78話、際立つ才能は誰の手に
騎士国の王城に帰還したグラン王子とベル・サマー子爵が、客間へ向かっていた。
ジェイク・レインは騎士学校へと報告義務がある。ここまで連れて来て同席させてもよかったが、それはしなかった。
「お早いお戻りで」
「会ってきた。あなたの言うジェイク・レインに。だがまあ……わざわざ向かう程ではなかったかな」
錚々たる顔触れであった。四大貴族に加えてモルツ・ミューズに、バッハの親しい友人でもあるガブラス・ミラード伯爵。
「グラン、早く座りなさい」
「失礼しました、陛下」
シーザー・K・クライジェント。カィニー騎士国国王として上座のソファに腰を落ち着けている。
身が痺れる威厳はグランも誇りに思う。あの人類王の血筋を思わせるもで、自分にも同じ血が流れているかと思えば陶酔するほどの栄光である。
「グランの期待には沿わなかったらしいな。ベルはどう感じた。当主となって暫く経つが、お前の洞察眼ではどう見えた」
「私は……私もバッハさんの言うような少年とは思えませんでした。多少は武芸が出来るのでしょう。けれど他は一般的な少年でしたね」
そう締め括ったベルを静かに失望する。バッハとモルツはグランとベルの評価を大きく下げた。ジェイクが才覚を隠していたとしても、異常さは所々に見られる。それを見抜けなかったのだ。
「と、言っているが?」
「殿下とサマー子爵は若いからでしょう。陛下は確実にお気に召します。それだけ明白なものです。ライドクロスを倒したという報告は私も耳を疑いましたが、彼ならそれも可能に出来るかもしれない。是非とも襲撃現場を共にした騎士に、話をさせてみてはいかがでしょう」
未熟と言われたグランとベルは眉根を寄せる。バッハでなければ売り言葉に買い言葉で口を開いたに違いない。
「驚きだ。バッハにそこまで言わせるとはな……」
「彼が望むなら王城や学校の宝物庫を見せてやりたいのですが、許可をいただきたい」
騒然となる。バッハがジェイクに特別待遇をしていることは周知の事実だ。だがこの発言には気は確かなのかと問わずにはいられない。
「……会って決める。ここでは却下とする」
「分かりました」
目を剥いたシーザーだったが拒絶はしなかった。ウィンター兄弟の贔屓にするジェイク・レインに、より一層の関心が生まれた。
「ここまで連行して白黒つければよかったですね」
「彼の異才を見抜けていればその必要はなかった。帰って妹の話でも聞いてみろ。私の落胆も腑に落ちるだろう。お前という才能の底が見えたな」
「……」
冗談にも容赦なし。ベルへの失望を隠しもしないバッハ。ジェイクがどれだけ分かりやすく特別だと考えているかを知らしめる。
「……本題に入ろうか。久しぶりに集まったんだし、難しい話題を片付けてしまおう」
「ミラード伯の言う通りだな。子供の話など興味もない」
温厚なガブラス・ミラード伯爵が切り出すとライアン・スプリング侯爵がすかさず同意。権力にしか執着しないスプリング侯爵らしく話題に不満を抱いているようだ。
「物の言い方に棘があるがそうしましょう」
最高齢の七十歳。ミント・オータム侯爵が年長らしくミラード伯爵に進行役を譲った。いつもはオータム侯爵が声を上げるが世代交代と言いたげに任せたようだった。
「今日話し合いたいのは、お知らせした通りエリゴール討伐作戦会議のことですね」
オータム侯爵との打ち合わせ通りにミラード伯爵が切り出す。
「第一回の会議は聖国で開催と決まりました。誰が行きましょう」
「殿下は決定、でしたか?」
「そう……ですね。殿下は参加したいのだとご意志を伺っています。陛下も構わないと仰られていますし、あと一人か二人は参加して、こちらが本気であると示しましょう」
確認の意味で問うたモルツにも説明口調で返答される。グラン王子に目線を向け、首肯を返されると断言して繋げた。
「今回で担当者が決まると思っていい。エリゴールを倒す気概のある者が手を挙げよ」
声で重く圧迫するシーザーはエリゴールが邪魔で仕方ない。合同演習事件で厳重抗議中のスリープ伯爵と並ぶほどに。だからこそ志気の高い者。意欲旺盛な者に任せようという発言だった。
「では私が王子と向かいましょう」
まず手を挙げたのはベル・サマー。一人目は全員の推察通りだった。自分の紅蓮技をこよなく愛して戦場をゆく貴公子。手柄にも貪欲なベルは確実に手を挙げる。予想の通りとなった。
「ウィンター家から出す」
「スプリング家が任された」
ここで声が重なる。バッハとライアンが睨み合う。これまでも何度もぶつかってきた二人がまた意見を違える。
また小競り合いが始まり、ミラード伯爵が仲裁役に悪戦苦闘する様が思い浮かんだ。
しかし、その展開は煩わしいとばかりに、シーザー王が即座に発言する。
「私が決める。ウィンター家からはジークロートが〈八頭目〉なる組織関連を担当している。ゆえに今回はスプリング家に任命する」
「お任せください」
ニヤけながら頭を下げるライアンをバッハは冷たく見下ろす。対抗心は建国当初からだ。ウィンター家と同じように使用人序列まで作り、領主代行まで似せている。目の敵にされるものの相手にはしていないが、目障りになりつつあるのだ。
「バッハ君」
「ガブラス、何の用だ」
会議を終えて早々に席を外したバッハを追って、よく見知る眼鏡の男が後を追って来た。ガブラス・ミラードだ。
「何の用だとは連れないな。モルツ君も領地へ帰らなければと言って去ったし、久しぶりに昔馴染みと雑談でも思っただけさ」
「悪いが、今日のところは急いでいる。侯爵にでも付き合ってもらえ」
「お、例の少年かい? 今度、僕も会いに行こうかな」
「その内な」
関心を示すミラード伯爵へと後ろ手を振り、バッハは屋敷へと急いだ。
「ジェイク君は帰ったのか?」
「ええ、庭にいらっしゃいます」
バッハは帰宅するなりサマンサへと訊ねる。聖国が獲得に動き始めたと情報を得た以上は急がなければ。
「……? なにか?」
ジェイクがサマンサを気に入るような発言をしていたと聞く。ならばサマンサを遣わすのも手だ。妻と言っても特に思い入れはない。強い分シャンティを気に入ってはいるが、女は女だ。
「……ジェイク君に体を求められたら上手くものにしろ」
「あ、あなたっ、なにを言うのですか! 私なんて相手にされる歳ではありません!」
相手にされるかどうかを考えるところを見るとサマンサにもその気がある。通常ならば妻が夫以外の男を相手にするという不義を責めるだろう。
「機会があればだ。ジェイク君はお前達が思う以上に特別な存在だ。機会があったなら確実に骨抜きにしろ」
冗談ではなくて真面目な話だった。バッハはどうしてもジェイクが欲しい。一生に一度の願いがあれば確実にここで使う。そう言える。
「……」
「ああ……日光が傷に染みるぜ。アイムファインセンキュー!」
庭に出ると下着姿で日光浴するジェイクがいる。椅子に寝そべり柑橘系の果汁を飲んでいた。ライドクロスからの怪我は重傷と聞いていたが、治療系の武芸者を雇ったのか殆ど治りかけている。
「ジェイク君」
「今日は早いんですね。お貴族様も大変だあ」
扇で仰いでいたクーガーを下がらせて声をかける。気配を察していたジェイクは眠たげな顔を向けた。
「ライドクロスを追い払ったそうだな。報告した騎士達が興奮していた。ジェイク・レインは不死身なのだと」
「死にかけでハッタリかましただけですけどね。丁度公国に治療のできる人がいたんで助かりました」
「腕のいい者がいて幸運だったな。うちでゆっくり養生しなさい」
「本当は今日帰ろうと思ってたんです。なのに学生がトレーニングを見てくれだの煩いのなんのって……ほら、俺って人気者でしょう?」
「間違いない」
クーガーが持ってきた椅子に腰掛ける。ジェイクらしく自分を指差して自慢する様に笑い顔を見せて。
「……聖国から女が送られたらしいな」
「恋人いるっていうのに面倒ですよ。ま、愛人くらいなら許容範囲です」
「では私からはカティアとサマンサを用意しよう。欲しいなら他の女も使用人もつける。好きに選ぶんだ」
「ぶっ飛んでるぅ。この人もぶっ飛んでる! ふっふぅ!」
愛人を持つ気があるなら好都合だと並べて選ばせる。使用人にも美人は揃っている。ジェイクを知れば惚れる。拒まれる心配はしていない。
「君を他に渡すつもりはない。ウィンター家は君をどこよりも買っている」
「……忘れてません? 俺は酪農家になるんですよ?」
「覚えている。だとしてもだよ。他に入り用なものは?」
「なぁんにも。押し花がしたいから分厚い本がほしいくらいかな」
「はっは。用意させよう」
控えていたクーガーに視線を向ける。本と共に、夕食時には美人どころを並ばせるように。クーガーならこの程度の意は容易に汲み取れるだろう。
「……恋人はどこの国のものなんだ?」
「旅人ですね。各地で武芸者をしながら名所を観て回ってるらしいんで、どこの国とかはなさそうです。気が向いた時に会うのが俺と合ってるでしょ?」
「……そうは思わないが、どこの国家にも属していないなら問題ないな」
別れたのは一ヶ月前。なのに話題は次から次へと出てくる。今もまた脚を組み替え、例の男について訊ねてみる。
「ガスコインに会うつもりは?」
「ないっす。それにあいつから有益な情報が引き出せると思いません。内情を知っていたとしてもね。大戦経験者はそういうところも厄介」
「……同感だ。妙な怖さもある。脱獄する前に殺してしまった方がいいかもしれん」
「どうですかね。俺なら生かしておきます。その組織が消しに向かうかもしれない。それにガスコインは悪質ですけど、裏だけで悪さするタイプじゃなさそうです。脱獄しても今度は見つけられる」
「腕の立つ看守を増やすか……」
四大貴族との会議よりも有意義な時間を過ごせる。女の話。武勇の話。政治の話。マナ・アーツの話に実家の話。親兄弟でさえここまで長く話していた記憶はない。
「長く話してしまったな。私は執務を終わらせよう。ジェイク君はどうする」
「そんじゃあ俺も午後の鍛錬をしますかね」
「そのままか?」
「このまま。洗濯物が増えるでしょ? ここは実家と違って虫に刺されない。だからこのまま」
「洗い物なら気にするな。カティアがまた付き纏うだろうから服は着た方がいいかもしれん」
愉快な性格だ。それに鍛錬にも励んでいるらしい。聞いた話では【大鐘音開】や、人類王が多用したあの【偽弾】まで使えるという。一年後にはどこまで強くなっているのか想像もつかない。
「今頃はあの若造も慌てているだろうな……」
執務室に戻る道すがら、バッハは未熟者を思った。
♤
ベルはアリア本人から合同演習であった出来事を聞いた。始まりはオーク襲撃。それから始まった《山界》と《孤狼》の戦い。ジェイクが現れて作戦を提示した事も。
「それから私達に檄を飛ばしたの」
アリアの話ではオークとの戦闘もジェイクが指揮をとったのだと。
「それで――」
「ライドクロスが現れたと」
当主の書斎で聞く話は事件の表情をまるで変えていた。王子と同印象だった面持ちがまるで変わる。
「ライドクロスは聞いていた以上に強かった。まだ鍛え始めたばかりだというのが信じらんないくらい」
顔付きを曇らせるアリアは今も怯えている。ライドクロスという怪物として生まれた男に恐怖を刻まれている。
「ヒューゴ隊長もエスメラルダ隊長も相手にならなかった。ジェイクが剣を奪ってもまだ強かった。総攻撃してもホントに歯が立たなかったの」
反比例するようにジェイクを褒める。
「でもジェイクは真正面から殴り返して、ライドクロスを逃げ帰らせたの」
双剣をライドクロスから奪ったのはジェイク。【牛漢波】からアリアを護ったのもジェイク。倒れてから起き上がり、重傷のままライドクロスを倒したのもジェイク。内容は騎士達から聞いたものと同じだったが、それはそのまま真実であったと知る。
「……」
まさか事実とは思うまい。おそらくはバッハとモルツ以外はそう思っただろう。
「……信じられないな」
「そう言われても事実だし。多分あいつは兄さんより強いよ?」
頭を抱える。ライドクロスは自分より強い可能性もある。鍛錬すれば確実に超えられるだろうと以前から憂慮していた。
「バッハさんが落胆するわけだ。彼は次代の《ノアの方舟》になれるのかもね」
そこでベルにある思惑が浮かぶ。バッハの反感を買うだろうが、サマー子爵家として決断する。
「アリアとラヴィントン君には悪いけど、アリアにはジェイク・レインを婿に取ってもらおうかな。もう少し彼を見守って正式に話に出すけど、カティアちゃんに負けないよう積極的に交流しておくんだ」
「はっ? 嫌なんだけどっ」
「拒否は無しだ。騎士国を繁栄させる為に尽力してもらう」
妹の容姿ならカティアに勝るとも劣らない。贔屓目に見ても成功する見込みは十分にある。




