70話、黒幕が射る二の矢
「おおーっ!」
「グオオっ!? グ――! グウ……!」
約二十対二十。だが頭を失ったオーク達とジェイクが指揮する騎士隊では、優位がどちらにあるのかは明瞭に見えていた。
「目の前っ、目の前だけ……!」
精一杯だ。これほどの死戦らしい実戦は初めて。これは緊急事態で誰が見ても壊滅的危機だった。
だが通した神足通はいつもより頼もしい。だからだろう。騎士達から見ても若手の働きは目覚ましいものだった。
「行きます……!」
「私から仕掛ける! そのあとに攻めるんだ!」
「はいっ」
騎士と共に鋼器を握り締め、立ちはだかるオークを翻弄する。緊張はしていて呼吸は荒いが、動きは鈍くない。戦える自信は確信に変わっていた。
「よっ!」
「た、助かった……!」
「ほとんどあんたの手柄だよ。ほら、油断はすんなよ」
「ああっ、まだいける!」
また一体のオークを、ジェイクと公国の若手騎士で倒す。肩に斧を担ぐジェイクに説かれて、周囲を見回す余裕を持つ。
しかしその裏で、ジェイクは悪霊を二度も使用した事もありマナを大幅に消費。呼吸も乱れて汗が滲んでいた。
「あなた達は素晴らしいわ!」
「もう大丈夫だ! 間に合ったぞっ!」
そこへ北側を倒した騎士達が合流する。一度足を止めて驚嘆したエスメラルダも手放しで褒める。ヒューゴもまさか若手がオーク達に善戦しているとは思わず、笑みを禁じ得ないようだ。
「初戦はこんなもんだろ。お疲れさん」
騎士国公国の騎士がオークへ突撃する。訓練を重ねた騎士はレベルが違う。統率性のないオークが瞬く間に駆逐されていく。気を楽に溜め息をついたジェイクに肩を叩かれ、若手騎士は役目を終えたとやっと悟った。
「負傷者九名、死者三名。多くは初めの北側で起こった戦闘によるものだ」
「ジェイク君が撹乱したと言え、まともに接敵したから当然ね」
想定外の強襲は制圧される。結果を見てみれば勝利に終わった。
だが無傷の勝利はあり得なかった。死傷者は十二名。内重傷者が四名。
「応急処置が終わったら急いで街まで撤退しましょう。正式な治療をしないと。それにジェイク君が言う通りなら、今も私達を狙う人達がいるわ」
「オーク達から得られるものはなさそうだ。即時撤退。それが適切だろう」
エスメラルダ達は撤退を決断する。周囲を偵察している部下が戻り、応急処置が終われば山を下りる。いや下りたい。
「……噴火が連続しているな」
「お相手は《孤狼》様だったのね……」
噴煙が上がりマグマが舞う。無数の狼は暗雲のように空を駆け旋回する。これだけ離れていても命の危険を感じる程だ。
一昔前、大陸を治めた神話の戦士達が視界に映る距離で戦っている。その光景は地獄を見るようで、熱波や爆音が強烈な畏怖を焼き付ける。それらは圧倒的な死を醸しており、必然的に足が竦むのだ。
♤
大槌がまた地面を打つ。アグンの支配する大地が底なしの沼に変わる。足が触れれば引き摺り込まれて、果てない底へとどこまでも落ちる。三つ首の巨狼も例外ではない。
「……」
それでも一歩一歩と進む。これまでとは段違いに強力な狼はアグンにも抵抗する。噛み付ける距離まであと少し。
「……」
あと少し……もう少し……あと一歩……。
「……」
――噛み付いた。中間の頭が噛み付いた。そして消失した。
「……」
大槌で殴られて首が無くなる。それでも地獄の狼は怯まない。左首が噛み付く。
だが上顎と下顎をアグンに掴まれて――両腕を交差。顎は外れて骨は折れ、二つ目の首も失う。ここしかないと右の首が噛み付くも、また上顎と下顎を掴まれ、今度は上下に引っ張られて顎が外れる。
「……」
アグンは沼に呑み込まれる狼を見下ろす。次は空へ。【群遊する番狼達】の中にいるブライアンを探す。輪を描いて空を黒く塗る数万の狼を見上げ、次の一手を思案する。
「……!」
鼬ごっこだ。苛立つアグンが沼を叩く。すると大地はまた溶岩帯と変わり、すぐにボコボコと湧き上がるマグマから――砲弾が撃ち上がる。一斉に何度も。
「……また派手だねぇ。こういうところは好みなんだがな」
空を飛ぶ狼の上から褒め称えるブライアンは、【群遊する番狼達】に穴を開けるマグマの塊が頭上で弾けるのを見る。今度はマグマの雨となって降りかかって来た。
「俺からもいくぜ?」
狼達は雷を溜めていた。円を描いて蓄電していた。それが解き放たれる。
「あいつほどじゃないが、俺の雷も悪くない。だろ?」
マグマの雨も地表も夥しい雷に打たれる。万雷が喝采する。笑いながら賛美する。
「……」
唯一無事であるのは雷に何度も打たれても無傷のアグンのみ。他の一切は雷に焼かれて焦げ付いていた。神話の戦いはまだ序盤。死闘は激化するばかり。
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「……ジェイク。君は書類を破いてしまったからオーフェン学長にまた書いてもらわなければならない。検問所近くの街で待機だ」
「了解っす」
焼きバナナを作るジェイクにも指示が通達される。
ヒューゴ達は割り切っていた。嵐の雷雲と同じで、我が身に降りかかるかどうかは神のみぞ知るものだと諦めていた。
「早くても明日になるだろう」
「観光して待ってます。一週間後でもいいですよ」
「却下とする。これは任務で、しかも緊急事態なのだから当たり前だろう」
危機を脱した要因であるジェイクに褒美を与えたいが、公国に滞在させるわけにはいかない。騎士国の意向として公国との関係は最低限。本来なら検問所で待機が好ましい。
「今はとにかく撤退だ。ジェイクも引き続き警戒を――」
ヒューゴの指示は届く前に、彼は降ってきた。大きな双剣を手に、オークにも負けない巨体が降ってきた。
「アッハァーっ!」
三頭公国の新聖・ライドクロスが降ってきた。歯茎を見せて笑い、生き延びた騎士隊と対峙する。




