71話、次代の伝説、最悪の刺客
「ライドクロス様っ!?」
「アッハー! アッハァー!」
ライドクロスが鳴いている。双剣を手に楽しそうに笑っている。
時代を担う最高戦力が、突如としてオーク掃討後に現れた。
「ら、ライドクロス様! どうしてっ……」
「待てよ」
上官の登場に慌てて駆け寄ろうとするエスメラルダを、ジェイクが止める。ライドクロスから放たれる気質を見切っていたジェイクは、新たな危機を悟っていた。
「どうしたのよ……あれは公国の大将であるライドクロス様よ?」
「なんでここにいる」
「それは救援に……」
「おかしいよな? 俺らは助けなんて呼んでないんだから。そもそもあいつはどうして武器を下ろさない。事態が終息してんのは見ても明らかだろ」
「……」
「あいつは俺らを殺しに来たんだよ。部隊を壊滅させたがっていたのは公国だったってことだ」
「なっ!?」
ライドクロスはオークを相手にして生き残った場合の保険だった。
合同演習の部隊を壊滅させたがっていたのは、三頭の一つであるギルバート・スリープ伯爵。狙いはまだ分からないがライドクロスを動かせるのは彼のみ。
エスメラルダはジェイクに続いてすぐに、その非情な結論へと思い至った。
「あんたら、俺が時間を稼ぐから部下を下がらせて臨戦態勢を取るんだ」
「……ここまで来たら任せるが、無理はするなよ」
「おう」
危機を知って鼓動の早くなるヒューゴとエスメラルダが、ゆっくりと動き始める。これがいかに窮地であるかは言うまでもない。先程のオークなど比にならない苦難。
ジェイクもまた歩み出してライドクロスへ声をかけた。一難が去って更なる一難へと臨む。
「ライドクロスさま!」
「なんだぁー! ハッハァー!」
「よく来てくれました。焼きバナナでおもてなしします」
「うむ受け入れよう。それを持って近う寄れ」
「では血生臭い武器を置いてください。うちの若いのに丁重な保管をさせます」
「気を遣うでない」
「分かりました。では焼きバナナは私が食べます」
「だあう! それは寄越せ!」
ライドクロスとジェイクの心理戦。焼きバナナを食べた後に少年の首を刎ねたいライドクロス。
くれてやるつもりのない焼きバナナを餌に、双剣を置かせようとする……フリで時間を稼ぎたいジェイク。
「……美味い!」
「だらだら……」
「これに武器なんて無粋。武器なくて良かったー」
涎を垂らすライドクロスに焼きバナナを食って見せる。近づいて奪えばいいのだがライドクロスにその知能はない。近寄ってきた一人目を殺してから皆殺し、そう決めたならその通りにしか動けない。
「……ほら! 剣を放ってハイ平和! 近う寄れ!」
「今だ! かかれい!」
「しまったぁー!?」
ジェイクの放り投げた焼きバナナを手に罠にかかったことを知る。結果ライドクロスの異常さが際立ってしまう。
「ハアー!」
「……!」
両国屈指の実力を持つエスメラルダとヒューゴが左右から挟み討ち。他の騎士達も事態を知って臨戦態勢で取り囲んでいる。
「もぐもぐ!」
だが槍は皮から先に突き進まない。剣は脚の薄皮から先を斬っていかない。焼きバナナを食べるライドクロスは実に巫山戯た生物だった。
「アッハァー! たしかに美味い!」
「……」
「じゃあぶっ殺すぜ!」
マナが溢れる。ライドクロスのマナが可視化される。【幻炎】ではないのに隊長格の二人が押し返されてしまう。斧を腰から引き抜いたジェイクも強風に圧されている状態だ。
「く――!」
「やはり化け物かっ……!」
生物として特別な才能をもって生まれたライドクロス。素質は山向こうで戦う神話の戦士級という恐れすらある。
「舌なめずりだぜ……全員殺してまたエルフをもらうんだぁ」
稽古の合間に抱き殺したエルフの代わりが必要と、下半身の一部が聳り立つライドクロスは複数の意味で奮い立つ。
「だっしゃー!」
双剣を奪い去った騎士までひとっ飛び。男の首をへし折って双剣を手に戻す。それから剣と剣を繋ぐ鎖を持って回転。
「ダラダラダラダラダッシャーっ!」
大回転。二つの大きな刃が竜巻を起こしそうな速度で回転する。当然周りにいた人間は刃の餌食に。体を切り飛ばされて細切れになる。
「若いのは下がってろ! だけど離れるなよ! 壊滅前提なら、こいつだけを送ってきたとは思えないっ!」
それだけを大声で発して注意を促す。
すぐに駆け出したジェイクは回転する刃の渦へ飛び込んだ。走りは止めずに屈んで、跳んで、転がって避ける。刃の竜巻を避け切ったジェイクは、中心にいるライドクロスへ到達した。
「ダラっシャア!」
鎖を両手で引き込み、戻って来た双剣がジェイクを挟み討った。
「どらぁ!」
屈んで避けた直後に刃がかち合う。頭頂部の髪が微かに切れるも、その間にジェイクは【神足通系第七等技・大鐘音開】を左脇腹に打った。
「あだだだだだだだ」
内部で響く振動だがライドクロスは肩の凝りがほぐれていく。マッサージには感謝を。苦しませずに真っ二つに切ってあげる。
「そいっ――!」
「ぎゃあ!?」
想定よりも速い剣速に驚き、咄嗟に半身となって避ける。紙一重。目の前を通過した刃の風音がライドクロスの実力をジェイクに伝えていた。
「ジェイク! 一人で敵う相手ではない!」
ヒューゴを筆頭に加勢が続々とライドクロスへ。多くはマナ・アーツで遠くから援護。近接戦闘はジェイク、ヒューゴ、エスメラルダのみ。
「思ったよりやりおる! 嫌いなタイプ!」
それでもライドクロスは圧倒する。体格からも明らかな腕力。真面目に打ち込み始めた武術。既に騎士中隊など相手にもならない。
ヒューゴの剣が、まず彼との戦力差を表した。
「……!? このような時に、我が流派は苦しいところだな……!」
長い直剣が三分の一になる。ライドクロスの剣を受けきれない。エスメラルダの槍も欠けてジェイクの斧も刃が欠ける。
対して見た通りの重厚な双剣には傷ひとつない。
「ララララぁー!」
「ぐ――!」
微かに蹴られたジェイクが転がされる。休むことなく飛び出したジェイクは、殺すより先にライドクロスから武器を奪う決意をする。次代の伝説はそう簡単に殺せるものではなかった。
「……! いいもんがあるじゃねぇか!」
端に置いてあった物が目に付いた瞬間に、悪知恵を思い付く。ある物を手に取ったジェイクが嫌な笑いを浮かべて走る。
「アッハー!」
「くっ! また欠けたか!」
半分まで削られた直剣に、ヒューゴも後退するしかなかった。その隙にマナ・アーツを放つ周りの虫達に、ライドクロスの狙いは向く。
「男らしく戦え貴様!」
「グアっ!?」
「貴様も貴様も貴様も貴様も、ついでに関係ないけど貴様もぉぉぉ!」
女騎士を斬り殺して次から次へと惨殺する。急いて攻め違えた副隊長までも殺される。やはり隊長格以外にライドクロスの剣は止められない。鋼器ごと断つ死の刃だった。
「ぐう……! ら、ライドクロス様っ! どうかお考え直しを!」
「エルフのため! エルフがもらえるなら百人前後の犠牲は止むなし!」
剣を受け止めたエスメラルダの足元は割れている。剛力からくる威力を表して、根絶やしにされる未来を予期させていた。
「あいつの言ってた通りだな」
「ぬう?」
間近になるまで気がつかなかった。二人の眼前にいたジェイク。手に持った物からライドクロスへと液体を垂らしていた。
「いずれ殺人鬼は殺す。ただ今は殺せない」
集めてあったランプの一つを持ち出し、中の油を垂らす。ライドクロスの剣を持つ手へと、惜しみなく。
「今日は躾って事で勘弁してやる」
「……!」
飛び退いたジェイク。エスメラルダも意図を察して引いた。
同時にジェイクの背後から――炎が注ぎ込まれる。若手の騎士達が放つ窮地脱却の初歩的紅蓮技。火花から油に引火した炎は、地獄の苦しみをライドクロスへもたらした。




