85話、勧誘に次ぐ勧誘
お家へ帰ろうと思う。ダラダラと過ごした日々も終わり。
「寂しくなりますね……」
朝食後に準備をして部屋を出ると、表情の暗い野生のサマンサがいた。ここで俺の中で二択が迫られる。シズカからぶっ飛ばされる可能性を加味しても粉をかけるか、変な気を持たせることをせずに別れるか。
「こちらへ」
考えるまでもなく前者。なぜなら人妻には癒しが必要なのだから。子育てやあの堅物バッハとの生活で不満は募り、日常に疲れているから。これはボランティア。ボランティアは良い事。
「い、いけませんわ。誰もいない部屋で殿方と二人きりなんてっ」
手を引くが抵抗はまるでない。今からでも確実に抱ける。
しかしそれは浮気になる。シズカを悲しませることはしない男の鑑。
「また会う日まで。どうかお元気で」
「……!」
二人きりの部屋でボランティアに励む。サマンサの手の甲に別れの挨拶としてキスをする。それから耳元に口を寄せて囁いた。サラぁっと熟れた尻も撫でるオマケ付きで。
「あなたに会いにきます、サマンサ」
「ジェイク、さん……」
赤い顔をして潤んだ瞳を向けられる。
はい。ボランティア完了。怒られるわけがない。だってボランティアは素敵なこと。今回なんて、まだお触りもしていない。こんなもん、ハーフボランティアだよ。サマンサに失礼な事しちゃった。
「ぷっぷっぷっぷっぷう」
女の顔になって腰を抜かしたサマンサを置いて帰りの馬車へ。平民って最高。ハニートラップとか考えずに、誰に手を出してもいいんでしょ? 最高!
「また妙な歌を歌っていますね……」
「ぷう?」
母親の次は娘が。制服姿のカティアが二階の階段で待っていた。呆れたと嘆息混じりに出迎えられる。
「……ん、寄越せ」
「今日は持っていません」
石を持っているのかと思えば、そうではないらしい。珍しい。差し出した手が寂しがっている。
「道中くれぐれもお気をつけて。またこれからは寒くなるのでお腹を出して過ごさないように」
「母ちゃんかよ。いや母ちゃんにも言われた事ねぇよ」
「もうすぐ騎士国側の騎士候補も長期休暇に入ります。また稽古を頼みにお邪魔するかもしれません」
「……」
俺の家まで世話をする為に旅をしてくるらしい。真面目な顔をして向上心の塊を装っている。いや稽古は本当だろう。向上心も本物だろう。だが褒美に触れない辺りが気に入らない。
「……」
「……メイドにも癒しは必要です」
無言で問い詰めると真顔で素直な本音を吐露した。正直なカティアに頷いて応える。後ろ手を振って階段をひとっ飛び。
「それじゃあまた」
「ああ。またいつでも来なさい」
今回の見送りはバッハとアーロンだけ。出発前に少しだけ例の事件を相談されたので、話題故だろう。二度目の騎士国訪問はこんな感じで終わる。
このシーズンはさまざまな事件に見舞われた。ボスゴブリンから始まり騎士国襲撃、ガスコイン事件、キメラ事件、合同演習襲撃、ガスコイン脱獄失敗事件。以前の酪農家で過ごした平穏な毎日が嘘のようだ。
「……」
そして、騎士国から帰還して二週間が経過する。
なにもないことが信じられない。そう言えばグロリアからも音沙汰ない。飽きられたのか。それならそれで構わないが一度はお触りとかしたかった。肩に担いだリュートと高原を眺めて思う、今日この頃。
「来週から聖国祭か。兄ちゃんは地元の友達とナンパばっかり。両親は……あの様子だ」
母が身籠もりました。俺が騎士国に行ったあとすぐに判明したのだとさ。寒くなるこれからの大変な時期に出産します。熱烈な両親を目にする子供の身にもなってほしい。
「リュートもお兄ちゃんになるんだってよ」
「にいちゃは?」
「俺もニュー兄ちゃんになるんだよ。今度のベイビーは両親に懐いてくれよな」
まだ性別は分からない。俺は益々リュートにかかりきりだろう。今度の子育ては両親が苦労することになる。手のかからない俺とリュートから一転。どうなることやら。
「……子供が生まれるなら今から金を稼いでおかないとな」
出産後に楽をしたいから今のうちに武力派遣組合にでも行って稼ぐか。ライドクロスを撃退した褒賞やバッハからの小遣いはまた別。俺の場合はいつ行動開始となるか分からないので貯金しておかないとな。
「……あん?」
坂道を上がってくる白い馬車。聖国の騎士が好む色をしている。つまり厄介ごと。面倒が馬車の形をして迫る。
「よし」
俺はリュートと街に向かう。夕方までは自由時間。なにをしてもいいはず。
ひとまず、組合でどんな依頼が出ているか確認だけでもしておこう。
「ん? おう! ジェイク!」
「なんだよ。まだ受け付けの手伝いしてんのか? 俺が登録した時からずっとやってるぞ」
色黒の肌に坊主頭が似合うナイスガイ。俺の少ない友人の一人マイク・ゴルフィールド。父の友人の弟だ。今日も似合わない知的な仕事を手伝っている。
「かれこれ一年になる。そろそろ現場復帰しないとなぁ。腕が鈍ってるんだよ」
「ここらだと寒くなるとどんな仕事になるの? それを聞きにきたんだよ」
「動物は冬眠。だから魔物は獲物を探して移動する。で、街に近づく魔物を俺達が退治するんだよ。危険は増すばっかりでだいたいコレだ。ああ……今から嫌になる」
うんざりするマイク。額を手で打ってひょうきんなマイクらしさを表している。
冬はどこも同じみたいだ。魔物が餌を求めて徘徊するから、それを撃退だ。怖い季節がやってくる。
「それに最近は物騒な事件も起きてるしなあ」
「ああ……連続殺人だろ? ユントで殺人なんて珍しいよな」
「昨日も爺さんが殺されたってよ。通報されてばっかりの迷惑爺さんだったって話だ。死人を悪く言いたかないが、喜んでるやつも多いみたいよ?」
「執行人気取りの犯人なのかもな。お前も素行には気をつけな」
「こんな見た目でも立派に受け付けやってんだろ!」
ここのところ急増した殺人事件。どれも発見まで時間がかかっていて、捜査は難航していると聞く。
殴打したあとに重りをつけて川に落とされているそうだ。溺死を多用する殺人者がいるらしい。ユントは聖国祭に向けて不穏な影を落としていた。
「じゃあな。機会があったらリハビリに付き合ってやるよ」
「偉そうに言うなよ。俺がまだまだ先輩なんだぞぉ?」
がっちりと握手して組合を後に。リュートと散策を楽しもう。
「にいちゃ!」
「おう。綺麗な夕日だな」
薪割りを休んでおやつを買って食べたり。ナンパの成果としてビンタされる兄貴を発見したり。橋から夕日を眺めたり。
そう言えば、この橋だったよな。尾行される文学少女を助けた事がある。お礼に高価なワインが送られて来たっけ。……なんて思いながら、無駄に時間を潰した。
「そういうところだぞ!」
そんなこんなで帰宅すると、どうしてなのか父が怒っている。
「わざとだろっ! お前への客だと分かっていて消えたな!?」
「……」
「その顔はやめろ!」
ニヤけ面で焦る父親を煽る。
「……」
リュートも真似して父を笑う。見事な兄弟連携。
「あなたがジェイク君ね?」
「そうです。ラランズ本部の騎士さんですよね。俺になんの用ですか」
テーブルに座る私服姿の女騎士。背後にはグロリアと三名の騎士も並んでいる。雰囲気からして暗い話題ではなさそう。リュートを父に任して、母も一緒に仕事へいくよう仕草で伝える。
「遅くなってごめんなさい。タリナの街で起きた事件について調書を作りたいの。協力して頂戴」
「ああ。もちろんです」
仕事中だからだろう。こちらに視線を向けないグロリア。配慮して俺も声をかけずに女騎士さんと会話する。質問に答えて説明しての繰り返し。意味はないだろう。
「……グロリアの報告とほぼ一致ね。どちらも手柄を相手のものにしたがっている点以外はね」
面倒なことにグロリアは悪い意味で俺を持ち上げたらしい。騎士国でも聖国でも目をつけられる。
しかし悪霊さえ露見しなければ問題はない。これまで通り、しらを切るだけだ。
「そこでジェイク君。あなたを騎士見習いとして特別に迎え入れようという話が上がっているの。どうかしら」
「遠慮しておきます。酪農家を継ぐので」
「……」
いい話を持ってきたとばかりの騎士団長に現実を教える。
「俺に騎士は向いていません」
「どうして? みんなが羨む、やり甲斐のある仕事じゃない」
「確かに。だけど助けたいときに助けたいやつを必ずしも助けられる仕事じゃない。騎士は民にとっての騎士じゃない。国にとっての騎士だ」
「……だから酪農家の傍らで武芸者を続けると?」
即座に首肯を返した。本当は俺が育てた強者たちを倒すためだが、間違ってはいない。
♤
ジェイクは予想していたよりも手強かった。明確な意思表示を見せたのだ。
だがこの時点で、四名は勧誘自体を疑問視していた。
「……聖国は聖母という存在があるからこそ男女の差がない。それに騎士団も他国より待遇がいいわ」
背後の騎士達も同調して頷いているのが分かる。
給料もよく、聖国という国柄から戦争とは無縁。魔物との戦闘や要人警護が少々危険とされる程度。何よりも、正規騎士とは栄誉である。
なぜ断るのか理解ができない。
「国家を護ることが民を護ることにも繋がるわ。特定の人物だって護れるはずよ」
「だとしても、もう一つ理由があるんです」
ジェイクは団長のライラを前に気を楽に言う。
既に見切りを付けた団員はグロリアが心酔する少年が、一般的な……いや、怠け者の市民であることに落胆していた。どこにでもいる民だ。意識の低さからも騎士団に誘うこと自体を否定的となる。
「俺はね。本当はどこかの国家に所属したくないんです」
「どうして?」
だが次の一言がすべてを変える。
「その国家が勝ってしまうから」
笑いながら軽々しく告げるジェイクに、騎士全員が震えた。
「俺が所属した国家は勝ってしまう。だから聖国にも所属しません」
神と見紛う超人達の暴れ狂う世界で、勝利を断言してみせる少年が、ここにはいる。




