92話、ラム殺しは誰だ
中腹にある山荘に到着する。その頃には風も強くなり雪まで降り始める。寒風に肌を赤くする一同は、息を切らしながら山荘へと駆け込んだ。
「俺とアンナは上を確認してくるから、あんたらは暖炉と備蓄を確認してもらえる?」
「ああ。任せてくれ」
山荘の鍵を開けて入った直後だった。ジェイクから手際よく指示が飛ぶ。
指示通りアンナとジェイクは二階へ向かい、残りは火を起こす等に務めた。
「ジュリー、火を」
「分かっているわ。【紅蓮技一式・火吹】」
燃え易い綿のような物を下敷きに、薪を並べた暖炉へ炎の息を吹き込んで着火。すぐに火は安定する。
そこへ食糧を探していたジミーとトーマスが戻ってくる。
「燻製やチーズ、干し肉もある。貸してくださった山荘の持ち主は毎週通っていると言っていたし、何でもある。有り難い限りだ」
「そうだな。まずは食事だ」
「あとは……」
「誰がラムさんを殺したか、だな」
今のうちから暖炉にテーブルを近づける。厳しくなる今夜の寒さに備え、少しでも温もりを感じられるように。持参した食糧を並べて食事の準備を進めていった。
「お! まずは飯か!」
「その方がいいだろう。食べられる時に食べておこう」
煙草を吸うアンナと降りてきたジェイク。武芸者らのテーブルへ座りアンナを待つ。
「各々持参した物を食べて済ませる。それでいいな」
「いただきまぁす」
アンナは簡易なサンドイッチ。武芸者やトーマスも似たようなものだ。違っていたのはジェイクのみ。
「そ、その場で調理……」
「出来立ての方が美味しいでしょ?」
小さめのフライパンでトーストを焼き、カットして持参したベーコンと卵を炒めるジェイク。水筒に入れていたスープまで小鍋を使って温め始めた。
「はい。アツアツを食べまぁす」
「……っ」
早々と食べ終わった全員が、ジェイクの湯気が上る料理を見る。目が釘付けになるのは当然だ。
「……ふっ」
バターを塗ったトーストを齧ると、耳当たりのいい音が鳴る。ナイフとフォークでフライパンから直接目玉焼きやベーコンを食べる姿には、ついに涎が出る。ジェイク自身も笑ってしまう美味しさらしい。
「ふう……野菜スープはお袋の味。俺が作ったけど」
コップを傾けてから、白い吐息と共に溜め息混じりに言う。もっとも喉から手が出そうになったのはこのスープだった。冷たい食事を終えたからこそ羨ましくて仕方がない。
「ご馳走様……で、ラム爺さんを殺したのは誰なんだ?」
満足の食事を終えたジェイクが全員へ向けて問う。空気は自然と切り替わる。口火を切ったのは、やはり物怖じしないジェイクだった。
「アンナは違う。先頭だもんな」
「悪いがそうは言い切れない。術式符などの仕掛けをした可能性もある」
「それなら後から渡ったやつが分かるだろ?」
「あくまでも例の一つだ。アンナさんが常軌を逸した実力者であるのはもう分かっている。なにか方法を持っていてもおかしくない。ではないか?」
ジェイクとジムの討論だ。これはジム側に理解が得られているように思われる。アンナはただものではない。橋まで戻った神足通も、見通した天眼通も非常に高い腕前を示している。
「ジェイク君だってそうだ。その年齢では考えられない冷静さだ。ラムさんとの繋がりも深い。私怨があったとしたら動機も充分だ」
「もっと常識的に考えてみろよ。最後に残ったのは誰なんだ? そいつが犯人の可能性が高い」
「最後は……」
記憶を掘り起こす。トーマスと三人の武芸者達は先ほどの記憶を辿る。だが見えてきたのは必ずしも同じ光景ではなかった。
「……トーマス君」
「……!?」
「そうだ。たしかトーマス君だ」
「ま、待ってくださいよ! 僕の記憶ではジュリーさんですよ!?」
よく思い返してみたものの、ジムとトーマスで異なる主張が飛び出した。自分より後に残った人物を擦りつけ合っている。
「私もトーマス君だと思うのだけど?」
「……」
名指しされて苛立つジュリーもジムに同感の意を示した。続いて頷いたジミーが結論を下す。あの時あとに残っていた三人が、残ったのはトーマスだと主張した。
「トーマスは……ないんじゃないか?」
「あらどうして?」
「武器がメイスだもん」
「……ナイフとかを持っているのではないかしらね」
「縄の切り口は見た?」
ジェイクに問われ、成り行きを見守って煙草を蒸していたアンナが答える。
「ああ。一度で断ち切られていた」
「彼にナイフであの丈夫な縄を、一度で切るマナ・アーツが使える腕はあるのか?」
「ないだろうな。経歴を確認してあるが、父親の権力がなければ騎士としての採用も怪しい」
言葉のナイフでトーマスが八つ裂きになってしまう。
「弱くて助かったけど泣きそうです……」
「平均的な武芸者よりは強いだろ。騎士学校に通った上での話だ。気にすんな」
慰めにはならない。ジェイクの補足は傷に塩を擦り込む結果となる。だが満足げに頷いたジェイクは本題に戻った。
「てことはあんたら三人の中の誰かになる」
「いいや。初めに立ち返るがアンナさんとジェイク君も怪しい。ジェイク君は三度も渡っている。なにか仕掛けるためと考えればあの狂気の沙汰も理解できる」
「それは俺がお調子者だからだろうがっ!」
ジェイクの主張が山荘に轟き、全員がその発言に納得してしまう。
「そ、そうだとしても可能性は捨てきれない。ジェイク君がラムさんと唯一繋がりがあるのだからな」
「動機って言うならラム爺さんじゃなくてもいいだろ? 本命がこの中にいて、戦力を削る目的だってことも考えられる」
「……この中の誰かが狙われていると言うのか?」
静寂に包まれる。風が強く吹き付け、窓や戸を叩く音が続く。調理した料理の香りが仄かに残る室内で、思惑さまざまな視線が行き交う。疑心暗鬼が募る一同で、最初に口を開いたのは意外な人物だった。
「……ジェイク君が狙われる理由などない。他の人か、最も可能性が高いのはトーマス君の実家絡みだろう。富豪で、子息に甘い。交渉や方法を考えれば、それなりの金は望める」
寡黙なジミーが資産家であるトーマスの実家を挙げる。推察としてはトーマスを人質に身代金を要求するのではというものだろう。
「トーマスを人質に取るの? アンナさんがいても実行に踏み切ったって言うのか? でもそうなったんなら……アンナさんは単独では倒せない。そうなったらエタンから来た二人組がグルって可能性が高くなるぞ?」
「……」
「ああ、あとな。俺も狙われる心当たりがある」
「心当たり?」
「タリナの事件解決に関わった。だから俺はその犯人の関係者に狙われる可能性がある」
「君がっ?」
「ああ、そうだ。怖い話だろ?」
狙われている人物の表情ではない。早く来いと言わんばかりに笑うジェイクは異様な威圧感を放っていた。異質な迫力を発するその風格を横目にしたアンナは、目線だけで服越しの腕を見る。
「……」
確認せずとも分かる。鳥肌が立っている。
「時期的にもお前らが刺客だったら丁度だ。随分と楽しい話じゃねぇか。なあ?」
アンナがその気になればジェイクの首は瞬時に折れる。頭蓋も砕ける。その筈だが、アンナはジェイクに脅威を感じていた。本音を言うなら……心が自然と恐れていた。




