表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

74/133

74話、覆し続けた者

 火炎が上げた煙の中から少年が飛び出した。誰もが怯えるライドクロスと真っ向から目を合わせて接敵する。


「殺しは(たの)しいか、ガキ」


 血だらけの少年に、万夫不当の怪物が(おのの)く。目から伝わる力強さに心が怯む。

 《烏天狗》に感じた恐怖とも違う、致命的な危機感が胸中に暗雲を生んだ。(すき)を見せた瞬間に少年は頭を掴んだ。髪を握り、首の後ろを掴んで鼻に頭突きをぶつける。


「痛えッ!?」

「――」


 鼻から出た血なのか、ジェイクの流す血なのかも分からない紅い液体が舞う。

 効いているのか不明だが、ジェイクはお構いなしに続けて蹴った。回し蹴りが蹴り込まれた脇腹から鈍い音が鳴る。


「……! 効かんっ!」

「――」


 鼻を抑えたまま殴り付けるライドクロス。突き出された拳はジェイクに触れずに腹部への衝撃となって返される。


「オラっ!」


 ライドクロスの腹部を二度。もう一度殴り上げる。重く鋭く、刺し貫くように肉を打つ。


「ぬうう……!」

「おい、効かないんじゃなかったのか?」


 初めてライドクロスが下がった。しかもこんな小さな少年から。鼻から血を流して腹を抑え、堪らず下がらされる。


「……」

「……」


 騎士隊は言葉もなく、一部始終を見ていた。ライドクロスと正面から殴り合うジェイクを、呆然と見つめていた。


「俺は鉄柱! 効かんったら効かん!」

「――」


 硬直を破り飛び出したのはライドクロスだった。大振りの拳は天性の素質を遺憾なく発揮して、風を巻き起こす。 だがジェイクはその拳を――踏んで止める。


「ノウっ!?」

「オラァ!」


 そのまま跳躍。爪先でライドクロスの(あご)を蹴る。筋肉や骨が異常発達していても、先ほどと同じく内臓や脳へのダメージは避けられない。脳を揺らされて視界が乱れる。


「――!」

「グアアっ!」


 僅かに揺れる視界は未経験だった。パニックになったライドクロスは適当に腕を振る。それは蹴り足を上げた矢先のジェイクに――触れてしまう。


「……!」


 丸太のような腕を食らった上腕の辺りからジェイクが吹き飛ぶ。

 終わったと誰もが息を呑んだ。だが効いていないのか、ジェイクはすぐに立ち上がって飛び出した。しかも――笑っている。


「なんだこいつ!」

「――」


 また至近距離で巨漢と戦う。不死身を思わせる不撓不屈(ふとうふくつ)の少年。喧嘩のような殴り合いで、あのライドクロスに押し勝っている。


「……!」


 試合う姿に凄みが増していく。さらに加速していく。殴る姿が様になり、蹴る姿が自然になる。真正面から押し返すその背中が、大きくなっていく。


「ぐぬ……! ぬぁにぃぃ!?」

「ライドクロス様はこんな子供も殺せないのか?」


 またライドクロスを下がらせたジェイクが、構える。右拳はゆとりを持ちつつ顔の横。左拳は下気味に。脱力しながらも下半身には力を残す。


「うぐっ!? ……だらっしゃーッ!」


 プライドが許さなかった。危険と無意識に察している。だが気づくと真っ直ぐに蹴っていた。


「――」


 ジェイクは前蹴りを避けてライドクロスの残った膝裏を蹴る。ライドクロスは重い上半身を支えきれず転倒。無防備な腹へ、ジェイクは渾身の突きを下ろした。


「――ぐおう!?」


 強烈な痛みが電撃となって脳へと走る。打撃による痛みとは違う。体内から聞こえた嫌な音から、腹部に鈍い激痛がし始める。


「折れたな」

「……!」


 初めの【神足通系第七等技・大鐘音開(だいしょうおんかい)】から今に至る打撃の大部分は、ライドクロスの左脇腹に集中していた。蓄積されたダメージに分厚いライドクロスの肋骨(ろっこつ)も限界を迎える。


「鉄柱だろうが壊す方法はある。ましてやお前は人間だ」

「俺が、人間……?」

「ああ。だったら殺す方法なんていくらでもある――!」


 力強い笑みを浮かべるジェイク。飛び込んで左拳を顔面に。


「……! ゴハッ――!?」


 手で顔を(かば)うが感触はない。代わりに――左脇腹に蹴りが。


「……っ!」

「折れた骨が内臓に刺さったらお前だって死ぬ」

「……」


 尋常ならざる凄みを見せるジェイクと言葉にならない痛みに、ライドクロスの汗は止まらない。初めて死の予感を感じる激痛に、心は(くじ)かれつつある。

 本人も騎士達も、それを明確に感じていた。


「おい」

「……!」

「殺される側の気持ちはどうだ、ええ?」


 笑うジェイクが――飛び出した。ライドクロスはとうとう自覚する。自分が殺されようとしていることを。


「――」


 ジェイクの右拳が迫る。


「――アアアアアアアっ!!」

「……っ!?」


 マナの爆発。ライドクロスが巻き起こしたマナの嵐にジェイクが跳ね返される。

 まだ精神を挫けないのかと、騎士達が息を呑んだ。


「ナッハハァン!? イヤアアアアーっ!」


 しかし反転したライドクロスは走り去った。奇声なのか泣き声なのか大声を上げて逃げ帰っていく。来た時と同様に騒がしく去っていったライドクロス。土煙を上げるその姿はすぐに見えなくなり、不思議な沈黙が訪れる。


「……お〜い」

「は、はいっ!」

「勝ったぞ。まずは怪我人の応急処置。んっ」


 (あご)で行動開始を指示したジェイクは、近くの騎士に告げると近くの壁まで歩いて向かった。倒れるように壁に背を預けて一呼吸。ズレ落ちるように座り、目を閉じて気絶したように眠り始める。


「……わ、我等の勝利だ! 怪我人の手当てを始めよう!」

「周囲にも警戒しろっ! まだ仲間がいる可能性が高い!」


 あの怪人ライドクロスを追い返してしまった。偉業を遂げたジェイクに報いるべく、騎士部隊は跳ねるように動き始める。


「隊長っ、隊長!」

「……っ。く……ど、どうなったの?」


 部下により目を覚ましたエスメラルダ。重い頭を起こして戦況を訊ねる。


「彼がやりました。ライドクロスに勝ちました!」

「勝った……?」


 耳を疑う報告だった。部下は畏敬の眼差しを……少し先で眠るジェイクに向けている。彼だけではない。よく見れば全員が全員、ジェイクに敬意を持って行動しているように見受けられた。


「か、勝ったの……? 彼が……あのライドクロスに」


 謎の少年がライドクロスに勝利した。公国はこれを認めず騎士国のみで噂が広まる。

 だが彼女と複数人の騎士だけは、真実としてこれを撤回しなかったという。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ