76話、謎のマスクマン
三頭公国東南部。マリオ・グッセル子爵は旅の疲れを癒していた。ナイトプールで全裸の女を遊ばせて自分はプールサイドで酒を飲む。小太りで太い眉毛以外に特徴のない顔をしてワインを飲む。
「なに!? 部隊が戻ってこないだと!?」
グッセル子爵は自分に機動力があると言って憚らない。機動力を活かした拳で執事を殴った。
「ぐ――!?」
殴られた執事が軌道を変えてプール内の女へ飛び込んだ。溺れたフリをして女を触りまくる執事。グッセルは女達へ執事への執拗な暴行を許可してから屋敷内へ戻った。
「執事番号二番。詳しく報告しろ」
「はい。スリープ伯爵の頼みを受けて貸し出した部隊は行方知らず。連絡も取れなくなりました。ただライドクロスは伯爵領へ帰還したようです」
「ならば作戦自体は成功したのだな?」
「それが標的の部隊はそれぞれ生還したようなのです」
「なにっ!?」
作戦は失敗。それが意味するのは帝国部隊が壊滅した可能性があるという事。
無理に理由をこじつけて連れた部隊だ。仮に騎士国と問題を起こしたとなれば、厳しい処罰が下されるだろう。
「ちぃ……スリープ伯爵はなんと?」
「補償をとの連絡がありました。エルフが追加で送られてきました」
「ならば皇帝陛下も説得できるだろう。帝国でもエルフの需要は高まっている」
三度目のエルフ購入。皇帝も黙認している。それどころか部隊を貸し出したことからも期待されているのは明白。顔に泥を塗るわけにはいかない。
「……私はもう寝る。女どもに酒を運ばせろ」
「わかりました」
「あのサキンとララ以外は好きにしろ。壊してもかまわん」
「かしこまりました!」
お気に入りの女以外は入れ替え時。グッセルは執事に飴を与えて自室へ。淡く照らすキャンドルと香油が薫る室内は、ロマンチストな子爵の拘りが詰まっている。
「違法な香油だな。興奮作用がある」
「……誰だ」
背後に現れた声にも冷静に対応する。グッセルは特徴のない顔をしていても武芸者だ。内から鍵をかける少年だが逃げ場を失ったのはあちらだった。
「人身売買に違法薬物に性犯罪に殺人か。フーガの野郎もやりたい放題だな」
「……! 貴様ッ、陛下を呼び捨てとは何事だ!」
「知らん。あの馬鹿は後から送ってやる」
後ろからトンと背中を押されたようだった。振り返って見上げれば、そこには執事風な悪魔の異形が。
「……」
背後から心臓に突き立てられたナイフが引き抜かれる。グッセルは倒れ、流れ出る血が床を汚す。
「【悪霊の炎】よ」
その死体を焼いて新たな悪霊が生まれる。特に特徴のない狐目の悪霊だ。機動力は……無い。
「……まあいい。どうせ使うこともない」
♤
エルフ達は絶望感で憔悴していた。大森林から捕獲されてずっと檻の中。七、八人でまとめて入れられているのがせめての希望。身を寄せ合って更なる地獄を待つ日々だ。
「一矢報いて死のう。奴隷などに身を堕としてはならない」
「その通りよ。私達はエルフなんだから……」
誇り高い歴史を持つエルフ族。これまでも隙をついて人間を道連れにしたエルフは多い。自分達も続く。その決意を固めていた。
「あいつらの首に噛み付いてやる……」
「……とくにあの眉毛が毛虫みたいな人間」
エルフ達は人間を激しく憎悪していた。森へ侵略した公国のみならず、人間という種族を蔑視する。敵視する。
「まあ待てよ」
「……! 誰っ!?」
「静かにしろ。今しか時間がない。手短に終わらせる」
現れたのは玩具らしい骸骨の仮面を被った、人間の少年らしき人物。四つの檻がある地下牢屋へと突然に現れる。
「人間……!」
「は? 俺は人間じゃないけど?」
「え、あ……そうなの」
少年は話の肝要な点から説明を始めた。
「あんたらが脱出できる方法がある。まず手錠と馬車の牢の開け方。これは教えるから朝までに練習しろ。全員かもしくは必ず半数はできるようになっておけ」
ポケットから針金を取り出して、一つの牢につき二本を渡した。少年は手を差し込んでエルフの一人を呼ぶ。
「来い。やり方を見せる」
「……」
「今は上で騒ぎが起きてる。時間がないから早く来い」
男性のエルフは疑いながらも手枷を差し出した。
すると少年は一秒もかかることなく手枷を外してしまう。鍵穴に針金を入れて回しただけに見えていた。
「そんな……」
「これは適当にやっても外れる。問題は馬車牢と開けるタイミングだ」
馬車牢の鍵は同様に針金で開けられる。開けられなくてもマナ・アーツや魔術を封じる手枷がなければ強硬手段も取れる。
「公国北東部からラーゼェアン大森林北部にかけて流れる川があるだろ」
「……ドッテル運河だな」
「そこから里に帰んな。自分達でな。丸太とか縄は用意しておいてやる。河が見えたら脱出して筏でも作るんだ」
「……とてもではないが信用できない」
「だったら奴隷として売られるだけだ。俺はチャンスをくれてやった」
少年は普通ではない。この場所に現れただけでも分かる。だがエルフを助ける理由があるとも思えない。
「人通りの少ない場所で逃げろ。河を渡る橋までには逃げて、南側に生い茂る森の岸に沿って河を下れ。そこに丸太を用意しておく……あ、針金は必ず持って逃げろ。証拠は残すなよ」
「……き、君は何者なの?」
「俺? 俺はただの裸の王様だよ。なんにも持ってない国無しのな」
少年が去る。脱出を手助けするだけして。
「名前っ、名前を教えて! エルフは必ず受けた恩を返すわ!」
「そうだ。名前はなんという」
必死な願いに少年は立ち止まる。逡巡する数秒が経過して振り返って答えた。
「じゃあ、スカルタンXってことで。顔を出せる時がきたらよろしくぅ」
少年の言う通りに、朝まで鍵抜けを練習。翌朝には予言されたように早朝から出発した。
どうしてなのかこれまでと異なり、寄り道もせず移動していく。馬車牢の隙間から河が見えてもじっと我慢した。
やがて人の気配がなくなってから脱出。河沿いには本当に丸太の山があった。紐や斧、弓矢までが用意されていた。
無事に脱出して帰還したエルフ達は口々に話す。エルフを救った少年は天使なのではと噂されるに至る。救済に現れた謎の少年、果たして真実や如何に……。




