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67話、両国の部隊を率いる少年

 絶体絶命の旧山岳基地に入り込んだ者がいた。


「ね、ねぇ、アリア……指示はまだっ?」

「まだみたい。でもどっちかを突破して逃げるしかないでしょ……」


 突如として囲まれた部隊は慌てふためき、これにはアリアも例外では無かった。すぐそこまで迫るオークの群れは、規模を考えて突破できる可能性が低い。そのくらいは、実戦を経験しているアリア達にも想像に(かた)くない。


「そんな……」

「ルル、覚悟決めて」

「……!」

「あたしも自分の事で精一杯だから、ルルの身は自分で護らないと。でしょ?」


 いつものマイペースに飄々(ひょうひょう)とするアリアとは別人に、真面目な様子で友人へと諭す。それだけ事態は窮地に直面している事を意味していた。アリア自身も言うように余裕が一切なく、決死の覚悟を決めたようだった。


「――いい覚悟だ」

「……!」


 アリアの背中が軽く叩かれる。密かに震えていた体がピタリと止まり、まるで活力が注ぎ込まれたようだった。この危機的状況を打破できる自信が生まれ、体に不思議な熱が宿る。


「あ、あんた……」

「よう、いい度胸だな。大物になれるんじゃねぇか?」

「なんでこんなところにいるのっ?」

「悪党退治。じゃ、ちょっと隊長のとこ行ってくるわ。オーク共を倒す覚悟を決めておけよ」

「待ちなさいよっ!」

「ヤダよぉ」


 この状況でも平然とするジェイクは、アリア達を置いて激論中の隊長達へ近寄っていく。


「すみませぇん。騎士学校から追加できましたジェイクです。書類の確認をお願いしま――ヘクチっ!」


 くしゃみをしながら書類を差し出す少年に、部隊長二人の視線は釘付けになる。


「こんな時に!?」

「合同演習に参加しにきました。これオーフェン学長の手紙です」

「そんなことはどうでもいい! それよりなんでバナナを食べてるんだ!?」

「街で買ったからです」


 街で買った小さなバナナを片手に書面を差し出す少年はジェイク・レイン。ウィンター家が全力で獲得を目指す逸材と噂の人物だった。


「隊長ってあなたですよね。偉そうなおっさんが書いたこの紙切れを確認してください」

「偉そうなおっさんって必要!? い、いいからそんなもの捨ておけ! 今はそれどころじゃないんだ!」

「わかりました」

「破り捨てるなぁー!」


 騎士国へ帰還時に必要な書類を、躊躇(とまど)いなく破り捨ててしまう。


「え、捨てておけって……」

「そのリュックにしまうかと思ったんだ! 本当に捨てるなんて! しかも破るなんて思わないだろう!?」

「ああ……そういうこともありますよね。今度からお互い気をつけましょ」

「バナナを食うのをやめろっ!」

「あっ……!」


 バナナを完食しようと皮を()くジェイクからバナナをひったくる。腹立たしい諸悪の権化(ごんげ)を口に放り込んで食べてしまう。


「ああーっ!」

「……書類があっても、どうせこの局面。死ぬのは同じだがな」

「はあ? 今作戦中じゃないんですか? 俺のバナナ食っといて死ぬつもり?」


 呆気に取られていたエスメラルダが我に帰る。現れた少年とヒューゴへ厳しく叱責(しっせき)する。


「どうでもいいやり取りはやめて! 今はどのような状況かも分からないのよ!?」

「それは分かるでしょ」

「分からないわよ!」

「あっちの騒ぎはアグン様と《金羊の船団(アルゴノート)》か《ノアの方舟(ノアズアーク)》が戦闘してるでしょ? そんでオーク達は精神に働きかけるマナ・アーツで激怒状態。おまけに何か吹き込まれたのか、ここを目指してます。おそらくどこかの部隊が俺達を壊滅させようとしてますね」


 想像していたものを大きく上回る規模で、裏側に何か思惑が働いているらしい。誰かの意図によって二つの部隊は壊滅させられようとしていた。


「これが、アグン様の力だと言うの……?」

「これでもかなり小規模な小競り合いだと思います。俺達や山脈の仲間に遠慮してるのでしょう」


 高々と天へ立ち昇るマグマ。燃え上がる炎と吹き荒れる雷電。それは視界を超えるほどだ。これが小規模なら人類王直属の者達はまさに神。自然を歪めて現象を超える。それが《金羊の船団(アルゴノート)》と《ノアの方舟(ノアズアーク)》なのだとその身で痛感させられる。


「今は自分達のこと。じゃないと本当に全滅しちゃいます」

「……!」


 少年に諭され、ハッと再び我に帰る。続けて少年は坂道から、その姿を浮き上がらせるオーク達を指差した。


「まずはあっちをやる」


 片方を倒すというのはヒューゴとエスメラルダと同じ。数が多い方を選んだのだからエスメラルダ寄りではある。


「で、次にあっち」

「えっ、そのまま逃げるべきなのよ! まともに戦わなくていいの!」


 未だ若き少年であることを思い出す。未熟な側面を垣間(かいま)見たエスメラルダは慌てて教えを叫んだ。オークに備えて槍の鋼器(アート)を復元しながらでも、生真面目な彼女らしい行動が現れる。


「言ったでしょ? 精神に働きかけるマナ・アーツを使用されて何か吹き込まれてるって」

「……つまり?」

「俺達が逃げたら麓の街が襲われるでしょ。人間の詳しい区別なんて出来ると思う?」


 森を超えてすぐに街がある。激怒するオーク達は人間という種族に狙いを定めているだろう。街まで進軍する可能性は高い。


「被害が大きいなら撤退。街の人達に避難指示をしてから、近くの戦力を集めて討伐って流れがいいんじゃないですか?」

「……そうしましょう。でも挟み撃ちにされるわ」

「生徒に紅蓮技と疾風技が使える人がいるなら、そいつらに火を撒き散らしてもらって南は足止めだな。テントとか燃えるものを使って火の壁を作ろうか」

「すぐに取り掛かりなさい!」


 生物は火を怖がる。普段から火を見慣れない魔物なら、激怒していても本能が反応するはず。エスメラルダは少年の提案に自然と耳を傾けていた騎士達に命じた。


「……」

「了解っ。……私達騎士国もテントを南へ配置しろ! 急げ!」


 ヒューゴも副隊長に頷いて指示させた。周囲は砂色の建物や壁で、その向こうは切り立った崖。回り込むのは難しい。オークはあの巨体だ。大通りを塞げば時間を稼げる。


「まだ疑問がある。どうして南を先にやらない。理由はなんだ。南の方が数が少ないんだぞ?」

「自分の目で確認してないでしょ。南のボスオークはシャーマン(タイプ)だから北より全体的に強いんだよ。後方で前衛にするべき強い個体に護られてたから、味方を治癒する魔法とかじゃねぇかな」

「ああっ、そうだったのか……! 怠ったツケが回っていたなっ」


 シャーマン(タイプ)の魔物は人間達で言う魔術のような魔法を使う。加えてオークには辛うじて連携と言える戦法も見られ、集団として強くなる傾向にある。

 ヒューゴは自責の念と不甲斐なさから声を荒らげたのだ。


「あとは風向きな。火を使う作戦を採用するなら北東から吹いてるから逆だと俺等が焼ける」

「……」


 瞬時に両国の騎士達を纏め上げ、瞬時に打開策を打ち出した。エスメラルダは驚嘆と同時にジェイクに理想の“指揮官”を見る。


「しかし勝てるだろうか。私の見立てだとかなり厳しい戦いになる……」

「やるしかないわ。この子の言う通りに撤退を前提。街には避難指示。反転攻勢を目指してここに全力を尽くしましょう」

「了解した」


 部隊長が(うなず)き合う。ヒューゴも長い直剣を復元させて北側のオークを(にら)んだ。


「アグン様の方は心配いらない。本気なら今の時点でここまで被害が出てるだろうからな。遊んでるだけだろう。こっちに集中しましょ」


 ジェイクもまたバナナを取り出す。地を踏み鳴らして行進する群れを睨みながら、皮を()いて一口。三人がそれぞれ武器を片手にオークへ挑む。


「隊長! テントや物資の配置が完了しました!」

「油とかも活用した?」

「あ、す、すぐ取り掛かります!」

「敵にぶっかけて使ってもいいよ。でも火の取り扱いには気をつけて」

「分かりました!」


 バナナを食べるジェイクに敬礼。副隊長が来た道を戻っていった。


「……じゃあお先に」

「は……? お、おい! 待て! 君は南の牽制(けんせい)に回るべきだ!」

「男ジェイク! 作戦だけを提示しておいて後ろに控えてられっか! ヒャッホウー!」

「ヒャッホウとか言ってるから! 待ちなさいっ!」


 バナナを食べ終えたジェイクは走り出す。開幕は――バナナの皮だった。


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