87話、アンナ再来
ソフトクリーム並みの甘さを誇るグロリアが帰ってしまった。
あの勧誘の日から、もう一週間。今回も手を出せずに終わる。どうにも若さから来る衝動がムズムズするも、シズカが来るのもまだ先だろう。
グロリアの母ちゃんとか、挨拶に来ないかな。是非ともボランティアさせてもらいたいものだ。
「兄貴と違ってナンパしなくてもモテるのに。このリビドーをどうするべきか」
「……黙って狩れ。いいな、黙って狩れ」
兄貴と、農家さんを襲う習慣が付いたゴブリン狩りの真っ最中だ。聖国祭があるというのにいい彼女が捕まらない兄貴が憂さ晴らし。俺は小遣い稼ぎ。
「血は浴びるなよ。微弱な毒があるから、たまに腫れるぞ」
「分かってる分かってる。なんのために騎士学校に行ってると思ったんだ」
「俺から習った武術で威張るため」
「……」
またひとつ事実と共にゴブリンの頭蓋骨を叩き割って兄を黙らせる。
南下してユントの街近くに巣を作ったゴブリン。奴等の棲家のど真ん中に突撃して殲滅する。
「ああっ、ちくしょう! イライラするぜ!」
「なんだよ。本当のことだろ?」
「本当のことだからだ! もう焼く! ジェイクはマイクのところまで下がってろ!」
「はいはい。その前にもう少し【爀点】を練習しておけよ」
子供より子供なクリス。まだ紅蓮技を教えるのは早かったのかも。大して強くはないと思っていたが、同世代だと一番なんだと。現代っ子の認識が甘かった。
「マイク、兄ちゃんが全部焼くってよ」
「はあ!? おいおい! 雑な仕事は組合に説明しづらいから――」
俺の背後で炎の竜巻が生まれる。ゴブリンの断末魔が炎に紛れて細々と上がる。
「や、やっぱスゲぇぇ……【紅蓮技五式・華巻焔】だよ……」
「前からあんなんだよ。あんまり成長してねぇな。やっぱ慢心はいけない」
兄貴に勝てる学生はいない。それは事実だが、競い合う相手がいなくても己を磨かなくてはならない。その点、兄貴はまだまだだ。
竜巻を眺めて焦げたゴブリンが巻き上げられているのを見ながら、ほのぼのと暖に当たる。
「なんだか小物ばっかりだな。あんたが言っていた感じだと、もっと大物もやるのかと思ってたんだけど」
「いやそれが……」
「なんだよ」
「……まだその時期じゃないはずなんだよなあ。聖国祭からもまだまだ寒くなるだろ? まだ雪も降ってねぇよ。魔物が出る季節じゃない」
言われてみれば寒いと言っても、肌寒い程度で雪はまだだ。動物もまだ餌を蓄えて活動している段階。魔物も食うものに困っていない。
では、このゴブリンは例外なのか?
「……組合が調査するだろ。異変があったら呼んでくれ。兄貴がいく」
「おい、どこに行くんだよ」
「帰る。あとはマイクが報告して終わりだからな」
「どっか飯行こうぜ! 奢ってやるぞ!」
「……それもそうだな」
動いて小腹が空いたもので、マイクと兄と昼飯へ。ポテトとベーコン。スクランブルエッグ。あとはパンケーキなど。マイクとの飯はこればかりだ。
「なあ、考えたんだけど聖国祭は俺と広場のパーティーに行かないか? いいだろ? なあなあ」
「ええ……? どうしようかなあ……」
マイクが店員の派手な女を狙っているから、いつもこの店だ。
美人店員と評判だが口が軽そうだ。そういう奴は苦手なので、俺はこのベーコン目当て。カリカリベーコン系で、なかなかの味だ。
「でもお〜、最近は殺人事件があるしぃ〜」
「だからだろ? 俺が護ってやらないと。俺のプリンセスをな」
恥ずかしくないのか。歯が浮く台詞で女を誘ってやがる。
「……どうだったよ。手応えはあったみたいだな」
「いい感じだったぜ。今年は熱い聖国祭になりそうだ! ふう!」
「聖国祭の日には兄貴に見つからないようにしろよ」
「は? なんでなんだ?」
「視界に入ったら卵投げられるぞ」
「はあ!?」
当日までに相手を見つけられなければ兄は本気でやるだろう。マイクは二十二歳とそれなりに年が離れているが、昔からよく遊ぶ気の置けない仲だ。先を越されて黙っていられる仲じゃない。
「……な、なあクリス。考えたんだが、このあと女でも引っかけに行かないか?」
「今日も行くか。お前から誘われたら断れないな」
マイクが兄の嫌がらせに屈する。兄も来る日も来る日もベーコンとポテトを食べて、マイクが店員に声をかける口実代わりにされたのだから黙っていられないのだろう。
「支払いは終わらせておくからジェイクはゆっくり食べてな」
「今日は遅くなるって伝えとけ」
意気揚々と二人が去る。いつもの捨て台詞を残して街を彷徨う二人。肩まで組んで仲の良いことだ。
俺は前世では友人を持てなかった。まだ友人関係に慣れたとは思わない。王を経験した事で、地球にいた頃と確かになにかが違う。クリスにもマイクにも警戒している自分がいる。それは両親やリュートにもだ。
「……」
一人で寂しい昼食を終える。目を閉じて三度の人生を思う。それから開ける。
「これが……無敵!」
俺は今が完全無欠ってことだ。我ながら誇らしい。すべてを疑いそれでも包み込む。疑念と包容力の鬼。
「今日も美味かったぜ。釣りはいらねぇよ」
「あ、ありがとうございましたぁ」
マスターにいつもの台詞を残して出る。店を後にした俺はリュートの逆鱗を恐れて帰宅する道を選んだ。
「……」
いや待て。マイクの野郎が報告していないことに気づく。
「なんだよ、これは貸しだな。奢ってもらわなくちゃ吊り合わねぇ」
俺は足の向く先を変える。武力派遣組合にゴブリン殲滅の報告をしよう。
到着して組合の建物に入るなり、入り口に近い受付で手早く済ませようと声をかけた。
「すみません。受けていた仕事が終わりました」
「了解した。まずはそこに座るんだ」
「……」
「どうした。早く座れ」
……どう見てもグロリアの姉ちゃんがいる。朝にはいなかったが、どこからどう見てもグロリアの姉ちゃんが受け付けに座っている。
甘さを排除後にハバネロで味付け、背を高くして髪を長くして乳と尻を大きくしたグロリアだ。
「……あの、初めて見る人ですけどお名前は?」
「アンナだ。アンナさんと呼べ」
ワトソン一族は偽名をアンナで固定している可能性が浮上する。




