84話、プリズナーガスコイン
「構わん。盾に固執する必要はない」
夕食時にはシャンティが勇気を出して、バッハへ息子達の今後に関する是非を問う。すると軽く返される肯定で、言い負かしてやろうと息巻いていた俺は拍子抜けだった。
「多くが私の盾を習いにきているというだけだ。お前達も各々の特技と成長がある。好きにしろ」
わざわざ言うまでもないと認識していたようだ。バッハは家族に端的に説いて食事を再開した。
「ユーガ様はどんな戦い方をされていたんですか?」
「伝わる通りだ。研究した成果だろう。基本四種系で戦うジェイク君と似ている。異なるのは英霊。そして斧を使っていなかったことだな。それにユーガ様が特定の武器を使い続けていた印象もない」
「へえ」
バッハは悪霊のことは知らないらしい。知っていて隠していることも考えられるだろう。どちらにしても周りからは、やはり前世と似ているように思われるようだ。属性技を練習すべきだろうか。
「明日は例の人物と会うと聞いたが本当なのかな?」
「会いますよ。嫌だけど仕方ない」
「怖いのか?」
「面を見たら殴りたくなるでしょ?」
「ふっ。違いない」
しばらく騎士国へは来ない。ユントで大人しくするという方針を固めたので、ガスコインには会っておこう。ロイド夫妻の事件には関係ないのかもしれないが一応だ。
「昼からなら私も時間ができる。同行しよう」
「久しぶりの対面ですか」
「虫唾が走るがな」
バッハも来るらしい。アーロンはもちろんだろう。これならどんな事件に巻き込まれても安心。
「旦那様、お父様は振り回さないように。よろしいですね」
「小娘が誰に言ってんだ。大した石も拾ってこない癖に生意気な」
「私はメイドです。石を拾うのは善意です。なんだと思っていたのですか?」
ただのマセガキだと思っている。いつからか隣に座るようになった回収マシーン。嫁気取りが止まらない。
「私が付き添えたら良かったのですが……」
「はあ!? お前っ、俺がこれ好きなの知ってて食ってるだろ!」
「……私だって好みの料理です。それにここに並ぶ料理は旦那様だけのものではありません。私が食べたっていいはずです」
「もちろんいいよ。駄目なんて言ってないだろ。俺は俺が好きなの知ってるよなって言ってみただけ」
「……」
また視線で叱ってくるカティアを無視して、大好きな魚料理を堪能。旺盛な食欲で肉体を作っていく。
「……」
「……」
風呂から上がればやはり待機中のメイド女。そこら辺の石を適当に持ってくる辺り悪質な回収業者である。
翌日。昼飯を食べて庭で日光浴をしてバッハを待つ。気が滅入りそうな曇りで、雨が降るかもしれないとサマンサが言っていた。
「準備ができた。監獄に向かうとしよう」
バッハの仕事が一段落して、俺達は王都から少し離れた平原に立つマルク監獄へ。
「連絡はしてある。奴の元まで直行できるだろう」
初めの旅以来だ。バッハとこうして馬車に乗るのは。この間のことのように思える。この間のことだから無理もない。
「ウィンター閣下。お待ちしておりました」
「監獄長か」
「はっ。ナビス・フルゲートであります」
「早速案内してくれ。あの爺が死ぬ前にな」
バッハは監獄長を急かす。会ったところで消える苛立ちではないだろう。どうして付いてきたのだろう。さして興味もないが、ふと疑問が浮かぶ。
「この牢です」
「……憐れな老後だな」
薄暗く湿気の酷い地下二階の牢に閉じ込められるガスコイン。バッハから開口一番に出たのは憐れみだった。蔑み憐れんでいる。かつての戦友であり、ほんの一時期の師を。
「……あなたではない」
「……」
帰ってきたのは愉悦の滲む歓喜の否定。天耳通もマナも通らないはずの厳重な鉄格子なのだが、なにかを察している。視力を失って他の器官が発達したのか、誰が訪問したのか分かるらしい。
「ああ……やっと来てくださいましたか」
「足音の軽さでバレたか。なんの用事だよ」
囚人服の老人は暗闇の中にいる。こちらには出てこずに右脇のベッドに腰掛けて心躍らせている。取り調べや拷問の跡が見られるが、ガスコインは笑うだけ。俺を呼べの一点張りだった。そうまでして呼び出す事情とは一体。
「ご無沙汰しています。ジェイク・レインさん……」
「おう。なんたらガスコインさん」
気色悪い声で俺を歓迎するガスコイン。この手の人間には関係を持たない方がいい。調子に乗るだけでなく無駄な時間を過ごすことになる。
「お呼びしたのは他でもない。あなたにお願いがあるからです」
「なんだよ」
「あなたに――新たな国家を興してもらいたい」
断る。それだけは絶対に。断固拒否だ。
「嫌だ。そもそもお前は死ぬまで牢獄生活だろ。外の事情なんて構ってないで捜査協力しな」
「有り得ないのですよ。あなたが特別な人だとしても子供一人を供に私を倒すなど。あなたは人を惹きつける。あなたは人を進化させられる」
ガスコインの話に興味を失った俺はおやつのクッキーを食べる。だがバッハとアーロンは熱心に、馬鹿正直に語り口へ耳を傾けている。
「あの時なにが起こったのか……盲目の私には詳細は分かりません。ただ私が残していたもう一段階の余力を超える手札を切った。犯罪の追う追われのみならず、策の組み立てでも敗北した。そうなのでしょう?」
戦闘した時を思い返して、負けたというだけの話を大袈裟に語る老人。クッキーで口がパサパサになって顔を顰める俺はもう帰りたくなっている。
「個人、指導者、どちらも常識が通用しないあなたは王になるべきです。手駒が必要なら私を死ぬまで使ってください」
「俺より弱い殺人鬼なんて何に使えるの? 戦場が忘れられないなら帝国に残るべきだったな」
「今はどこの国にも勝利は望めない。勝負つかずの疲弊の一途。あの方達は王を気取る浪費家だ……」
快楽殺人鬼に見下される王達。無価値な会話に飽きた俺は本題を切り出す。
「そんなことはどうでもいい。ロイド夫妻が殺された事件は知ってるな?」
「……ええ。酷い事件でした」
「犯人を教えろ」
簡潔に問う。酷いと言いながらも笑うガスコインに、両隣りが怒り狂っているがお構いなし。
「さあ。私にはなんのことだか……」
「それなら〈八頭目〉について知っていることを教えろ」
「条件はお伝えしました。進展に沿って情報を提示します」
「あ、そ。お前みたいな胡散臭い奴が情報を与えられるかよ。知らないんだろ?」
「そうでしょうか。〈八頭目〉にはボスがいます。だが指示を与えているのはソル・ハルという謎の術式使いです」
異変は突然だった。マナを通さない牢屋の中でガスコインが光り始める。
「……!? 何をしている! か、鍵だ! 鍵を寄越せ!」
「あなたが望まずとも王になってもらいましょう」
ガスコインは上顎を上げ、焼きついた術式を見せる。転移の術式だろう。そのソル・ハルが転移やキメラ作成の術式を知る人物らしい。まさかという場所に術式を刻み、日々マナを絶妙な量だけ通して維持していたようだ。
「ちっ……」
もたもたしている監獄長を見ると、間に合わないのは確実。転移を防ぐには悪霊を使うしかない。それでも間に合うか不明だった。
「またお会いしましょう……我が王、ジェイク・レインさん」
下卑た笑みを浮かべるガスコインが転移する。
「――」
「フンッ!」
俺の両隣りから掌底と横蹴りが交差。バッハの掌底とアーロンの蹴りだ。マナを通さない牢屋の鉄格子を無理矢理に歪めてしまう。開かれた歪みからアーロンが飛び込み、また蹴り出す。
「グホア――!?」
「愚かな。償いからは逃がしません」
背後の壁に激突して、ガスコインが崩れ落ちる。着衣の乱れを直すアーロンは冷徹に見下ろしてから牢の外へ。フェイント代わりに他心通も挟まれていた。刹那の瞬間に俺達まで鎖に雁字搦めにされる幻覚まで見せられる、強力な技だった。
しかし、それよりも驚いた事がある。
「……あんな感じを出しておいてミスるやついるんだ」
転移の術式は直後に焼き切られる。牢も更に厳重なものへ。ガスコインの脱獄はより困難となる。




