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93話、刺客


「……じ、ジェイク君がタリナの事件を解決したって?」

「なんだ。トーマスさんは知らないのか」


 聖国騎士すべてに秘匿情報が知らされることはない。

 だがトーマスはユントの騎士団で将来を確約された騎士だ。知っていてもおかしくないとアンナも考えていた。


「騎士……しかも一部しか知らない情報なのだろう? 君の情報は徹底管理されているはずだ。報復の可能性は限りなく低い」

「騎士なんて信じられるかよ……あ、ごめんね、トーマスさん」


 ジェイクは鼻で笑いながら、ジムの発言を吐き捨てるように否定した。騎士に懐疑的な見方をしているらしい。国の為に働く騎士を鼻で笑うジェイクにトーマスのみならず、武芸者達も目尻を吊り上げる。


「ジェイク君! 騎士は潔癖だよ! この任務で僕を通して認識を改めるんだ!」

「……父親の力で騎士になったトーマスさんを通して?」

「はうっ!?」


 涙目になり黙り込むトーマスだがジェイクは無視を決めこみ、続けて不信感の理由を語る。


「風の噂だと、聖母候補者の勢力同士で足の引っ張り合いをしてるって言うじゃん。身内同士で情けねぇ。マリア様が決めるって言ってんのに。それはもはや叛逆だろ」


 ジェイクは嘆息混じりに騎士への失望を口にする。

 四人の候補者。絡む思惑。利権欲しさに蹴落とし合い。呆れ果てた一国民からの嘆きだった。


「そうだろうか……国の行く末を決めるのだぞ? 当事者からすれば擁立する候補者の肩を持つのは当然なのでは?」

「ビビ・スタントンなんて思考が過激すぎる。彼女が選ばれたら帝国も王国も黙ってないぞ」

「彼女は……そうだな」


 ビビは少数民族の出身で力に飢えている。彼女の指示で他候補陣営が狙われることすらある。マリアから直々に警告されて大人しくなったように見られるが、真実は分からない。腹の内など出してみなければ分かったものではない。


「リーシュだって騎士国を突き放すだろうな。かなり公国を恨んでいると聞いた。騎士国と断行する未来だって頭にあるはずだ」

「……それでもエルフの保護は率先して行うべきよ」

「かもな」


 ローリー聖国は人種に(とら)われずに救いの手を差し伸べる。国を(へだ)てているため行動を起こせていないが、本来の理念からすると救出すべきだ。そう考える聖国騎士や国民は多い。


「テイラー・マースはどうだ。マリア様からわざわざ変わる必要があるのか? 寿命がマリア様より先に来てもおかしくないだろ」

「テイラーは順当だ」

「俺の疑問視する点に答えてないな。年齢は誤魔化せない」


 高齢だという事実は消えない。テイラーの支持者は多く、取り巻く権力者も多数。それでも消し去れない不安が聖国に渦巻いている。年齢による不安が民の胸中に滞っている。


「聖国の……マリア様の理念は絶対に変えるべきじゃないだろう。少しの歪みもなく受け継がれていかなければならない。マリア様は現在自らの理念を文字に起こして書物として残そうとなさっている。完成されれば良いが、そうならなかった場合はテイラーこそが書物を完成させる唯一の人材。適任は彼女しかいない」

「正論ね」


 ジムから始まりジミーやジュリーも口を揃えて賛同した。おそらくは聖国の大多数が同様の意見を持っているだろう。

 意見が合致した瞬間に、三人が同調して首肯した。してしまった。


「……」


 椅子に座るジェイクは……反論をすることなく三名を見る。虚を射抜くように真っ直ぐで、無機質な眼が三人を映す。玉座の王を前にしているような錯覚。畏怖して持て余し、余りあって息を呑む時間だった。


「……な、なにか気に障ったのかい?」


 突然の沈黙は第三者にも不自然に感じられた。狼狽(うろた)えるトーマスもなにが起こっているのか理解できない。暖炉の薪が爆ぜる音に後押しされて、風貌で威圧するジェイクへと訊ねた。

 けれど、問いかけに答える声は返らない。それよりも前に発言したのは――アンナだった。


「決まりだな」

「ああ」


 風雪強い午後の一時に、汗が滴り始めた三人の武芸者達。アンナはそちらを見ることもない。発したのは決まりという曖昧(あいまい)な言葉。まさかラムを殺した者が判明したのだろうか。


「地滑りなんか起きちゃいない」

「なに……?」

「ここ数年エタンで、地滑りなんて起きてないって言ってんだ」


 確信を得たジェイクはジムに真実を説く。一年半前の雨期に地滑りが起きたという事実はない。この時、ジムはまさかという最悪の推測が脳裏に浮かぶ。


「安心しろ。ライカ湖の魚で作った燻製はユントでも売られてる」


 ジミーも同じく動揺に揺れている。

 だが対面する少年から受ける言葉はその一つ一つが信じられない。未だに別の話題なのではと疑っている内心がある。


「ジュリーか。あんたも嘘だらけだ。俺のことも知ってるし、キメラ事件だって知ってた」

「……なにを言うのよ。(やぶ)から棒になんの話をしているのかしら」

「資料にある文字だけで勝負するから負ける。タリナに行ったことすらないんじゃないか?」


 思い違いを願うジュリーにも声をかけられる。武芸者の皮が剥がされ、丁寧に暴かれていく。手が極度の緊張で震えてしまうが、毅然として答えた。

 しかし必死な努力は徒労に終わる。


「タリナの住民が騎士に感謝? するわけないだろ。現場にいたのに民間人はほぼ死んだ。情けないだの無能だの口汚く(ののし)られてるよ」


 ジェイクは悪あがきも許さなかった。三人から集めた情報を次々と並べて追い詰める。言い逃れも釈明も出てこないほど次から次へと。


「あんたらは騎士だ。アンナを殺しに来たテイラー擁立(ようりつ)派の刺客(しかく)だ」


 三人が怪物を見る。天才という報告など当てにならない。バッハ・ウィンターが認めたと聞いても、ここまでは想定できない。グロリア・ワトソンが二日で惚れ込んだと聞いても、これは想像できない。道化を演じながら情報を引き出し、三人の正体を数時間で暴いてしまう。


「……いつからだ。いつから騎士だと考えていた」

「それは最初から分かってた」


 これには眉根が寄る。明らかに嘘だ。アンナもこれは麒麟児の見栄張りだろうと瞬時に直感した。

 だがジェイクは確信を持って疑い始めたキッカケを説く。


「一歩前に出て挨拶。一歩下がる」

「……」

「騎士団では常識だよな。あんたらの名乗りにおける作法だ」


 騎士としては基礎中の基礎である。

 三名とも、子供の頃から騎士として育てられた精鋭だった。貴族相手にも挨拶することもある。それが一般的ではないと知ったのも、たった今だ。

 それにしても常人なら疑いもしなかったはず。気がつく方が異常だと断言できる。


「鋼器の確認も正式な部隊でもなけりゃあしないな。少なくとも武芸者同士では滅多に行わない」


 この発言には想起するアンナも眉を(ひそ)める。自身も迷うことなく鋼器を取り出してしまっていた。現場を知らないつもりはなかったが、自然と挙動に現れてしまうようだ。


「口調も堅苦しい。地方出身とは思えない。ジュリーは初対面のジムやジミーに距離感が近い。三人で視線を合わせる頻度は多い。橋を渡る順番だって目線だけで決めてたろ。アンナが橋へ向かった時も身構え過ぎだ。軽く陣形まで取ってたしな。本当はまだまだある」


 隠す気はあるのかと違和感を並べる。発言、返答、動作、視線、距離感、癖、様々な要素を眺め、知り得たものを鑑みた時に、真実はその姿を表す。


「問題は、どの候補者から送られてきたのかだけだった」


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