79話、器は隠せない
稽古の後にクーガーと食堂へやってきた。
「……今日は別嬪さんが並んでるな」
「気に入ったものは持ち帰って構いません。お代も結構です」
「お前いつから奴隷商人になったの?」
食堂に早くきてみれば綺麗どころが壁際にズラリと。カティアだのサマンサだのと俺を引き込みたくてウズウズしている。
手を出す気はない。それは浮気。お触りまでが許される。シズカが禁止しているのは淫らな行為。お触りは握手と同じ。証明完了。
「お悩みなら端から試されてはいかがでしょう」
「服を選んでるわけじゃねぇんだよ。試着みたいに言うな」
そこでサマンサがやってきたことに気づく。俺をチラリと見た反応が気になる。入り口へ向けてウィンクをしてみよう。
「……!」
真っ赤になってしまう。カティアは間違いなくサマンサの娘だ。バッハから言い付けられたのか、俺を異性として意識している。シズカに出会う前なら口説いてワンナイトしているところ。
「……お母様?」
「い、いえ、なんでもありません」
背後にいたカティアが足を止めたサマンサを不審がっている。奴に悟られると面倒だ。
しかし好奇心は止まらない。俺は席に着いてからもテーブル下で足を触れさせ、サマンサへアプローチして遊ぶ。
「……」
「サマンサさん? お顔が赤いようです。お部屋で休まれた方がいいわ」
「し、心配いらないわ。ありがとう、シャンティさん。少し散歩をしたから息が上がっているみたいなのよ……」
「あ、そうでしたか。最近は季節に反して暑くなってきましたものね」
「ええ……熱くなってきましたわね。とても……」
足先でふくらはぎを撫でたりしているとサマンサからも控えめに足を出してきた。サマンサにとっては今が青春。早急に《烏天狗》窓口まで人妻お触り特例を申請しなければ。
「……? ……っ!」
勘のいいガキがいる。カティアがサマンサの異変と俺のお巫山戯オーラに気付いてテーブル下を覗いてしまう。立ち上がって俺の隣へ。すかさず脇腹を抓られる。
「いてて……さて、これは美味しそうだぁ」
「始めるとしよう」
こうしてサマンサとカティアで遊んでから、最後に来たバッハが着席して夕食が始まる。
今日も肉と魚を中心に腹へ放り込んでいく。俺以外は使用人に取り分けさせているが面倒ではないのだろうか。
「旦那様、お客様が」
「……この時間にか?」
「お出迎えする準備を」
「ああ……また無茶をされる」
誰が来たのか分かってしまう会話だ。食べ始めてすぐに序列七位のエル・ドゥーリーがバッハへ耳打ちした。
こいつは並べられていた女の中でも優れた武芸者だとすぐに分かった。姿勢に乱れがない。体幹オバケと呼ぼう。
「よっこいしょ」
「……全員立て」
面倒だが立ち上がって出迎える。
すると二人の人間が食堂へやってきた。この時間に事前の連絡なしで、直接ウィンター家へ乗り込める人物など一人しかいない。
だが察していなかった奴等は誰か分かるなり、慌てて頭を下げた。
「邪魔をするぞ」
「陛下。襲撃事件から然程時間も経っていないのに無謀です」
「悪いと思ったがまた次の機会になれば、一体いつになるか分からない。今日できることは今日せねばな」
「……ユーガ様の悪い部分を真似されてはいませんか?」
「はっはっは。そうかもしれない」
愉快そうに笑うシーザーの隣にいるグラン王子にも目を向ける。俺がよくシーザーや他の子供を連れて歩いたことを言っているらしい。
え、陰口? 別に悪くなくない? こいつら、俺を嘗めてんの?
「で……其方がジェイク・レインだな?」
「ハイ……」
緊張している素振りをしておく。こいつに見下ろされる日が来るとは。相変わらず縦にも横にも大きい。上の兄弟姉妹に虐められていた癖に、今では立派に王様をしている。どうやってこんなに大きくなったのかと食事内容が心配される。
「聞いていたより……常識的に見える」
「僕はいつも模範的な人間でありたいと思っています……」
「……歳はいくつだったか」
「十三になりまちた」
危険だ。真面目ポイントが稽古で切れて巫山戯始めてしまう。ポピーとか叫びたい。
「……ライドクロスを退けたと聞く。近くではアグン達が戦っていたのによく集中できたな。なにか理由があるのか?」
顎に指を当てて興味深そうに質問される。ビービー泣いていたあのシーザーが偉そうに。魚釣りに連行してやった思い出はまだあるのだろうか。
「理由なんてありません。あんなの近所の子供が爆竹で遊んでるみたいなものでしょう? あの方々が遊ばれている間に意地っ張り対決で勝っただけです」
「……はっはっはっはっはっは!」
突然の爆笑。俺だけでなく孫のグランもウィンター家も使用人も、何事かと右往左往している。
「バッハよ! はっはっはっは!」
「……」
「なるほど確かに! お前がここまで気に入った理由が分かったぞ!」
機嫌が良いなんてものではない。壊れたのかと父親と息子が思うほどだ。
「確かに確かに! この子はどことなく父上に似ているな!」
「ユーガ様にっ!?」
驚愕の嵐。一斉に俺へ視線が集まる。人類王に似ているというだけで、どうしてここまで騒ぐのか。
「雰囲気もそうですが、使うマナ・アーツも独自の理論もです。彼はユーガ様を研究しているので自然と似ていったのかもしれませんが、それでもこうまで忠実に身に付け、己が物として取り込むなど他の者には到底叶いません」
「父上とまではいく筈もないが、それでも《ノアの方舟》を期待してしまう逸材だな……」
そのまんま父上だって言うんだ。なんて見る目のない奴。バレないならバレないで、少し不満に思ってしまう。
「この小さな体でライドクロス……あの躾のなっていない獣を倒したのか。確かに時代において特に秀でた異才だ」
「他国には渡せません。聖国と言えどもです」
「だがお前の行動で向こうにも気付かれたのだろう?」
「彼自身は望まずとも、レイン家に騎士国の爵位を授けられませんか? 聖国には出来ない事です」
「出来たとして平穏な聖国の、しかも地元を離れるなどするか? 私には簡単な事には思えない」
親ごと引き抜こうとしやがる。俺の目の前で交わされる不穏なやり取り。ちなみに両親が騎士国の貴族になったところで、俺は付いて行く気はない。聖国のユントで気ままな生活をするだろう。
「……」
「ああ、すまぬ。ジェイクも食事を続けるといい」
冷えていく皿を見ているとシーザーが許可を告げる。俺は肩を押されて着席。やるようになったものだ。
「陛下と殿下に取り分けろ。今宵の晩餐はジェイク君の才について語り尽くすべきだろう。いい機会だ」
「その素晴らしいかもしれない才能は酪農家に消費されるのに?」
「それでもジェイク君は特別視されてしまうということだ。君も自覚しておけ」
「そうします」
分かっていた事だがバッハは俺を逃がすつもりがない。外堀から埋めるべく便宜を図っていたらしい。無駄な努力と労力をご苦労様。
「時にジェイク、父上の宝物を見たいのだとか」
「はい。見してください」
「構わないだろう。明日の空いた時間にでも案内してやろう。遣いをここに来させるので、待っているといい」
息子よ。父ちゃん、親孝行してもらっているぞ。生前はあまり覚えがないけど、死後には世話になっているよ。




