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7話、カィニー騎士国

 カィニー騎士国。王を始めとして、武術に優れた騎士を多数も有する国であり、常に慢心なく、騎士道に忠実な戦士を育成する学校創設など、教育方面にも積極的な姿勢を見せる君主制国家である。

 領土は小さくとも海にも面し、作物を育て易い自然環境に恵まれ、国際情勢においては中立を保ってはいるが、今後の覇権争いに食い込むのではと他国から噂されている。


 国を象徴する色は『青』。国旗にも鎧にも必ず青色が入れられている。


「……シーザー様、来月に迫った降誕祭ですが、警備兵は如何程(いかほど)にしましょうか」


 例に漏れず青と銀の鎧を身に付けた老騎士が、執務に励むシーザー王へ問いかけた。


「聖国から《聖母》殿が参られる。例年よりも倍は必要だろう。何事かあっては同盟関係に亀裂が生じる恐れがある」


 《人類王》ユーガの三男は今や、《騎士王》と(うた)われるまでの王となっていた。

 シーザー・K・クライジェント。青髪に若々しい肌付きをした清廉(せいれん)潔白(けっぱく)な騎士国国王である。体格は恰幅(かっぷく)が良く重量感があり、とても騎士の代名詞という容貌ではない。


 戦車、戦艦、そのような威圧感を感じる姿だった。


 けれどその心は常に弱者に寄り添っている。父がそうでったように、戦禍にある大陸にあって最も自国民を優先している王だろう。


「しかし三頭公国との国境付近では、例の暴れん坊の部隊が確認されておりました。下見であったなら何か動きがあるやもしれません。あそこは帝国とも繋がりがありますから、どうなる事か……」

「帝国は動かないだろう。現状では叔父上にこちらを相手取る余力はない。国境を越えて進軍するようならば私が(おもむ)けばいい。すぐに下がる」


 今や世界は、人類王ユーガの八人いる子供達と野心ある配下が覇を唱える戦場と化していた。

 彼の死を()って、彼の絶対的な統制下から抜け出した超人達は、欲望のままに暴れ始めたのだ。


「……父上が(うれ)いておられた通りになったな。私もまた他人の事を言う資格はないが、猫を被っていた英雄達が今や手に負えない暴徒だ」

「ユーガ様……あの御方さえご健在ならば、このような問題であろうと立ち所に解決されることでしょう」

「馬鹿げたことを言うな。あれ以上に働けなどと誰が言える」

「……! く、口が過ぎました。申し訳ございません……」


 執務に追われていて尚も騎士国最強を誇るシーザーの圧を受け、たじろいだ熟練の老騎士が堪らず謝罪を告げた。


「皆、偉大な父上の背中を追っている……動機も様々、自覚無自覚も入り混じり、けれど誰もが父上になろうと仲間であった筈の同胞達へと刃を向けている……」


 飄々(ひょうひょう)としていても揺らがぬ芯を持ち、(くじ)く強さと(くじ)けぬ強さを兼ね備えたユーガ。

 彼はもういない。誰も彼にはなれはしない。父である《人類王》ユーガの肖像画を見上げ、共に在った日々を懐かしむ。

 あれから、もう十三年だ。


「……光への憧れはどの時代にもあるものでしょう。あれだけ眩しい光ならば焼き付いて然るべきです」

「光となるならば良いが、父を見て目が(くら)んでいるのだ。愚王への道だと気付いていない」

「我等は国家守護に邁進(まいしん)するのみですな」

「それしかあるまい。時に……学校の方には目ぼしい者はいないのか?」


 カィニー騎士国は戦乱の時代において、人材育成を最重要視していた。

 だからこそ賢者オーフェンを引き込み、聖国と合同出資によって騎士学校を立ち上げ、積極的に若き世代の育成に取り組んでいる。


「例の彼以外にも、四季貴族の子供を始め、優秀な者がちらほらと現れております。ですがまだ足りない。良い教官を(そろ)えたいところですな」

「……そろそろ息子にも何か試練を与えてもいいかもしれない」

「聖国との境目に妙な(やから)が現れたとの情報もあります。それの掃討を任せるのも良いかと」


 肩休めがてらの談話も幾分か堅苦しい。学生や息子の近況、働き振りなど、未来への投資に性急な成果を求めて止まない。


「それから例の“遺産”を探している者達ですが……」

「何か分かったのか?」


 落ち着き払った面持ちが一転して、口調に荒さが表れる。(いきどお)り深く、老騎士の報告へ居住まいを正した。


「はい、密かに我が国をしらみ潰しに探している模様です。無論、複数人の組織絡みで」

「……この国では決して許さん。何よりも優先して捕縛、(また)は排除しろ」

「かしこまりました」



 ♤



 ユーガの三男であるシーザーが立ち上げたカィニー騎士国には、オーフェン武練騎士学校がある。

 人類王が崩御する以前から創設された学び舎では、既に騎士道を修める騎士を数多く輩出してきた。大きな問題もなく、近く十五周年を祝う催しも取り行われる予定もあり、順調に機能していると判断されていた。


 ここでは一般教養の他に重要視されるのが、当然ながら武術の腕前となる。マナを用いた格闘術であるマナ・アーツをひたすらに磨き上げ、六年を通して一線級の騎士を目指す。

 中級部から上級部までの総勢四万人が、カィニー騎士国並びにローリー聖国の騎士となるべく研鑽(けんさん)を積んでいる。


 そして今、騎士学校は一人の麒麟児(きりんじ)の入学を機に黄金期を迎えていた。

 卒業規定に達した訓練生は過去最高数を現段階で達成。更新を重ね、さらにその上のレベルも複数在籍している。

 中でも六学年総合の順位が一桁の者達は、既に一流騎士並みの実力を有し、誰もが防衛の(かなめ)となれる逸材(いつざい)であった。


「お、おい、あいつの道を(さえぎ)るなよ……」

「……クリス・レイン」


 上級部の生徒達が(おび)えながら軒並(のきな)み道を開け、中級部生徒は遠巻きに羨望(せんぼう)の眼差しを送る。その渦中から漏れた“クリス・レイン”という名前は、今や首都スクーイトで知らぬ者はいない程に有名となっていた。


「……」


 赤紫色の混じった長めな黒髪を(なび)かせ、身に付けた多くのアクセサリーを鳴らし、眼光鋭く肩で風を切って歩む訓練生。

 ローリー聖国にある酪農家の出でありながら、上級部一年にして校内全体でランク一位の座に君臨する異端児だ。中級部時代から化け物じみた実力でランキングを駆け登り、今や教官の手にも負えない強さとなってしまった。


「クリス君、アクセサリーは校則違反だろう」

「ああんっ……?」


 寮から校舎までの道のりが一気に冷え切る。昼食を終えて移動中だった訓練生が多い事もあり、その者の動向は一瞬で注目をかき集めた。


 クリスへ声をかけたのは、全体ランク二位を誇る上級部三年のリカルド・ウィンターだった。厳格な名門と知られるウィンター伯爵家としてクリスの進路を(さまた)げ、規律にそぐわない見た目を指摘する。


「……退()けよ。結果を出してる奴に出してない奴が(さえず)るな」

「君の実力は無論認める。だがそれとは別問題だ」


 獰猛(どうもう)苛烈(かれつ)な気質を見せるクリスに対し、薄い紫髪をしたリカルドは努めて冷静に説得を試みる。


「お、おい……! あんまり近くにいると、また吹き飛ばされるぞっ」

「あのクリスによく言えるもんだよ、怖ぇぇ……」


 二人を戦々恐々と取り巻く訓練生からは、また大きな戦闘が起きるのではと危惧(きぐ)していた。

 反発し合う水と油のように彼等は度々衝突し、その度に喧嘩の規模を超えた惨事が発生している。

 まるで災害を見るかのような目を向けるのは、その為だった。


「ちょいとゴメンよ、通してくれ」

「は……? あ、おいっ! そっちは危ないぞ!」

「おう、ありがとな」


 訓練生を割って進んだ小さな人影は、引き留める声にも後ろ手を振って行ってしまう。

 その間にも二人の目つきは鋭くなり、雰囲気も徐々に険悪に移り変わる。


「あんたは暇なのかもしれないけどな。俺はさっさと稽古してぇんだよ」

「アクセサリーを外してから行くんだ。でなければ通さない」

「あのな、教官が何も言わないものを、なんで同じ立場の生徒から言われなきゃならないんだ」

「私が君の先輩で、君を指導する義務があるからだ」

「嘘つくな、そんなもんねぇよ。……もういい、退かねぇなら前みたいにそこらに転がしてから行く。いつも通りな」

「脅迫で解決できるものなどない。何度負けても私の精神は挫けない」

「おたくの精神論なんか知らん」


 着崩した制服の懐から鋼器(アート)と呼ばれる変形式の武器を取り出す。長方形の金属物体だがマナを込めながら握り込めば形を変え、得意の斧となってクリスの手に収まった。


「私は騎士だ……暴力には屈しない」

「はぁ……」


 仕方なしとリカルドも鋼器を二つ取り出した。

 うんざりとクリスは溜め息を吐き、稽古の時間が減る前に叩きのめす決意をする。


雑魚(ざこ)がっ。いちいち俺の時間を割かせるんじゃねぇよ」


 怒りを剥き出しにし始めたクリスに場が騒然となる。語調と雰囲気から、明らかに戦意を固めてしまったのが分かるからだ。

 クリスの暴れっぷりを誰もが知っており、巻き込まれまいと逃げ出し始める者も出て、騒動となりつつあった。


 だが慌てふためく周囲などもお構いなしに、もはや止まらなくなったクリスはゆっくりと歩み寄り、リカルドの胸ぐらを掴む。


「……お、おいおい」

「なんて腕力だよ……」


 片腕だけで背丈を上回るリカルドを持ち上げてしまう。あまりの怪力に辺りが息を呑み、次元の違う神足通を駆使するクリスに恐怖する。


「毎度軽傷で済ませてるからか? だったら(しばら)く動けなく――」

「おい」


 しかし、なんと此度(こたび)は乱入者が現れる。


 あろう事か、その小さな乱入者は躊躇(ためら)いすらなく、あのクリスの尻を蹴り上げたのだ。

 その瞬間、一様に顔面が真っ青になる。驚く程の静寂が生まれ、一拍の猶予が生まれた。

 しかし次には、戦々恐々とする訓練生達の予想通りに、クリスのこめかみに青筋が浮かび、恐ろしい目付きで背後を睨み下ろした。

 標的は完全に変わってしまった。


「誰だか知らんけどなぁ、覚悟はできてっ……」

「何が覚悟だ、馬鹿タレ。俺は(いき)がるなって言ったよな」


 だが少年を目にするや否や、クリスの表情はぎこちないものとなった。


「……じ、ジェイク」

「よう、兄ちゃん。遊びに来たぞ」


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