送られてくるだけはある」
このように言うジュリアは女の顔面を鷲掴んで宙ぶらりんに。対の片手では、煙草を吸いつつ降伏を待っている。手助けが必要かなど自明の理。三人が相手でも圧倒していたのではと思わされる。
「……」
「……」
ジェイクとラムは互いを見合い、ハイタッチ。旅の中で動作の合間に交わした手話による連携。結果、見事な成功を収める。
三人を縄で拘束して、急転同地に唖然とするトーマスへと事情を説明した。
「そ、そうだったんですか。だから二人は二階に……」
「こいつらのことをジュリアに話して、ラム爺さんが入れるように窓を開けに行ってたわけ」
「凄い……」
「悪いな。危ない目に遭わせちまった」
刺客だった騎士を見下ろしてトーマスにも謝罪した。だがトーマスは安心したのか興奮しているのか、機嫌良く話を聞く。
「いいえ! 悪が倒れて正義が残ったわけですね! ならばすべて良し!」
「納得してくれたなら問題ねぇな」
「それで……これからどうしましょうか」
指示を仰ぐ相手はジュリアかジェイクか。迷いながら視線を彷徨わせる。今回トーマスの迷いを消したのは、ジュリアだった。
「雪が止まないな……嘘だとは思うが真実であったら大事だ。どの道ヒュドラは捜索しなければならない」
「でもこいつらは?」
「……下山可能となった際に連れ帰る」
「誰が? 今日明日も想定しての捜索だろ?」
二日も殺人犯と寝泊まりすることになる。
しかし早めに牢屋へ入れたい気持ちもあり、何か他に手はないかとジュリアは考える。雪山で一人での行動は命取り。捜索に出るとすればジュリアとジェイク、ラム。山荘を留守にした隙を見てトーマスが懐柔されることも考えられる。
「……」
「ご老人。トーマスと馬車まで行ってくれるのか?」
ラムはジュリアに自分を指差して仕草で提案。頼りになることは先ほどの格闘からも分かりきっている。
「……ラム爺さんが馬車までトーマスと連れて行って、縄を使って脱出困難な状態で縛り付けてくれるって。山に二人だと危険だから山荘まで引き返すのはどうかってさ」
「戻ってくるご老人の道中が心配だな」
「ラム爺さんは武芸者一筋で四十年を超えるし、あの通り現役だから大丈夫じゃねぇかな」
「……それが最善か」
ラムの意図を読み取ったジェイクが詳しく説明。さらに説得を受けたジュリアは懸念を殺してもラムに任せる道を選ぶ。
「ではご老人に頼む」
「……」
頷いたラムは合図が出るまで昼食。暖炉で体を温めながら下山へ備えた。
「待ってろ。俺の野菜スープを温めるから」
「じ、自分ももらっていいですか!」
「俺のがなくなるから駄目ぇ」
「え……」
いつの間にか敬語で接するトーマスに容赦なく否を返す。甘やかされて育ったトーマスは、ジェイクの拒否に数秒間の硬直を強いられる。
「……あの娘が惚れるわけだ」
ジュリアはグロリアがのぼせ上がった理由を肌で感じていた。スープを温めるジェイクを眺めて噂を思う。誇張どころか完全に不足の逸材だ。ジュリアもまたジェイクは聖国騎士団に引き込むべきと断言できる。
「……」
雪は強いわけではない。じきに止むものと思われる。このまま何事もなく下山できたならまた娘に会えそうだ。
安堵と共に煙を吐き出し、また煙草の吸い殻を暖炉へ放った。




