88話、ただの怖いグロリア
長い青髪の毛を結いあげた妖艶な女性。グロリアと瓜二つ。もう怖いグロリア以外の何者でもない。
「今日付けで受け付けとして働くことになった。君の担当もするよう言われている」
「アンナさん……」
「まずは登録プレートを提出してくれ」
言われるがままに小さな金属板を提出。アンナと名乗るグロリアの姉は、大人の色香を振り撒いて手元の資料と合わせて読む。年齢は二十……七辺りだろう。
「ジェイク・レイン……クリス・レインとマイク・ゴルフィールドとのチームで、ゴブリン駆除の仕事だな」
「壊滅させました。こちらに被害もありません」
「近辺で三日以内にはぐれたゴブリンが発見された場合。君達の経歴に傷がつく。知っているな?」
「は、はい」
グロリアと違って怖さが先行している。妹を心配して俺を調査しにきたのか、目付きがかなり厳しい。誰もが恐れる冗談の通じない教官の風貌だ。
「では詳細を聞こう」
「え……」
普段ならば既に報告は終わっている。一言二言で終わる場合が多い。具に報告するなど重要な依頼や事故発生などを除いて聞いたことがない。
「担当武芸者がどのように依頼を達成しているのを知る必要がある。報告しろ」
「はい……」
このあと兄の大雑把な戦闘が白日の元に。
「……」
「……!?」
ジロリと睨まれて蛇と鉢合わせした蛙みたいに固まる。精神的ジジイを虐めてやらんでくれ。
「そのようないい加減な方法で依頼に取り組んだのか? ならば討伐任務は不適合だ。いくら強くともどれだけ強い魔物を倒そうとも、魔物を取り逃しては達成とは言えない」
「仰る通りで……」
「環境に余計な被害も出る。山火事にでもなっていたらどうするつもりだ」
「すみませんでした……」
山火事になるようなら周りを破壊して止めるつもりだった。言えない。とてもこのアンナには言えない。
「おっ! めちゃくちゃ美人が入ってるじゃないか! 受け付けを頼む!」
「失せろ」
「ひい!?」
ユント腕利きの武芸者がアンナに睨まれて逃げ出す。彼女は受け付けの仕事を放棄してまで俺を説教するつもりだ。
「次からは改めるように」
「以後気をつけます……」
長い説教が終わる。頭を下げてアンナに反省を示す。ところが真面目ポイントは当然枯渇している。茶目っ気が、こんにちは。
「雑草魂は控えめにしますね。やってやろうってどこかで思ってたんだと思います。俺はきっと大器晩成型なんだって誰しもにある思いでしょ? じゃあさようなら」
「待て。雑草魂だと……?」
少しのお巫山戯も見逃さない三白眼だった。危険性を理解していないと受け取られる。お叱りは延長戦へと突入してしまう。
「理解いたしましたすみませんでしたごめんなさい」
「よろしい。ではまた明日」
「また明日!? 明日はくる予定ないですよ!?」
「来る予定を入れればいい」
トクトクトクと聞き覚えのある水音がする。アンナの手元を覗き見ると、酒らしき瓶から液体をグラスに注いでいる。
「……そ、それお酒ですか?」
「なにを言っている……」
「あ、そうですよね。お酒なわけないですよね」
「どこから見ても酒だ」
「仕事中ですよ!?」
破天荒な受け付け嬢がユントに参上した。グロリアの姉は更に巻き煙草まで吸い始める。
「酒を禁止する規則はない。私は書類仕事をする時は酔いが回っている方が捗る。お前があと三年早く生まれていれば付き合わせるところだ」
「俺の年齢を知ってるんですね」
「……」
グロリア程ではないが、迂闊なところは姉妹共通らしい。プレートには記載されていないし登録者目録も見ていた素振りはない。聖国では十六歳から飲酒が許される。三年という逆算して出た正確な数字は有り得ない。
「……」
俺を退屈そうに見下ろすアンナはグロリアのように取り乱すことはない。煙草を数回蒸して言い訳を考えてから言う。
「……子育てをした経験があれば大体分かる」
嘘だ。二十代半ばから後半だろうアンナが十三歳以上の子供がいるとは思い難い。年齢といえばアンナは年齢的にも強すぎる。流石にアーロンほどじゃないが迫るものを感じる。
「武器は……弓ですか?」
「矛だ」
武芸者だと簡単に口を割るアンナ。煙草片手に酒を飲み、雑談する俺を責めもせずに書類へ目を通している。
「……じゃあ邪魔になるんで俺はこの辺で」
「ああ。また明日」
「……ま、また明日」
この日からアンナのコーチングが始まる。次の日は俺が選ぶ暇もなく依頼が決められていた。
「窓拭きぃ!?」
「そうだ。お前はそこから出直すべきと判断した」
兄貴が焼いた炎のせいで組合の窓拭きをさせられる。しかもアンナの監視付き。ちなみにアンナの噂を聞いた兄貴達は、ナンパへ直行した。
「そらそらそらそら!」
「……嫌がると思っていたが感心だな」
そう言う割には冷ややかな視線だ。煙草を咥えて壁にもたれかかる監視員。休まず布切れで窓を拭いていく。水拭き後の乾拭きもだ。
「終わったな。ではまた明日」
「明日も!?」
次の日はアンナが通い始めたという酒場へ。裏庭の草むしりをするよう言われる。これに関しては依頼でもなんでもない。酒場の店主に頼まれたから、だそうだ。
「……あ、石発見!」
草むしりもまた趣深い。他人が見落とした石を見つけるチャンスでもある。
「真面目にやっているな」
仕事の合間にアンナが見にくる。昼食らしき差し入れを持って。
「今日はすまなかった。高齢のマスターが困っているので助けてやってくれ」
新しい煙草に火をつけてから、頭を撫で付けて裏口の段差に腰を下ろす。ガキ扱いされるも、俺も続いて隣に座り、差し入れのサンドイッチを食べる事にする。
「ユントに来て何日ですか? 仕事には慣れました?」
「一週間だな。まだ不慣れなことばかりだ」
「前職は組合受け付けではないと。そして騎士でないのが不自然なくらいに腕が立つ武芸者。鋼器を常時携帯しているような言い方からも現役」
「……油断ならない子だ」
「俺を調査しにきた騎士かと思ってましたけど……どうも違う。アンナさんは強すぎる。俺を調べるように見せかけて別の目的がありますよね」
しかもアンナは上位の騎士だろう。単独で秘密裏に行われる任務。かなり機密性の高いものだ。
「聡いな。だがお前に話すようなものではない。すまないがしばらく付き合ってくれ。任務が終わったなら玩具でも買ってやろう」
「ええ? 僕、野球のグローブがいい! 中谷のサイン入り!」
「……なんだ、それは」
「なんでもないっす」
冗談も程々にサンドイッチの挟んである具材を確認する。チキンサンドだ。気に入っている店のものには負けるがこれも美味い。アンナは味わっている俺をチラリと横目にしてから煙を吹いて言う。
「……気付いたときには終わっているだろう。必要以上の面倒はかけない」
「アンナの姐さん。手が欲しい時は言ってくれ。この薪割りジェイク、姐さんのためなら何時でも駆けつけるぜ」
グロリアの姉ならば助けるのも吝かでない。何やら早くも人妻っぽい雰囲気を醸しているので、表情を決めてからアンナへ宣言する。
するとアンナは僅かに間の抜けた顔を見せてから厳格な顔に戻して返答した。
「生意気を言うな」
姉からもコラをいただく。思えばこの任務が引き起こす事件から、聖国の未来が変わっていったのだと後に知る事になる。




