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73話、王はまた戦場に立つ


「……」

「ジェイク! 寝るな! 起きているんだ!」


 再び目を開けたジェイク。今寝たら死んでしまう。途切れることなく呼びかけ続ける。


「……! そんなの、起きなくていいから!」


 アリアの制止は届かないのか、ジェイクはフラフラしながらも上半身を起こした。咄嗟に周りも止めるが、強い意思で起き上がろうとしてしまう。

 仕方なく背を支え、やっと起きる。次に呼吸を阻む鼻血を噴いて飛ばした。


「まだ寝てなきゃ……!」

「……うるせぇな」


 心配した自分に返されたのではないとアリアはすぐに分かった。

 ジェイクは呟いてすぐに鼻血を拭って立ち上がる。補助されてやっと。それから肩越しに山脈方面へ振り向いて言う。


「お前らは暴れるしか能がないのかよ、おい……」


 万人一切を平伏させる威光が、その眼光から発せられる。突如として襲った鮮烈な畏怖に、その姿を見た者等が震え上がる。人として備わる本能が屈する。

 そして、変化は直後に現れた。


 ♤


 棺桶を手に空から落ちるブライアン。口元には余裕が。目には高まる高揚感が。久しぶりの喧嘩相手に、伝説の一人は歓喜していた。


「快晴に相応しい爽快感だ! さあ、もうひと暴れと行くか!」


 棺桶に乗り波を行くように滑空する。蓋は再び開かれた。内部の暗闇に赤い目が無数に現れるが、これまでとは別次元の威圧感を放っている。大地を丸々食い尽くすつもりだ。


「……」


 見上げるアグンも大槌を一層強く握る。大自然への冒涜に対して、大地の怒りをぶつけるために。久しぶりの戦場で鈍った腕を叩き直す。《孤狼》を相手に、より磨きをかけるつもりで。


「パーティーだ!」

「……」


 地獄から狼が湧き出し、大地の憤怒が巻き起こる。


「……!」

「……!」


 だが、二人同時に凍り付く。虫の知らせとしか言えない。無意識に棺桶の蓋を閉じていた。大槌は地面すれすれで止まっていた。

 今の一瞬で、二人は戦意すら完全に失していた。


「とっ……!」

「……」


 ハットを抑えながら岩に降り立ったブライアン。体を起こしたアグンも対峙する。


「……まるで陛下を怒らせた時みたいだったな」

「……」

「あの頃を思い出したよ」


 (そで)(めく)り……腕に立つ鳥肌を見る。お互いに、唯一自分達を叱りつけていた存在を想起する。亡き今でも畏敬の念と同時に畏怖する彼を。


「どうだい、アグンさんは」

「……」


 アグンは……振り返った。山脈へ向けて歩み出す。すでに戦うつもりがないのは明らか。平時の温かみある背中が物語っている。


「そうだな。これ以上続けたら流石(さすが)の陛下も怒るよな」

「……」

「いい気晴らしにもなった。次はあんたの好きな山の幸でも持って挨拶(あいさつ)に行く。楽しみにな」


 あの頃と同じ広い青空を見上げて、二人は決まりよく別れていった。


 ♤


 天変地異が終わる。ジェイクが振り向いたからではないだろうが、その瞬間に物音がしなくなる。


「……さっさと終わらせて帰ろうな」


 少年少女の頭や肩に手を置いて優しく言う。命じるようであったが一転。まるで祖父にされるような慈愛を感じる優しい声で言う。


「……き、君は無理だ! 休まなきゃ!」

「しっかり休んだから大丈夫だ。寝ぼけてた頭も冴えてきた」


 頭から血を流している。口からも。全身が傷だらけ。手や動きから伝わる弱々しさは見ていられない。誰が見ても死にかけている。


「殺されたやつらは苦しむこともできねぇ。やり返すこともな。だったら俺がやってやらなきゃならん」


 その一歩目に目を疑う。まるで人が変わったようだった。力強く山のように揺るぎない。火の如く燃える闘争心で戦場をゆく。まったく別人の歩みだ。


「まだまだこの世には殺人鬼が溢れてやがる……」


 少年の背中が大きく見える。とてもとても大きく。見ていると吸い寄せられるように足が前に出そうになる。彼に憧れて止まない。敬意を持って止まない。

 呼び止める者はもういない。


 前線は戦力に貧窮していた。


「グウゥ……!」


 怪物の裏拳が(かす)めたヒューゴは、堪らず肩を押さえる。身が引きちぎられたかと錯覚していた。先程も顔を掠めた打撃で目元と頬骨は腫れ上がっている。視界が悪く被弾が増えていた。


「ええい! 目隠し上手め!」


 騎士達はよくやっている。マナ・アーツを間に挟み果敢(かかん)に攻める。巌土技で足元を崩して冰麗技や紅蓮技で視界を覆って。自発的にライドクロスを鈍らせている。


「【疾風技五式・螺旋風美(らせんふうび)】っ!」


 注意が外野へ逸れた。ここだとエスメラルダが飛び出した。槍は螺旋を描く気流を(まと)う。人体なら抉るように突き進む危険な技。使い手によれば岩をも穿(うが)つ。


「目隠し上手は貴様かぁー!」

「ナ……!?」


 イライラするライドクロスが振り向いて槍を掴んでしまう。風に刻まれて手から血が噴き出る。

 だがライドクロスはイライラしているので、何ら構わずエスメラルダを蹴った。


「ガハっ――!?」

「隊長っ!」


 先程のジェイクを思わせる転がり方。戦闘不能なのは明白だ。


「ぎろり……」

「……!」


 次に狙うのは当然ヒューゴ。


「食らえこれが目隠し上手っ!」

「……!? ぐお――!?」


 手から流れる血をぶつけて視界を奪い、ガード上から殴って飛ばす。ヒューゴも壁に衝突し……ぴくりとも動かない。


「く、くそぉーっ!」

「はあ……やっと帰れる。エルフの女ゲットだぜ!」


 苦し紛れのマナ・アーツを浴びるライドクロスは一息ついた。一際厄介だった妙な子供は自滅。ちょこまかとしていた二人も倒した。あとは虫を叩いて動いているものがいなくなれば、エルフが配達される。


「……さてとさてと」


 振り返り、紅蓮技が上げる煙が晴れるのを待つ。


「――殺しは(たの)しいか、ガキ」


 煙を割って眼前に現れた子供の目付きに、ライドクロスの全身に冷たい戦慄が走る。


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