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65話、《山界》と《弧狼》


「……俺と戦え」

「嫌だって言ったら?」

「戦え。拒まれても俺は止まらない」

「強要罪だね。衛兵を呼んでもらうからそこを動かないように」

「止めろっ!」


 慌てるドミニクだったが意思は変わらない。負けるだろう。しかし戦えと魂は叫んでいる。


「少し見ていたが、きっと俺はお前に勝てない。カティアが遊ばれる相手に勝てるわけがない。だけどな、愛する人がもてあそばれている現実を……俺は黙っていられないんだよっ!」

「うむうむ、まぁ分からなくはない。俺って女遊びしちゃう生き物だから。自然と手が伸びちゃうの」

「……女の敵っ、潰すっ!!」


 通じ合う心により、木製の斧を手にしたジェイクはやっと向き直った。ドミニクとの決闘を快諾したようだ。


「ドミニク君……」

「止めるな。俺はお前を諦めたわけじゃない。いつか必ず勝ってバッハさんに俺の価値を示す」

「そうではなくて、この人はモルツおじさんも平気で殴り飛ばす人なので気を付けてください。もう一つ付け加えるなら、彼はうちの執事序列六位に勝利しています」

「……」


 カティアの忠告に絶句する。バッハの弟であるモルツは皆が知っている。大戦を生き抜いた伝説の一人だ。英雄だ。

 加えてウィンター家の稽古を見学をした経験がある事から、執事序列一桁の常軌を逸した実力も知っている。超人集団だと理解している。


「お〜い、そろそろやろうぜ」

「……」

「あ、ちなみに……オラっ!」


 銅鑼(どら)の音がなる。ジェイクが横に突き出した足裏が空気を割って音波を生んだ。響く音波は内側から体を揺さぶるようで、離れていても身動きを難しくされる。


「まさか……【神足通系第七等技・大鐘音開だいしょうおんかい】かっ!? 私でさえ見たことがないぞっ!」

「第七等技!?」


 第七等技などウィンター家などの名家の当主が使う難度だ。教官達や第一線の騎士でさえ使い手は稀である。

 だからと言って難度がそのまま技の強さに繋がるわけではない。が、音の響きが見かけ倒しではないと主張している。


「……使うよ?」

「……!?」

「これ、今から使うよ?」


 愛嬌のある顔で告げられ、ドミニクの足はガクガクと揺れ始める。


「なにを言っているのですか……」

「でも【偽弾(ぎがん)】や【刻衝(こくしょう)】を使うよりマシだろ? 殺すわけにはいかないもんな」

「それでもドミニク君は死にますよ……」

「あ、そうなの?」


 挙がる名前は人類王ユーガが使用していた高級マナ・アーツばかり。完璧に使えるように聞こえる。彼は生徒のレベルはとっくに通り過ぎていた。


「おう。そろそろやろうや」

「……」

「……やめておこっか」


 漏らしてしまいそうなドミニクを目にする。その面持ちはジェイクでさえ可哀想になるほどの悲壮感で、決闘の取り止めを決める。


「腹へった。飽きたし飯を食いに行こう」

「待ってください。もう少し付き合ってください」

「やだ」

「ここに綺麗な石がありますよ?」

「またそれか? 昨日のだって大したことなかっただろうが。ま、念の為に見してみろ。どうせ大したこと、な、い……仕方ねぇなぁ。気合いは入ってるか?」

「あります」

「よし来い! ついでにそこのガキも来いっ! 口先だけじゃなくて実力も身に付けろ!!」


 用意しておいた小石はハンカチに包まれてポケットに納められる。機嫌は保たれた。

 カティアとついでにドミニクを相手に鍛錬は昼まで続いた。その頃にはジェイクは空腹となり、食堂まで小走りに急いで向かった。


「……この料理はどう食うんだよ。この枕みたいなのをスープに付けて食うのか?」

「枕ではありません。変なことを言わないでください。これはパンの一種です。辛みのある濃厚なスープに付けて食べてください」

「ナンとカレーみたいなものか……」

「……?」


 二人で並び騎士学校の多めな食事を食べる。スープには羊肉が使われていた。初めは鼻で笑っていたジェイクも夢中になる。


「……」

「どうしたよ。そんなに難しい顔をしてどうしたのよ」

「……聖国から女性が送られてきたそうですね」

「美人がきたな。すぐに忙しなく帰っていったぞ。また会ったら上手くやってお触りしてやるんだ。絶対な」

「不潔です。何が面白いのか理解できません」

「鏡見てこい」


 目を細めて睨むカティアは軽蔑を表すが、そちらも見ずにスープを飲み、朝早くからベッドに潜り込んで来た早朝メイドを素気なくあしらう。俯きがちになったカティアが半分まで食べたところでジェイクは完食。葡萄のジュースで喉に潤いを与え、出発まで腹を休める。


「じゃあ戻ったら何日か滞在するから、預けた俺のオシャレパンツでも護って待ってな」

「分かりました……向こうで彼女をよろしくお願いします」

「彼女……?」

 

 ♤


 騎士国公国合同演習。両国の交流と若手育成を目的とするもので、既に三十二回目となり恒例化したものだ。

 今回はボスオークやオークリーダーの群れが多く確認されている旧山岳基地周辺の森。《山界》アグンの領地であるゲルドー山脈の近くで、国境を(わず)かに超えた公国領土で行われる。


 カィニー騎士国の部隊長はヒューゴ・バレンタインが務めていた。長い直剣を使う独特な流派の出身で、四十歳にして奥伝を認められた実力者だ。


「エスメラルダ隊長、少し編成について話がしたい」

「ええ。なんでしょう」


 三頭公国側部隊の隊長はエスメラルダ・パーカー。女性で初めて合同演習の指揮を任された有望株だった。年上のヒューゴに対抗意識はあるが、成功を念頭に私情を抑えて任務へ臨む。


「そちらの新人は六名とこちらより二名多い。部隊を分けたままでは戦力に差がある。前年と同じく部隊を合わせて、私達のどちらかが指導権を持つのはどうだろう」

「そうね。それでどちらかと言うと?」

「どちらでもいい。だがより確実な成功を目指すなら……私かな」

「……」


 旧山岳基地で交わされる論争。ヒューゴはエスメラルダがまだ若く未熟であると考えていた。簡単な作戦なら任せたかもしれない。だが騎士国の若者もいる。経験豊富な方が率いるべきと主張した。


「……私は私に一票を投じるつもりなのだけど?」

「……」


 国境検問所での出会いからここまでの移動。それだけ過ごしていれば分かる。二人は相性が悪い。最悪ではない。言うならば噛み合わないのだ。ジェネレーションギャップなのかもしれない。


「ヒューゴさんの武術の腕前は聞いています。だけど部隊を率いるのに必要な素養は頭脳でしょう」


 分かり易く馬鹿と言われてしまう。暗に告げられたヒューゴの微笑みは固まる。

 そしてヒューゴは思った。この女の顔をもう見たくないと。


「では……任せます。成功すれば(はく)がつく。失敗すれば信用を失う。もちろん私も補佐しますが、部隊長の責任を押し付けないでください。私はしたことがありませんが、まさかと言うこともあるので」

「しませんわ。ご心配なく」

「頼みますよ? 時に人は予想外にして見当はずれな言動を取る。今みたいに」


 過ちとでも言うのか。直接的に告げられたエスメラルダの細目が吊り上がる。


「ではあとで」

「ええ。あとで」


 ぎこちない挨拶を交わす。騎士国公国と共に自分の部隊へ戻る。昨夜一泊したテントもそろそろ撤収作業が終わるだろう。ここ中央で再び集合して出発。オークの一群を討伐して検問所で別れる。それまでの我慢だ。


「夕方までの辛抱ね」

「夕刻までの辛抱だな」


 互いに皮肉。しかも互いに聴こえてしまい振り返る。


「……」

「……」


 微笑みかけ微笑みかけられ、改めて自営へ。


 だが……この時には既に悪辣な魔の手は伸びていた。


「みんな、聞いてくれ。部隊を合わせる。と言っても先を行くエスメラルダ隊の後ろから付いて行って、彼女の指示に従うだけだ」

「指揮権があちらにっ? 納得できません!」

「私もだ。だが()(まま)姫が駄々(だだ)をこねてな」


 騎士国部隊に巻き起こる笑い声。ヒューゴの自尊心は大人の余裕を醸すことにより癒える。むしろ仲間達の笑い声で憂さまで晴れた。


「更年期のオジ様には頭を悩まされるわ……」

「凝り固まった考えをお持ちのようです。時代についていけないのでしょう」

「だから親切心から言ってあげたの。頭が悪いと任務に支障が生まれますよってね」

「隊長もやりますなぁ!」


 公国部隊にも笑い声が上がる。持ち上げられるエスメラルダは機嫌良く言う。面子は保たれた。部隊長となって騎士国を従えるのは自分なのだ。


「……騎士の方々は余裕そうだな」

「私、余裕なんかない……」


 騎士学校から有望視される生徒達は、戦闘を前に笑う大人と同じとはいかない。これから魔物と命を取り合うのだから。生物から生命を奪う。自分が殺される恐怖と殺す恐怖。少年少女は既に戦っていた。


「ね、ねぇ、アリア……なんだか嫌な雰囲気がしない?」

「うん? 別に?」


 騎士学校襲撃事件からも次々と巻き起こる事件のせいか、嫌な気配を感じ取った友人がアリアへと声をかけていた。

 紅髪の美しいサマー家の次女は不安げな周囲とは違い、流石とでも言うべきか手鏡を手に前髪を直す作業に集中していた。


 しかし此度は、友人の勘が冴えていた。


「……? 何か地面が揺れていないか?」

「地震じゃないの……?」

「いや……そうだ。足音だ。行軍を大きくしたような足音みたいだ」


 地震ではない。地鳴りは旧山岳基地へ近づいている。非常事態であると騎士も気づく。


「全員、集合場所へ急げ。テントなどは放置。鋼器は忘れるな」


 顔付きを一新したヒューゴは冷静に命令を発した。即座に部隊は行動を開始する。学生は付いていくので精一杯だ。


「エスメラルダ隊長」

「偵察させた者達が帰ってきたわ」

「何事か分かりましたか」

「ええ……最悪な状況だったわ」


 昂ぶるオークの一群が複数集まった集団だという。旧山岳基地への坂道を上がってくる。それだけではない。何故かマナが可視化されるだけの強い個体が、少なくとも十体は確認されている。


「全軍で戦うしかない。どうしてこのような事態に……」

「……人為的としか思えないわね。方法は分からないし得体がしれないけど、今は共に戦いましょう」


 早い決断にヒューゴが頷き、エスメラルダは純粋に頼もしく思う。二人は騎士で土壇場になれば意志は一つ。この局面も上手く打破できる。そう確信して互いの健闘を祈った。


「た、隊長! 南側からも北より小規模なオークの一群が現れました!」


 周辺のオークが逃げ道も塞いで旧山岳基地を目指していた。


「……!? で、ではそちらは私が! ヒューゴ隊が本隊を担当すること!」

「なんだと!? 恥を知れ小娘!」


 言い争いがされる。その間も荒々しい形相のオーク等が迫る。


 ♤


 一人の男が様子のおかしいオークの集団を眺めていた。長いコートを風に(なび)かせて。山を二つ超えた先で起こる異変を天眼通で捉えていた。


「こんな白昼堂々、穏やかじゃないねぇ。無理に感情を書き換えられたのか……」


 男は知っている。その凶悪な術を。癒しの力は反転すると極悪に。使い手は極小数だが確かに存在する。


「……あれだと厳しいだろうね。これは緊急時態だ。仕方ない」


 (ひつぎ)の形をした鋼器(アート)を復元。右手で革のハットを抑え、繋がれる鎖を掴んでバランスを取り、狼の神が(かたど)られた棺桶に乗った。


「オーク君達には申し訳ないけど苦しみはない。痛みも悲しみも未練もない。何も感じることなく逝かせてあげるさ」


 王器『メラネス』。大陸の上位者達が持つ王器の一つが、ここにある。旅人らしき伊達男が持つには物騒なものだ。

 けれど男は迷わず王器メラネスを縛る鎖の封を解く。蓋が開き中の暗闇には赤い目が何個も光る。


「……やれやれ」


 怪しく光る赤い目を解き放つ。時に神罰となり、時に厄災となる、狼の化身達を。

 だが、その直前に山脈から飛び上がる大きな影を察知。突如として飛来する大物に、オークを諦めてそちらへ向く。


「――」


 オークの行軍を消し去る地鳴り。圧巻の重量で大地を揺らし、男の前に降り立った()が立ち上がる。


「こりゃなんとも物々しい。何か気に入らないことでも?」

「……」

「アグンさん、聞いてます?」


 四メートルを超える巨大なドワーフ。横幅も成人の何十倍もあり山と読んで差し支えない。茶色の髭や毛髪で表情は読めないが、手には大槌の鋼器があり戦意は明らか。オークに構っている場合ではない。


「まさか俺がメラネスを使おうとしたから怒ってるんですか? 俺は公国の国民を守ろうってつもりなんですが、それでもぉ?」

「……」

「……アグンさん、俺にだってプライドはある。そう簡単に頭は下げられねぇよ」


 肩を竦めて男は戦闘を決意する。《金羊の船団(アルゴノート)》の一角、《山界》アグンを相手にも引くつもりはない。


「俺も《ノアの方舟(ノアズアーク)》に選ばれた端くれだ。《孤狼》ブライアンだ。あんたのお堅すぎる決まりで、はいそうですかと謝罪はできないねぇ」


 悪意を持つ者も想定していない急展開で、今再び伝説がぶつかる。


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