69話、奮起の号令
開戦から半刻と経たずして長を務める大将が失われた。この事実を知る者は少ない。未だオーク達は精神干渉の熱で戦っているが、徐々にこの異変を察する事だろう。騎士にも被害が出ているが、もう負けはない。
「……」
オークリーダーを倒したジェイクは、首を裂かれて倒れ伏した死体を見下ろす。
だがその間にも戦自体は続いている。すぐに天眼通を通して南を見る。
「……俺が向かうか」
決断したジェイクが駆け出す。南側へ向けて。
目をつけられないように姿勢を低く。斧も回収して戦場を縫うように走る。
「あんたら! ここはもう勝ちだ! 付いてきてくれ!」
後続から攻めていた騎士達に声をかけて南へ急ぐ。誤算が起きていた。ボスオークなのか、頭の切れるオークがいたようだ。
「ドケ! ドケェー!」
そのオークは倒壊して転がる瓦礫を炎のカーテンへと投げた。一部だけ通れればいいのだ。炎を消さなくても通り道があればいい。そう考えるオークがいた。
「た、大変だっ! あいつら瓦礫の通り道を作るつもりだぞ!」
「……かなり早いけど第二陣の準備をしましょう」
「疾風技でも時間を稼ごう!」
事態は炎を煽る旋風を求める。同時に紅蓮技組は着火にも備えて後退した。
「【疾風技一式・春風】っ!」
「し、【疾風技二式・東風】……!」
強すぎず弱すぎない風が炎の防壁を煽る。瓦礫を投げるオークの肌を焼く灼熱の風だ。
「グアっ!? あ、アツイゾッ……!」
「モット持ッテコイ! ニンゲンハ嫌ガッテル!」
負けじと瓦礫が積まれる。人間の焦りが分かるのだ。炎の防壁を越えればオークが勝つ。肌を少し焼かれようと、怒りにより痛覚はほぼ麻痺している。威勢は良くなるばかりだった。
「デキタゾっ!」
「マダダ! 間抜ケメ!」
魔物は人間よりも知能が低い。自明の理だ。
だがオーク内でも知性には差がある。若いオークに聡いものがいた。瓦礫の通り道が作成されたと喜ぶ仲間を押し退ける。
「ナンダっ!」
「マタ向コウニモアル! サッサト次ヲ持ッテコイッ!」
第二陣の炎は展開される。油を撒いて着火したものだ。尚テントや物資を焼いて作られた防壁よりも、炎の高さは低い。
「間に合ってくれ……!」
「て、撤退しましょうよ。もうやれることはないわけだし……」
「いや……命令違反にでもされたら処罰が下るぞ」
「そんなっ! だ、だって私達が命じられたのは第二陣の着火だけでしょう!?」
「馬鹿でもわかるさ! 今北側と挟まれたら危ういってなぁ!」
「……!」
「クソっ! なにか、なにか考えなければ……!」
公国側は若手と言っても正式な騎士だ。逃亡は犯罪。爪を噛み苛立ちながらも策を捻り出す。
「……じゃあ俺達は前線に行くからな」
「……!? は、恥を知れっ! ここが我等の前線だろうが! どこの前線に向かうつもりだ!」
「だって俺達はまだ生徒だし……なあ?」
騎士国側は学生という扱いになる。ここで前線へ向かっても咎められないだろう。なぜなら南側には残る者がいるのだから。
「うん。私達はあっちを、あなた達はこっちを。健闘を――」
「無理無理無理無理! お互いのできることをしようとかではない! 手分けす空気は無理っ! この状況では無理だ!」
公国新人騎士達が騎士学校生の行く手を阻む。騎士学校の生徒を逃がすものかと公国騎士達が団結した。
「……これは国際問題だと思う」
「敵前逃亡の方が大問題よ!」
「行かせてほしい。私達の増援を待ってる人がいる」
「ここにね!? ここにいるの! 目の前の人を手伝ってあげて!」
公国と騎士国が掴み合って激しい意見交換を行う。互いの顔を忘れることはないだろう。合同演習の歴史でも、最も本心からぶつかれた瞬間だった。
「……ナニ、シテル」
「……!?」
妨害がないものだから既にオークはこちら側へ来てしまっていた。奇妙な生態を持つ人間を関心深く観察していた。
「キャ――!?」
「だから言ったのに……!」
無数に繰り返された訓練は嘘をつかない。全員が鋼器を展開させて炎を乗り越えたオークに備える。
「ゴッゴッゴッ」
「グフっ、グフ!」
オークが嘲笑う。武器を構えても怯える人間が面白くて仕方がない。自分達に恐怖しているのは明らかだ。
「早ク行ケェェー!」
「……!? コ、コロスっ!」
怒りが治らないボスオークが一喝した。進まない前衛に檄を飛ばして進軍させる。
「コロセぇー!」
ボスオークが杖を振る。マナの輝きが粉となってオークに降りかかる。このボスオークはオークの体力を上昇可能な個体で、これにより少数でも持久戦にも臨める希少な群れだった。
「……!」
「シネッ――!」
怯える人間を殺すことはオーク最大の楽しみ。公国の若手騎士が真っ先に標的となった。
「ボウッとしない! く――!?」
「……! す、すまない……!」
割って入った女子学生がオークの棍棒を盾で受ける。少女は転がされるも公国騎士は護られた。
「グアアー!」
「いい根性だ! そこの姉ちゃん!」
「ゴボア――!?」
仕留め損ねたと棍棒を両手に握り直したオーク。
だがその左胸に斧が突き刺さる。倒木のように後ろへ倒れるオークの身体を、飛び出した影が駆け上がった。
「――」
胴体を駆け上がり顔を踏んで跳躍。逆さまになる世界でオーク達を越えてボスオークへ。その無骨な顔と目を合わせ――眉間を掴んだ。
「お前は危険だ」
天地逆さまで目を合わせる。ジェイクはボスオークを掴む手の平にマナを集める。そしてヨルを半面だけ被り最小限の能力を行使した。仲間を強化する、もしくは治癒するこのオークだけは即殺が最善。
「――!?」
ボスオークの後頭部から堕ちる小さな隕石。赤い流れ星は顔面の芯を打ち抜き、地面を穿った。
「……」
「……えっ?」
ボスオークを一瞬で殺したジェイクに、人間も魔物も言葉を失う。自分達より年下。それも訓練もしていない少年が、この森林最強のオークを一撃で倒してみせた。人の姿をした怪物としか思えない。
「あんたらならできるッ――!」
「……!」
駆け付けた騎士達の背後で怯える若手達に、ジェイクの檄が飛ぶ。吹き飛んでしまいそうな音圧を受け、通り過ぎた後には血が踊っていた。血潮が一気に沸き上がり、肉体には弾けんばかりに力が溢れる。
「クリス兄ちゃんと近い実力なんだろっ? だったらできる! 公国騎士達もだ!」
腕を組むジェイクはオーク達を挟んで魂を叫んだ。倒れたボスを足元に、オーク達を睨み付けて尚も檄を飛ばす。
「全員が戦ってる! 新人なんだ、ビビったって俺は責めない! だが降りかかる火の粉は払えっ! お前達はそれができると判断されてここにいる! もう一度言うぞ! お前達なら戦えるッ!」
ジェイクが誰もが秘めている騎士の心へ訴えかける。場を呑み込んだジェイクだからこそ、力ある言葉に意味を持たせられる。納得させる根拠がある。
聴き終える頃には若手の震えは止まっていた。
「耐えるだけでいいっ、目の前だけを見ろッ! 目の前の敵だけに集中しろ! あとは俺と騎士が倒す!」
次の怒号で一斉に心が決まる。
「心配するな俺がいるっ! 勝利のみを見つめて動け――行くぞォォォォッ!!」
まるで王の号令を受けたように、総じて声を張り上げて応えた。喉が張り盛んばかりに応え、浮き足立っていた足裏で地面を蹴り付ける。地に足をつけて、一歩を踏み出した。




