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8話、レイン兄弟

 同じ髪色の小柄な少年に、クリスはたじろいだように見える。

 兄と呼んだ事からも、クリスの弟であると容易に察する事ができた。

 だが呼びかけのみでリカルドから手が離れるほど頭が冷えるとは、まさか弟に頭が上がらないのかと、見ていた者は意外な一面を想像する。


 一方、あの暴君がどうした事かと興味深く見る視線を他所に、当人達は兄弟で日常的な会話を始めていた。


「あのさぁ、何よりも先になんだけど、なんで手紙を返さないの?」

「……別にお前からの手紙も、こっちに来るって書いてあっただけだろ。怪我をしたって手紙の方も、心配無用って書かれてたしよぉ」

「はぁん。じゃあ次に、なんで粋がってんの? 磨いた腕っ節を誇ってもいいけど調子付くのは違うだろ。三下に見えるぞ」

「こいつがいちいちイチャモン付けて来るんだよっ」

駄々(だだ)こねるんじゃねぇよ! 周りの皆さんが怖がってるだろ!」


 圧倒的な腕力(パワー)型の実力と気性の荒さを持つクリスが、本当に弟には反抗し難いらしい。

 

 そのような関係性は思いもよらず、周囲が呆気(あっけ)に取られるのも束の間に、ジェイクと呼ばれた弟は兄から体を横にずらして、例に漏れず呆然とするリカルドへ声をかけた。


「どうもすみません。なんか言い合いしてましたけど、兄が何かしました?」

「あ、そのだな……アクセサリーをしているので、それらは校則違反だから外してくれと求めたんだ」

「なるほどねぇ。確かに色気付くようになってから、クリスマスツリーみてぇに色々と付けるようになったんですよ。でもそれって、そういう規則があるんですか?」

「そうだとも。制服はきちんと着用するようにとなっている」

「きちんとと言うと、着崩している事が問題になるんじゃないんですか? それだとアクセサリーは別個の扱いになりそうなもんですよね。ピアスとか髪留(かみど)めとかしてる女子も結構いるようですけど」

「それは……淑女(しゅくじょ)として着飾(きかざ)る為であって……」

「着飾るのに性別は関係ないでしょう。今の話だと兄貴も着飾っていいんじゃないっすか?」

「それはっ……そうだな……すまない。君への明確な回答が、今はできないようだ。この件は不問としよう」


 弟の素朴な疑問に答えられず、規律遵守(きそくじゅんしゅ)(かか)げるリカルドも困った顔をして道を開ける。


「はぁ、そうなんですね……じゃあ、すみませんけど失礼します」

「ああそれと、校内へ立ち入る許可はあるのだろうか」

「門兵さんから許可を取りました。兄が連絡してくれていたようで、クリス・レインの弟って言ったら通してもらえました」

「結構。行っていい」

「はい、じゃあまた」

「また……?」


 軽く会釈(えしゃく)したジェイクは、リカルドの疑問を解消する事なく兄へ向き直る。


「部屋を見せろ。ちゃんと寮生活できてんのか見てやる」

「いいって、そんな事しなくて!」

「何処だ? こっちか?」

「勝手に動くな! 分かったから一緒にいろ!」


 鬼人を思わせる怪力に高度な紅蓮技にと、凶暴極まり無いクリスを思うがままに振り回している。

 あちらこちらへと興味本位の気が向くままに行動する弟を捕まえて、気恥ずかしそうなクリスが寮へと引き返していった。


「お兄様」

「ん? カティアか……。父上の出張から帰ったか」

「はい、ただいま戻りました。それではまた夜に」

「ま、また……? また、また……?」


 兄をして、いつ目にしても感嘆する美麗な乙女がそこにいた。

 父の出張に同行していたカティアが、わざわざ制服に着替えてやってきていた。微かな不信感を持つもすぐに消え去り、温かく迎えようと向き直るも、妹はその横を通り過ぎてしまう。


「あんっ? なんでこいつも付いて来てるんだよっ……」


 背後に付いた気配を察したクリスは、学校のみならず騎士国で人気を(はく)するカティアを目にして語調を強くする。

 主に男子から絶大な人気を博すカティアが、何故なのかジェイクの後へ追従しているのだ。


「俺の面倒を見るように言いつけられてるから」

「誰にだよ。巫山戯(ふざけ)やがって……」

「バッハ・ウィンターって人。一緒に旅してきたんだ。気に入られてさ。安宿じゃなくて屋敷で生活していいってさ」

「……ぶっ飛んだ土産話だな」

「兄ちゃんの嫁にするか? 旅の間だけ見れば中身も悪くなかったぞ」

「騎士国の貴族なんか、おいそれと手を出せるわけないだろ。それもあんな怖い父親だぞ」

「それもそうか。気が強いのもいるからな。その方がいいかも」


 背後から感じる視線も無視して、兄弟は連れ立って歩む。


「それにしても……やっぱり全然強くなってないな。帰った時にまた見てやろう。ちゃんと稽古やってんのかぁ?」

「やってるよ……」

「前も言ったけど、たかが小国のガキを集めた施設で一番を取ったからって、満足してちゃ駄目だぞ。そんな狭い場所でさっきみたいに威張(いば)る暇があるなら鍛えろ。黙々と鍛え続けろ。競うなら働き(あり)と運動量を競え」

「だからあいつが難癖(なんくせ)つけてくるだけなんだよっ! 俺に勝てねぇからって因縁(いんねん)つけてきやがる!」

「兄ちゃんさぁ……アクセサリー取るだけで通れるなら取りゃいいだろ。稽古の時はどうせ外すんだから」


 着替えを入れたバッグを叩いて(さと)すジェイクに、バツの悪そうなクリスは黙り込んでしまう。


「そんな事で兄ちゃんの誇りは傷つかないし、きちんと実力で語れてるなら(あなど)られたりもしないから。な?」

「……分かったから。口煩(くちうるさ)く言うな」

「仕方ねぇなぁ」


 嘆息するジェイクは引き時を心得ているようで、それ以上は何も言わずに兄と揃って先を行く。


「……」


 何を思うのか、カティアの視線はその背を捉えたままだった。

 ジッと見つめるその視線は帰省の道中からのもので、関心を示すという色合いとは全く別物のように思える。


「……」

「……? 何か?」

「いいや、弟が世話になったな」

「滅相もありません。私がしたくてしているだけです」

「そうか」


 肩越しにカティアと視線を合わせたクリスには、その瞳に何か不穏な予感を感じ取っていた。

 まるで蛇が獲物を見つめているかのような印象を受ける。

 

 すると――


「……――!?」


 突如と発せられた背後の気配に反応し、カティアが鋼器を取り出した。

 しかし手の内の鋼器は流れるように(かす)め取られ、代わりに手刀が額を割る。


「よっ!」

「っ……アイクさんでしたか。驚きました」


 潜んで近寄る素振りを察していたレイン兄弟は、焦るでもなく振り返ってその人物を見る。

 やはりかと呆れるクリスは、嘆息混じりに声をかけた。


「悪趣味っすね、教官」

「俺はただ、稽古の約束を放って何処かへ行こうとする不良生徒を呼び止めに来ただけさ」


 クリスが教官と呼ぶその男は、親しげにカティアへと鋼器を返却しながらに言う。


 名は、アイク・サンダー。天耳通(てんにつう)の教官として国家騎士隊から特別に配属された、(れっき)とした軍人だ。子爵家の出で、実力者でなければ任せられない国境警備隊を務めた経歴を持っている。


「あら、兄貴の先生っすか」

「ん? もしかして……クリスの弟かい? ほら、髪の色も同じだ」

「そうです。いつも兄がお世話になってます」


 丁寧(ていねい)にお辞儀(じぎ)するジェイクを前に、クリスの弟とは思えないとばかりに意外そうな顔を見せた。


「しかしなんだ。そんなに時間が迫ってんなら、先生との約束を優先しな。俺達は帰るから」

「そうすっか。お前、他所の家で世話になるなら、下手な真似はすんなよ」

「おう」


 クリスは弟の頭へ手を乗せてから歩み出し、アイクの肩を押して鍛錬場へ向き直らせる。そのまま怪力で押し込み、カティアとまだ話したがる教官を無理矢理に稽古へ連れ立った。


「あ、相変わらず馬鹿力だなっ。じ、じゃあカティア、まだ今度! 贈り物を持って行くから!」

「はい、失礼します」


 親密そのものの会話を自然と耳にしたジェイク。後ろ手を振るアイクと、一礼して送るカティアを交互に見てから、当たり前の疑問を持ち出した。


「お前ら、付き合ってんの? 教師と生徒の禁断の関係なの?」

「婚約者です。彼は出世するらしいので、お父様の地位を保つべく選ばれました」

「ふ〜ん、美男美女でお似合いだこと……ま、じゃあ行こうか」


 何を思うのか、心ここに在らずなカティア。会話をしているのに、まったく別の思考をしているようだ。

 

 けれど興味も湧かず、疑問が解消されたジェイクは、迷いもせずに歩き始める。その足先は校門とは別の方角へ向いている。今まさにクリス達が去っていった方向だ。


「……? どちらへ向かわれるのですか?」

「普段の稽古を盗み見る。俺がいる時にしっかりやるのは当然だからな。ここで何をやってるのかを調べる。あの教官のレベルも見ておきたいしよ」


 コソコソと二人を追跡。カティアの透き通る美貌は衆目を集めるも、辛うじてクリス等には気付かれる事なく練武場なる施設へ到着した。

 観覧席は三階まであり、ジェイク達は息を潜めて座席の陰へ身を隠し、稽古を見守る事に。


 やがて、クリスとアイクの手合わせは開始される。噂を聞き付けた生徒達が少なくない人数も観戦する中で、炎は渦巻いた。


「……やはりクリス先輩は段違いですね。おそらくは歴代最強です」

「そう鍛えたからな」


 最上階から覗く二人のみならず、クリスの稽古を観戦しに来た者等は修羅の気迫を感じて怖気付く。


 クリスの次元は、既に騎士国全体でも“特別視”されるものになりつつあるのだ。まるで怪獣が暴れているかのような焔の規模、振られる剛腕が醸す風音。痛快ですらある暴れざまは、暴君という言葉がよく似合う。


「……な、なにあれ」

「大会で見るリカルド先輩との時とまるで違う……!」


 舞台中央で交わされる現役騎士アイクとクリスの手合わせは、自分達の知るものとは一線を画していた。怪我をさせないように気遣う必要のない相手を前に、クリスは初めから全力で臨んでいる。


「ドラァ――!」

「――くっ」


 炎の竜巻きを三つ生み出してアイクを囲む。その間に正面から踏みこんで大斧を振り下ろした。アイクの扱う鋼器は模擬剣。クリスの怪力を考慮すれば当然だが受ければ砕けるか、良くてもひび割れる。仕方なく衣服を焦がしながらも側面へ避けた。


「【雷霆技二式・迅雷(サンダー)】ッ!」


 裂帛(れっぱく)の気合いを叫び、雷を浴びた剣を振り下ろすも、凄まじい神足通を体に通しているクリスは難なく飛び退く。

 追撃に走ったアイクと鋼器同士が激突する。続けて何度も鋼を打ち合い、何度となく(しのぎ)を削る。


「レベルが違う……流石は国境警備隊員。あのクリスとやり合えるとはな」

「あれが現場の騎士なのか……」


 無意識に教師達をも唸らせる見応えだった。

 観戦する側が余波だけでも身の危険を感じる。地表は焼け焦げ、炎球は飛び、負けじと稲妻が抗い、高度な神足通による武器術で競い合う。

 呼吸も(はばか)るやり取りは(しばら)く続き、クリス優勢だが勝負は付かずに終わる。


「やはりお前の相手は消耗するな、少し休憩を挟もう……」

「なんか助言をください」

「無いんだけど、あえて言うのなら……派手すぎるかな。実際の戦闘でここまで大胆な紅蓮技はなかなか使えない。俺を倒そうと攻め方を変えたんだろうが、前みたいに神足通系や小手先の技を多めに意識しよう」

「ありがとうございます」


 疲労感を見せるアイクに感謝を告げ、端にある自身の荷物へ。中からタオルを取り出して汗を拭う。


「ふぅ……」

「おい」

「……!? じ、ジェイクかよっ。帰ったんじゃないのか、何してんだ……!」


 すぐ眼前の手摺(てす)りから顔を半分だけ覗かせたジェイクに腰を抜かしかける。

 けれど弟は実家にいた時と同様に、兄へと現実を告げた。


「兄ちゃん、遊ばれてるのに気付いてるのか?」

「え……」


 これに驚いたのはクリスではなく、隣に並ぶ付き添いのカティアだった。問われた本人は意味が分からず、困惑気味ながら順当な返答をする。


「……どういう意味だ」

「あれだけ優勢が続けば押し切れるに決まってるだろ。あの人は攻めてるフリして逃げてんだよ。上手く内容を支配されてるぞ」

「ちっ……どうりで手応えが無いと思った」

「アイクって人、頭がいいな。あんな感じで柔軟に戦える奴が結局のところ生き残るんだ。それを正面から押して気持ち良くなってる場合じゃないぞ。引き分けに終わって『ふぅ』なんてどれだけ(ぬる)くなったんだよ。風呂入ってんじゃねぇんだぞ」

「……どうすればいい」

「自分で考えろ。自力で答えを見つけろ。いつも言ってるだろ。毎度毎度、俺から教わるつもりか?」

「騎士国の正式な一線級の騎士だぞっ。少しくらいいいだろうが……!」

「駄目。何故なら優勢は優勢だから。甘ったれるな、考えろ」

「ちぃ……」

「強いのはアイクさんより断然兄ちゃんだ。けど勝てない。あっちは負けない。本職は凄いだろ。学ばせてもらえよ」


 助言だけ告げて中腰のまま去ろうと背を向けようとするも、途中で何かを思い出して向き直った。


「……アイクさんは強いけど、大戦を経験しているかどうかでもレベルはまるで違うって話だ。ここで苦戦しているなら、いざって時に辛いぞ」

「大戦か……どのくらいの差が出ると思う」


 ジェイクだけではない。強者になればなるほど、何処へ行っても死屍累々(ししるいるい)だった前時代を知る者は皆、大戦を経験しているか否かを重要視していた。


「そうだな……」


 差と問われたジェイクは、『別の生き物』と例えた。実力もそうだが、大戦時において今では想像もできない壮絶な体験をした者等の中には……何かが欠落してしまった者もいるのだと。



 ♤



 夕暮れ時だった。暗闇に呑まれつつある森の中で、巻き煙草(たばこ)を吸う屈強な男。

 異様に筋肉質な上半身をするその男は丸太に座り、何をするでもなく約束の時間を待つ。


「……ちっ、最近の奴等は派手ならいいと思ってやがる」


 唐突な呟きを漏らした。苛立(いらだ)たしげな様子で地面へ落とした煙草の火を踏み消す。

 そして立ち上がり――


「――」


 一瞬の出来事だ。弾ける雷に爆炎、鎌鼬(かまいたち)雹雨(ひょうう)が入れ墨の男を襲う。気配も音もなく男を取り囲み、包囲していた八人が一斉に飛び掛かった。


「――国境警備隊……ほら、どうした?」


 閃光が収まると男は、昏倒する騎士達を見下して吐き捨てた。

 やった事は単純な繰り返し。属性技で強襲した者を、避けながら張り手を見舞って反撃。六人の顔面は形を失い、文字通り粉砕させられている。


 カィニー騎士国は他国からの侵略を断固として良しとせず、領土に無法侵入する者は徹底的に排除される。

 だからこそ国境警備隊に配属される者は精強な騎士の中でも精鋭とされている。騎士国北西部に位置するこの区画にも魔物達の楽園が近くにある事から、武力的に優れた騎士が配置されていた。

 にも関わらずだ。


「立てよ、兄ちゃん方。(つら)を張られたくらいで終わりにする気か?」

「グァァぁっ!?」


 男は退屈(たいくつ)(しの)ぎに生かしておいた騎士の一人を蹴り飛ばした。

 しかし骨が砕ける嫌な音を立てて転がり、動かなくなってしまう。隊を(ひき)いる騎士は地に()しながらも、それを目の前に歯軋(はぎし)りした。


「っ……カイワン・ドッジぃぃ……!」

「知ってんのかい。俺も有名になったもんだな……」


 カイワン・ドッジが笑い混じりに自画自賛した。

 以前は武練騎士隊にも所属しており、騎士国建国以前も隊長にまで上り詰めた実力者だった。

 以前と異なるのは色黒となっており、体中には()(ずみ)()られ、装いも(はだか)にジャケットを羽織はおるなど野性味を(かも)したものとなっている。


「何故っ、我々を……陛下を裏切ったぁー!」

「付いて来たはいいものの、シーザー王は物足りないからだ」

「なにっ……?」


 予想外の即答に思わず戸惑(とまど)う。

 半年前に姿を消してから魔物や警備隊を殺害して回るまで、一切姿を見せなかったカイワン。これまでに何があったのだろうか。一時期は国家を守護する騎士だったにも関わらず、明確に彼の心情は騎士国から離れていた。


「騎士国に未来はない。だが俺が今いる組織には未来がある」

「……」

「叶える力も見た。俺に相応(ふさわ)しい七人の並び立つ《頭目》達も。そしてボスは必ずそれを実現する」

「何を言っているんだ……」

「壊すんだよ、何もかも。全部を壊してしまうんだ。そして理想がやってくる」


 確かな目的を語っているであろうカイワンだが、具体的な説明はなく、何を言っているのかは不明だった。

 片や意味深な発言を続けるカイワンは、明瞭な展望を夢見なざら隊長を見下ろして告げる。


「新時代。言えるのは、それしかねぇ」

「……」

「だいたいよぉ……お前はシーザー王から『人を食え』って言われたら従えるのか?」

「なん、だと……?」

「即答できねぇか。その程度の忠誠心でガタガタ抜かすな」

「……! そんなもの――」


 カイワンの五指にある指輪から炎が生まれる。鎖繋ぎの指輪から噴き出る炎で、息巻く騎士隊長の腕を掴んだ。


「グッ――!? グァァァーっ!!」


 肉が焼ける。焼けただれる。袖は燃えて肌が焦げて肉が変色していく。壊れ行き、焼滅していく肉体から耐え難い激痛が脳へと刻み込まれ、絶叫が森をつん裂いた。

 だが地獄はまだ続く。


「――俺はできる」


 微笑うカイワンが大口を開き――焼き立ての腕に噛み付いた。


「イヤッ!? やめっ、やめてクレェェ!!」


 悪魔を見る目をして泣き叫ぶ騎士の腕を、躊躇(とまど)いなく食い続ける。それも吐き出す事なく咀嚼(そしゃく)して飲み込んでいる。

 悪夢としか言えなかった。食人鬼による悪夢は続き、やがて骨まで見えるようになった時、カイワンは(うつろ)な目となった騎士を解放して立ち上がる。


「……腕一本でそれか。兵士の質も地に落ちたもんだ」


 騎士越しに現代を(うと)み、カイワンは時代の流れを嘆いた。

 同時にあの日の決断を、英断だと改めて確信する。


「笑えよ」

「へ……?」

「痛いんだろ? 辛いんだろ? そんな顔をしてる。そんな顔して事態は好転するか? いいや、しない。現実は変わらず悲しく苦しいだけだ」


 同情や憐憫(れんびん)を声色に乗せていた。仲間を失い、脱出も救援も望めず、重傷で動けずにいる騎士へと、寄り添うように語りかける。


「おら、笑え。ニカっとな。待ってやるから」

「……」


 騎士が無理矢理に笑うのを待ち続け、それがやって来た時、カイワンは表情に――(おぞ)ましい喜悦を表した。

 それは紛れもない食人鬼の本性であり、狂気に類する本質だった。


「ああそれだ。死ぬ時くらいは笑って死なねぇとな」


 歪む笑顔を踏み潰す。ただならぬ興奮に鼻の穴を広げ、唾液の溢れる歯茎(はぐき)を剥き、恐怖の頂点を物語る騎士を潰して絶頂を極める。


「――お楽しみのところ失礼します。お渡しした鋼器は馴染みましたか?」

「ソルさんか……」


 死体を蹴って退けていたカイワンへ歩み寄ったのは、奇抜な民族衣装に身を包む青年だった。あまり見かけない顔立ちをした民族で、カイワンにも詳細は分からない謎の人物が、このソル・ハルだ。


「かなり良い感じだ。計画までには間に合った」

「大戦時代を(かじ)っただけはありますね。では撤収して準備に取り掛かってください。もうすぐ勘のいいウィンターによって隊が派遣されてきます」

「ウィンター……まさかあそこの執事が来るんですか? だったら戦闘のし易い場所に移動して、万全で待ち構えないといけませんね」

「いいえ、通常の騎士中隊です」

「国から正式に派遣って事ぁ……おいおい、計画は悟られていませんよね」

「はい。あなたのお陰もあって順調です」


 ソルの誘いにより騎士国を抜け、計画を支持して協力。そこに一切の迷いはなく、誰が相手だろうと武力を用いて排除する。徹底的に、容赦なく、決死の覚悟で。

 国境警備隊を瞬殺してみせたカイワンが担当する施設に、彼が手応えを感じる程の脅威はいよう筈もないのだが……。


「そりゃあ、良かった……やっと革命が始まる」


 カイワンは遥か遠くの南東の空を見上げて言う。よく知る騎士国の首都の風景を脳裏に描き、標的である……オーフェン騎士学校を思い起こす。


「全ては理想世界の為に」

「はい。新たな秩序(ちつじょ)がやってきます」



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