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72話、死の淵で蘇る感覚

 これまで無視していたマナ・アーツも、油に引火したなら話は変わる。紅蓮技を扱える若手騎士達が一切放火。様々な紅蓮技がライドクロスを襲う。

 当然、火の粉でも油に触れれば燃え上がる。


「熱ぅいっ! 熱熱熱熱熱熱熱ッ!」


 武器を手から離して悶絶するライドクロス。地面を転がっても粘り着く油に着火した炎は消えない。煙を上げて皮膚から肉まで焼いていく。


「だああああ!!」


 両手が燃えるライドクロスは水辺を探した。するといいところに井戸を見つける。幸いにも大きな井戸で迷わず飛び込んだ。


「今のうちに奴の武器を隠しておきな。どうせ軽い火傷した程度で上がってくる」

「だろうな……」

「あんたも学生の鋼器に替えておけば?」

「そうしよう。ジェイクはどうする」

「俺のはまだ大丈夫だ」


 束の間の休み。疲弊する騎士隊は武器を取り上げても敗色濃厚なのではないかと、顔色を悪くしていた。

 だが備えなければ勝機はない。ヒューゴは騎士や学生と鋼器を取り替えて予備も受け取る。エスメラルダも同様に。


「……来るぞ」

「ダッシャラァ!」


 井戸から飛び上がったライドクロスが再び降り立つ。活力も生命力も(みなぎ)っていて、武器を奪ったという大きな成果も喜べない。

 反してライドクロスは火傷をした両手の激痛に涙目を浮かべて殺意を増幅させる。


「痛え……痛えぞぉ。もう許さん! 決めた! 皆殺しだぁー!」

「最初からそうだっただろうが」

「皆殺しなんだぁー!」


 血走る目で周囲を恐怖に叩き落とす。ライドクロスはまずジェイクに狙いを定めた。

 皆殺しをする上で優先される最適な標的を本能で選び出す。


「ブルォウっ!」

「――オラっ!」


 突かれた拳は速いが読みやすい。リーチのある剣と違って避けるのは造作もない。横にズレた直後に斧を腹に打ち付ける。


「我、大木に非らず……」


 肌を切り薄く血が滲むだけ。ライドクロスは徹頭徹尾(てっとうてっぴ)一貫して化け物だった。


「鉄柱なりぃー! 鉄柱からの投石なりぃー!」


 足元の石を拾い標的を変えて投げた。矢の速度を越えて迫るも動作を見ていたエスメラルダは横に飛んで避ける。

 だが不幸にも石はその先にいた学生に当たる。その頭部が――抉られる。


「……き、キャぁぁッ!?」

「強くなってないかっ!? か、かてない! 勝てるわけがないよ!」


 潜在能力の化け物は剣を失っても不自由なく命を奪う。飛びかかるジェイクの攻撃も虚しい。ジェイクだけではなくエスメラルダ達も疲労困憊だ。


「せいっ!」

「鉄柱なりぃ!」


 剣を平然と腕で受け止める。鉄柱であると主張すれば自己暗示にでもなっているのか、金属音まで幻聴し始めた。


「ハアーっ!」

「生きて帰るのだ!」


 疲弊間近のエスメラルダも負けじと攻める。距離の有利があるからにはまだまだ諦められない。

 なにより母国に裏切られた怒りが彼女を駆り立てていた。ヒューゴもだ。殺された副隊長は結婚したばかりだった。無念を思うと剣には強い殺気が宿る。


「オラァ!」

「俺は鉄柱!」


 飛びかかるジェイクの斧を額で受け止める。得られるのはやはり金属音だけ。異様としかいえなかった。オーク相手に快進撃を見せた三人を相手に、ライドクロスは素手で圧巻の躍動を見せる。


「……う、うわぁぁ!?」


 逃亡者が出る。


「なにやつっ! 逃がさんぞ!」


 ライドクロスは習いたてのマナ・アーツを披露したくなる。欲求は即行動が彼の原則だ。


「くそっ!」


 ジェイクは逃亡者方面へ駆け出した。止めるためでも助かるためでもない。道中にいる女学生を救うのが関の山だった。


「練習の成果が初めて人の目に! 【神足通系第三等技・牛漢波(ぎゅうかんば)】――!」

「危ねぇ!」


 猛牛の迫力に腰を抜かしたアリアを突き飛ばす。


「キャ……!?」

「っ、うお――!?」


 振り向いたそこにはライドクロスが。曲げた両腕を前方に(かざ)して闘牛を(かたど)ったマナを出現させていた。

 そして道中を()き潰す。


「オオッ――!」


 回避には遅すぎる。腕を取って止めようと地面を踏ん張る。

 だが止まらない。ジェイクの体重は四十八キロ。対してライドクロスは百七十キロ越え。体重だけ見ても止まるはずがない。


「ぐああ――!?」


 長く感じた時間も側から見れば一秒足らず。受け止める姿勢を取っていたジェイクが――ライドクロスに轢かれる。


「ジェイクッ!!」


 下に巻き込まれるようだった。二度も踏み付けられて儚く転がる。砂塵の中で止まり、ぐったりとして動かない。言葉にならない不吉な脱力感を感じる。すべて砕かれたのだろうか。骨がなくなった軟体のようにさえ感じる。


「ぎゃあ――!?」


 逃亡者が空高く打ち上げられた。血を振り撒いて。上手く着地できるとは思えない。死は確実だろう。


「ジェイクっ!」


 逃亡者に構わずヒューゴはジェイクに駆け寄り、仰向けにする。


「……っ!」


 頭や口元から血が流れて閉じかけの目は(うつろ)。微かに呼吸はあるが、容体は悪く見える。


「くっ……君達はジェイクを診てやるんだ。呼びかけてやってくれ」

「は、はい……」


 学生達や新人に後を任せる。ヒューゴは背後の騎士達に問いかけた。騎士国公国問わず。


「不甲斐なくは思わないかっ?」


 エスメラルダも同感だと頷く。


「ジェイクに護られてばかりで不甲斐なくは思わないのか? それが騎士か! それでも騎士かっ!」


 それだけだった。ヒューゴはそれだけ叱咤(しった)を発してライドクロスへ。歩んでくる化け物に一人で向かっていく。

 エスメラルダは何も発しない。すべて代弁されたのだから黙って使命を果たすのみ。ヒューゴに並び怪物へ向かう。


「……!」

「行こう。全員で戦うんだ……!」


 南側のオークと戦う際には、全員が戦っていた。

 だが今はそうではない。まるで見物人のように遠巻きに見ていただけだ。こんな小さな少年に任せて。こんな様になるまで少年に任せて。


「……行くぞ」

「ああ……!」


 騎士国の騎士が背を叩き、公国の騎士と並んで走る。国境なき騎士達がライドクロスへ立ち向かう。


「ジェイクっ……」

「大丈夫か! しっかりするんだ!」


 両国の戦力外はやれることをやっていた。なんの反応もないジェイクへ呼びかけ続ける。蒼穹を仰いで身動きすることのないジェイク。握る手の指先にも力ひとつ入らない。


「騎士の皆さんが立ち上がった! 生きて帰れるぞ!」

「ここまで戦えたのはジェイクのおかげなんだ! 絶対に死ぬなよっ!」


 涙を流してジェイクへ呼びかける。ここまで戦い抜いたジェイクの死はあってはならない。誰もが同じ思いを抱いていた。


「……」


 一方でそのジェイクは――思い出していた。策略と感情渦巻く戦場。澄み渡る青空。荒れる大地。流れる血。満身創痍の体。口汚ない争いの怒号。《金毛の船団(アルゴノート)》や《ノアの方舟(ノアズアーク)》の馬鹿げた戦闘音。


「……」


 ジェイクが目を閉じる。力尽きたのかと必死な呼びかけは届かない。あの頃を思い出すジェイクは、回想の中にいた。人類王として駆け巡った戦場。絶体絶命の窮地。覆したいくつもの不可能。回想が目くるめく。描写一つ一つがジェイクの体に染み込んでいく。

 忘れかけていた記憶を辿って――ジェイクは人類王(あの頃)に近づく。



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