63話、再びの騎士国
長旅をしてやってきた騎士国王都スクーイト。大層な門を飛び越えてウィンターの屋敷へ侵入する。
今回は窓などではなく玄関から入り、真っ直ぐ食堂を目指す。俺より先に飯を食っているのが気に入らない。故に、無駄に強く扉を開け放った。
「……」
いつもの席へ向かう。今夜も豪華な食事が並んでいて結構。サマンサの対面へ座り、皆に遅れて夕食をいただく。
「はあ疲れた。さっさと飯食って寝よ」
「旦那様……?」
珍しく私服姿のカティアもいたようだ。不敬にも俺の許可なく発言している。
「よう。気にしないで食っていいぞ」
「気にします。騎士国に来ていらしてたんですか?」
「だからいるんだろ?」
オムレツや魚のポワレなどを自分の皿へ移すついでに、ムッとした顔付きのカティアと会話する。
「聞いていません。こんなに突然来るなんて……」
「我が家同然にとかバッハさんが言ってなかった?」
「それは社交辞令です」
「それはバッハさんじゃないと分からないだろッ!」
手を伸ばしてカティアの皿から牛肉の炒め物を奪って怒鳴りつける。
「生意気盛りも大概にしろ! 肉なんて食いやがって……」
「意味が分からない……相変わらず無茶苦茶です」
あとはパスタ料理でもとテーブルを見回す。二種類が用意されていて迷う。トマトのなんやかんやパスタと、魚介のあれやこれやパスタ。どちらも見るからに好物だ。
すると歩み寄ったクーガーが、トマトパスタを指し示して発言した。
「こちらがシェフのおススメです」
「どっちにも自信を持ってほしいから二つ共もらう」
「お取り分けしましょう」
クーガーが以前と同じく給仕を始めた。
「クーガー。それが終わったらすぐにジェイクさんのお部屋を準備しなさい」
「あ、どこでもいいですよ? ここでも寝られますし」
「遠慮はいりません。私も我が家同然に過ごしてもらいたいと思っていますから」
気の優しくなったサマンサに手を出したい。お触りするタイミングがあれば踏み出そう、この一歩。
「……手紙のお返事がありませんでした」
「受け取ってないの?」
「え……返してくれていたのですか?」
「返したよ。手紙がきた日の夜にな」
「夜に……?」
「夜にお前宛ての念を飛ばした」
「なんですかそれは」
静かに怒ってばかりのカティアだ。夜に手紙は不自然だと名推理をしたようだが、所詮はガキ。思念を飛ばされたとは思わず受け取り損ねたらしい。つまり俺は悪くない。
「俺は送ったけど受け取らなかったのはお前。謝らなくていいよ。未熟は犯罪じゃない」
「もういいです。旦那様のために綺麗な石を見つけたのですが、元の場所に戻しておきます」
「わりぃ! 手紙とか面倒で書きたくなかったの!」
綺麗な石という単語に興奮する。夕飯のあとが楽しみだ。
「はじめからそう言えばいいんです……」
「……この子がジェイク・レイン君なのかい?」
「そうです。……旦那様、こちらは長兄のジークロートお兄様です」
いつもバッハがいる席に座る色男へ目を向けると、ジークロートという名の青年が俺を見ている。喧嘩を売るかワインを盗むか迷うも、食事に集中したい。普通に応える。
「どうもはじめまして。弟みたいに接してくれていいですよ。俺はあんたを兄みたいには接しませんけど」
「は、ははっ。これは大物だね」
肉やパスタを豪快に食べる。急いでやってきた騎士国。消費したカロリーを取り戻さねば。
「……バッハさんはいつ頃のご帰宅です?」
「深夜になるでしょう。うちの人に何か御用のようね」
「公国に入りたいんだけど方法が思いつかないんですよ」
「三頭公国に?」
三頭公国はスリープ伯爵やアグンが他国からの入国を制限している。自然とカワザも二人に合わせなければならず、公国はほぼ交流無しを方針としている。
「どうして公国に入りたいのかしら。事件後なのに危ないわ」
「公国に有名なパスタ料理があるっていうんで食べてきます。思ったら即行動。明日は明日の風が吹く。今日の風は今日浴びようってことです」
「……パスタならうちのシェフに作らせましょう。わざわざ公国まで行く必要はありません」
「本場の料理を食べなくちゃ。兄貴が実家にいる内に行って食べてすぐに帰りたいんです。弟が今頃はカエルと一緒になって泣いているはずですから」
泣くどころかリュートなら怒っているだろうが、同情心を誘っておく。
次に口を開いたのはジークロート。バッハの代わりに解決策を示した。
「アグン様の山は論外として、だとするならスリープ伯爵の領地から入るしかない。正式に入ることができる者は騎士国では、魔物や指名手配犯などを討伐、もしくは捕縛するべく派遣される騎士や衛兵。他には合同演習などなどだな」
「軍の関係者ってこと?」
「そういうことになるね。ただし国からの許可がいる」
「……シーザー陛下の方針っぽいっすね」
「そうだ。軍でさえ最低限の交流に留めるように陛下から指示されているんだ。陛下はスリープ伯爵にいい感情を持っていないんだよね。でも隣国としてカワザ様やアグン様とは仲良くしたい。そこでこの苦肉の策だ」
騎士王とも呼ばれるシーザーはスリープの本性にもエルフの売買にも気付いている。当然だが、スリープ伯爵を悪として思っているだろうし、騎士国に売買されたエルフが自国へ流れることを許さないだろう。
「アグン様がいることからも分かるように、公国は他の国と事情が違う。スリープ伯爵だけは自分の領土であると主張してエルフの国を攻めたけど、基本的に排他的で保守的だ」
「入ってくんな放っておけって姿勢なわけだ」
「だけど君なら問題なく入れる」
意外なことにジークロートは簡単に入国できるという。
「君はもう騎士学校の生徒として登録されていたと思う。だから任務で公国に入ればいい」
「ほう!」
「騎士学校の場合は校長のオーフェンが後ろ盾だね。陛下も最低限の交流であると認めている」
明日にでも行けそうな予感。シズカの懸念を破ってジェイク隊が結成されそうだ。早速、公国へと国境越えに挑む。
「くれぐれも気をつけてほしいのは、君という逸材がいることを公国に悟らせないこと。スリープ伯爵はかなり危険な人物だ。公国内にいる限りは騎士国の人間といえど何をされるか分からない」
「大丈夫だよ。ぶっ殺すから」
「ぶっ殺しちゃ駄目なんだよ!? 国際問題になるっ!」
早いか遅いかだ。国際問題にするつもりはない。だが秘密裏に始末することは念頭にある。好機があれば今回でも問題はない。
「よし、ご馳走様でした」
「……カティア、ジェイクさんをお部屋へ案内しなさい」
旅の疲れを風呂と睡眠で癒す。
明日には騎士学校へ行き、校長に言って任務を受けて公国へ向かい、そうしたらシズカはすぐに気づくだろうからその帝国貴族を始末する。それだけのお仕事だ。
「旦那様、格好つけていないで早く来てください」
サマンサに言いつけられた嫁気取りのカティアに、口を拭かれて立たされる。愛人申請も出さずに図々しい子。
「……」
と思って風呂に入った俺だが、何故か下着姿のカティアまで付いて入って来てしまう。大盛りの双丘をタプタプ揺らし、自慢げに見せ付けながらやって来る。
まぁ混浴と思えば気にならない。
だがカティアは石鹸に伸ばした俺の手を叩き落とし、バスタブに容赦なく放り込んだ。そして泡泡にした手で直に俺の体や髪を洗い出す。そういうお店みたい。
「……また逞しくなられましたね」
「変わってねぇよ。あれからまだ何週間も経ってないんだぞ」
「またお世話できて至福の思いです。ですがお手紙の返事はください。もう少しでユントまで押し掛けるところでした」
「ふぅ……真面目にお勉強やお稽古しなさい。じゃねぇと世話も禁止な」
「それは困ります」
頭皮マッサージを受けながら、微笑みながら上機嫌で世話するカティアを眺める。こいつ分かってんのかな。俺って明日にはすぐに旅立つかもしれないのに……。
「……なんか手持ち無沙汰だな」
「それでは、こちらを楽しまれますか?」
唯一の不満を呟いたら、横に回り込んで自慢の巨乳を差し出してくる奴が現れる。こいつ、ヤバぁぁ。
「……んっ」
まあ、他にやる事もないし、揉んではみる。




