81話、おねだりアーロン
というわけで参りました学長室。以前はホットケーキとお紅茶をいただきましたね。
訓練時間ということで生徒がいない学舎を行き、またもや先日も小競り合いを繰り広げたオーフェンの元へ。スムーズにここまでやってこれたので、やり合う体力は満々。
「……君かね。また君かね」
「また俺です。そんなことよりさっさと案内してください。シーザー陛下に、話が通っていませんでしたと告げ口されたくなければ」
いつものデスクで嘆息するオーフェン。俺が来ることが分かっていてこの初動。遅い。オーフェンは相変わらず遅い。行動も後手。作戦も裏目。それが学長オーフェンだ。
「脅しかね!」
「脅しです」
「学長の私を脅すつもりかねっ!」
「脅すつもりです。ヒュウ、ヒュウヒュウ……」
野生動物を呼ぶように口笛を吹いて指先をちらちらしてみせる。学長オーフェンを小馬鹿にしながら誘導。早く保管庫へ行きたい。
「貴様っ! このオーフェンを獅子扱いかね!」
「いや野良猫とかでしょ。格好いいのにしようとしないで? 俺はあんたを私服を肥やした獣だと思っています」
デスクを叩いて立ち上がったオーフェンはやはり自惚れていた。
何処が獅子だ。午前からオヤツ食って、催し毎に利権を求めて彷徨っておいて。
「……ここだ」
結果として、口論を超えて四の地固めをしたところで了承される。
快諾したオーフェンを急かして、やっと保管庫までやって来た。ここは騎士学校襲撃事件で、例の〈八頭目〉が狙っていた場所だ。何か残されている可能性はある。
「……あんたも入るの?」
「当然だろう。異変があれば責任を取るのは私なのだから」
「はあ。面倒な霊長類だな……」
「なんだとっ? 私が猿だとでも――」
「猿だろ。馬鹿。この馬鹿」
ライドクロスで死にかけたのはオーフェンの責任ではない。
だがその前のテロではこいつの欲と怠慢で学校を離れていた。賄賂を受け取って貴族達と礼拝堂の祈祷に参加していたのだ。酒まで飲んでいたらしい。俺の誕生日にけしからん。
「大当たりぃ!」
「……! な、なにかね。急に踊り始めるなんて……」
「ほら。あんたも踊りな」
大当たりに拍手。オーフェンにも無理矢理に踊らせて悪霊の気配に歓喜する。あとは、どの悪霊かなのだが。
「……」
こいつかと項垂れる。これまでの悪霊よりも遥かに強力。
だが使い方に難がある諸刃の剣だ。マナにも余裕がないので安定して使えない。手放しには喜べない。よって末吉とする。
「は、はは! なんだ急に踊り出すのも悪くない! なにか突発的で創作的なダンスに美学を感じる!」
馬鹿が踊っている間に扇子から悪霊を取り出す。
暗殺未遂が起きた際に持っていた物で、血のシミもある物々しい扇子だ。だからこそコイツに相応しいと封じた。
翳した手へと飛び出した青い炎を紅黒い炎が取り込み、更に猛る。罪深き悪霊がまた一体この手に戻る。
「はっははは!」
「……」
踊る学長を残して保管庫を出る。あいつは知性と道徳の面で学長失格である。
「おかえりなさいませ」
「俺の斧はいつ頃になりそう?」
「今夜には手入れを終えてお渡しできるでしょう」
「なら帰るのは明日の朝だな」
明日の朝に帰ろう。リュートが癇癪を起こす様が今から想像できる。兄のクリスの方に懐いてくれていると助かるのだが、見込みは薄い。
「そう仰らず一週間は滞在されてはいかがでしょう」
「は? なんで?」
意外にも無愛想なアーロンから滞在延長を希望される。バッハは分かる。カティアやサマンサは俺に恋をしているから、これも分かる。
だがアーロンは客の事情に口を出さない主義と思っていた。
「ジェイク様はウィンター家に気持ちの良い風をもたらしてくださいます。バッハ様も奥様方もその子供達にも。そして使用人である私達にも。極上のおもてなしをお約束します。なので――」
「じゃあ明日帰ろう!」
我ながら鬼畜。序列一位にしてバッハも無視できないマシーンみたいなアーロンにも、容赦なくお巫山戯パンチ。
「……」
「なにっ!?」
無言で取り出したのはかなり平たい石。しかも丸みを帯びている。俺がまだ見たことのない形状と質感だ。川辺にあるものに思えるが、石の種類に疑問が残る。とても学術的価値のある石だ。
「こ、こんな人の目がある場所で取り出すやつがあるか!!」
周りを警戒しながら叱責し、すぐさま取り上げてポケットへ隠す。このまま会話で誤魔化して我がコレクションへ迎えよう。
「いつお帰りになるご予定ですか?」
「明日」
欲しいものは奪ったので鬼畜発動。騎士学校に停めた馬車の前で、アーロンを相手に余裕のジェイクムーブ。
「……現在クーガーが清掃のため、ジェイク様のコレクションを別部屋に移動しています」
「……!? お、脅すつもりか人質のつもりか恥を知れ!」
「解釈はお任せします」
選択を強制される。たとえ俺と言えど、時には険しい道を選ばなければならない。どちらが最善かなどしらない。知れる術もない。
だが最善を選びたいわけでもない。とにかく成長に繋げたい。どちらを選んでも後悔はするものだと思っている。つまるところ思い描いた道でなくとも、割り切って新たな道を切り開くのみ。
「如何いたしましょう」
「あ、延長で」
「かしこまりました」
別荘での豪遊生活を楽しむのもよし。まあ、まだサマンサに手を出せてないからな。人妻が恋しかったから、延長も止むなし。
「んで、本当の理由は? 嘘をつくのは勝手だけど、俺に嘘をついたって事実が残るからな?」
「……」
丸い石を撫でて本題を待つ。
この様子だと、アーロン個人から俺に願い事があるのだろう。ウィンター家の馬車で、用事が終わったところを狙った点も鑑みて、おそらくバッハにも許可を取っての行動だ。
そんな推察を思っているところへ、仏頂面のアーロンはやっと本題を切り出した。
「……ジェイク様に、ある事件を調べていただきたいと思っています」
アーロンは俺を探偵だと思っているらしい。




