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90話、え、行くけど?

 連れ回した末に、アンナを連れて夕日が臨めるベストスポットへ。俺や兄貴との間で集合場所にされることの多い橋。名前は知らん。俺達は『あの橋』や『橋』という名称で呼び合っている。


「アンナさん。今夜は俺の家で食べたら?」

「私は他人との食事が嫌いでな。だが折角の招待だ。それは生きて帰られたらにさせてもらう」


 実にクール。煙草の消費量も恐ろしい。聖国はポイ捨てが禁止されているので革製の吸い殻入れを携帯している。手の平サイズ。空だった中は半分も埋まっている。蒸気機関車気取りで、常に煙を上げている。


「明日のメンバーは決まってんの?」

「ああ。近隣都市からも訪れるらしい」

「面識はないよな」

「ない。名前を聞いただけだ」

「大切なのは、敵がどの聖母候補者の取り巻きかだよな」

「言葉遣い」

「おっと。すんません」


 夕陽を映す川を眺めて作戦会議だ。

 聖母候補者は全員で四名。一番有力視とされているのは、テイラー・マース。マリアの思想をそのまま受け継いでいるとされる。懸念されるのは、古くからの弟子で高齢ということ。マリアとほとんど変わらない。


「刺客を送るとしても彼女は考えられないな。なにをすることもなく選ばれる可能性が高い」

「アンナさんはどの聖母候補者を支持してんすか?」

「私は二番手のシャーリー・ホークスだ。テイラーは最適ではあるが歳を取りすぎている。次の指名ができずして急死などしたら聖国の在り方が変わる」


 シャーリー・ホークス。四十九歳だったか。彼女もまたマリアの近くで学んだ候補者であるが、マリアと違い人類王の遺産や王器は徹底管理すべきという考えを持っている。


「他候補を支持する実力者を排除するとしたらあとの二人」

「リーシュとビビ・スタントン」


 エルフのリーシュはもっとも選ばれる見込みがない。理由は騎士国との断交を訴えているから。エルフの里を半壊させた公国と交流がある騎士国を、聖国の理念に反していると主張。ビビ・スタントンと入れ替わり最下位に。


「きっとビビ・スタントンですね」


 ビビ・スタントンは戦力増強を主張している。マリア亡きあと聖母の適性でもある【平和の歌】だけでは聖国を守れないと考えているようだ。引き抜きをするべく間者を放つ案を何度もマリアに打診している。だがその度に聖母としての裁量を超えていると指摘される。


「まだ憶測に過ぎない。外で不穏当な発言は控えろ」

「彼女を悪く言ってるわけじゃないっすよ。彼女が悪いかどうかはまだ分からない。けど周囲にアンナさんに比肩する実力者は?」

「……いる」


 数年前までは《ノアの方舟(ノアズアーク)》である師オブライエンから、手合わせも禁じられていた相手。未だ互角と言われて比較されるその相手。


「鬼人……ジロウ」

「鬼か。隠れて住んでいた妖怪も今では聖母候補者の護衛ってか」

「ユーガ様が大陸から種族の差を取り払われた。ジロウもシュテン様のようにユーガ様と戦った大戦の戦士だ」


 マイノリティな種族も表に出る昨今。圧倒的多数である人間社会に居場所を得て共存している。そのジロウという鬼も居場所を得て、当たり前に仕事を行う時代になった。良くも悪くも。


「勝算は?」

「向かってくる障害は叩き潰すだけだ。骨格面で多少優れた鬼でもそれは変わらない」


 多少という言葉に拭えない違和感はある。シュテンの規格が桁外れである事は世界の知っての通りであるが、他の鬼も強い。それでもアンナはジロウだけは道連れにするつもりだ。


「おし! 明日は気合い入れてやっかぁ!」

「来るなと言っている。何度も言わせるな」

「あてっ」


 強めのデコピンを喰らう。

 そこで左手の護岸で、なにか騎士達が集まっているのに気づく。装備も脱ぎ捨ててボートに乗り込み川へ。騎士らはボートから垂らしたロープを掴んで、何かを引き上げている。川の中部にある物体をボートへ乗せた。


「……また殺人か」

「体格からして、年若い少女のようだな。一般的に考えられるのは不良グループによる過激な抗争だが、おそらくは連日に渡って反抗を行っている殺人犯と同一人物だろう。この犯人は殺人を楽しんでいる」

「どうだろ。殺人を楽しむなら気絶させずに殴り殺してる。溺死させるのは苦しませたいからだろう」

「……怨恨だと言うのか?」

「そういうのとは違うと思います……ま、そのうち捕まるでしょう」


 アンナの観光はこうして終わる。

 そして運命の日が始まる。


 ♤


 翌朝はまだ夜も明けないうちから組合が開いていた。集められたのは、ひとりの騎士と腕利きの武芸者五名。これより山に向かい、ヒュドラの目撃情報を元に捜索。事実関係を確認する。


「わ、私がヒュドラを確認するために皆さんを率いるトーマス・コールマンです!」


 若い騎士が挨拶する。トーマス・コールマンはいたって普通。この非常時に抜擢(ばってき)されるには若く頼りなくも見える。


「……アンナだ。よろしく頼む」

「よろしくお願いします!」


 トーマスが騎士側から派遣されたのは実績目的。ジュリアが組合長から聞かされた理由だ。トーマスの親は資産家であり、騎士団との繋がりも強い。ヒュドラがいる可能性は限りなく低く、御曹司のトーマスに手柄をという思惑らしい。


「……」

「さっさと他の者と挨拶をしてはどうだ。早く出発した方がいいだろう」


 騎士であるトーマスはジュリア・ワトソンを知っている。内情をそれとなく伝えてあるのだが、任せてくださいと頷くところを見れば危ういだけだ。距離を取るのが賢明だろう。


「俺はジェイク・レインです! よろしくな、ニイちゃん!」

「……っ」


 今までいなかった人物が参加していた。気がついた時には組合にジェイクがおり、トーマスと握手する姿を確認する。


「なにを考えているっ」

「ユントの危機は家族の危機だからな。信頼できる人に任せたいが困ったことに俺は俺しか信じてない。だったら自分で確かめないとな」

「つけ上がるな。邪魔だから帰れ」

「うるせえ! 俺は常に命じる側で命じられるのには免疫(めんえき)がねぇんだよ! 腹下すからあんまり命令すんな!」


 怒気を発するも難なく跳ね返される。息巻くジェイクにさしものジュリアも呆気に取られる。


「あ、自己紹介どうぞ。こっちの爺さんはラムって人。無口だからこの人への用は俺に言ってね」

「ら、ラムさん。よろしくお願いします!」


 ジェイクと並ぶ老人は、ラム。酒場でジュリアもよく見かける老人だ。街を転々としては気ままに武力派遣組合に顔を出して、生活費を稼ぎ細々と生きる風来坊だった。


「俺は隣町からきたジム・ロンだ」

「同じくジミー・ロペス」


 二人の武芸者が一歩前に出て名乗り、一歩下がる。


「ジュリー・タマラよ。よろしくね」


 残る女性も同様に前へ出て名乗って下がる。


「では……ええっと、まず鋼器の確認をしましょう!」


 騎士のトーマスが規定に従って発言する。するとジュリアや武芸者達が揃って動き始めた。取り出した鋼器を復元してみせ、そのまま全員に見えるように差し出す。鋼器が故障していないかと武器種の確認だ。


「……」

「……」


 ジェイクとラムは互いに顔を向けて見合ってから……彼らと同じく武器を取り出した。ラムは曲剣を復元させ、ジェイクはそのまま斧を見せた。


「……君は鋼器(アート)を使わないのかい?」

鋼器(こうき)は信用してないの。復元まで時間がかかるし復元不良も考えられるしな」

「はは、なんだそんな心配か。だからこうして確認しているし、予備を持てばいい。そもそも最近では復元不良なんてなかなか起こらないんだよ?」

「俺は気になるんだ」


 諭すトーマスだがジェイクは子供の跳ねっ返りなのか、素気無く拒絶する。肩を竦めて斧を腰のベルトへと差し込んだ。


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