62話、騎士国でも話題の少年
騎士国でも持ち上がる話題はジェイク・レインの事ばかり。
「バッハさんはこの件より前に彼を知っていたらしいですね」
この紅髪の青年は、ベル・サマー。四季貴族では若手の彼が、強気に目の前の先輩へと話題を振る。
紅蓮技の名家で年齢は二十七。前当主が病死したため、若くしてサマー子爵家を継いだ苦労人でもある。
「そうだ。彼はうちがもらう」
サマー家主催のパーティーでの雑談だ。ベルの趣味でもある蒸留酒の試飲会の席で、琥珀色の酒を傾けるバッハ・ウィンター。周囲でも酒に目がない貴族達が様々な酒を嗜む中での対面だった。
「周りから伸びる手ほど目障りなものはない。酒に酒を重ねられるようなものだ」
香りが混ざり合うのは最悪。目当てを純粋に楽しめないのは煩わしいものだと、バッハはグラスの酒を眺めて言う。
「ウィンター家で育てる。変な考えを持つなよ」
「怖い物言いは変わりませんね。父も怖がっていましたよ」
「先代は笑顔の裏に刃を隠していた。お前も多少は見習え」
炎熱の才覚に端正な顔立ち。騎士国の炎と有名なベルは氷をグラスに落として蒸留酒を注ぐ。一口舐めるように飲んでバッハへ返した。
「私の紅蓮技を仕込めば化けると思います。兄弟ともども」
騎士国最高火力は間違いなくベルだ。ジェイクの兄であるクリスにも指南したこともあり、彼を超えるのならばジェイクもと考えていた。
「ふっ、ならば当てが外れたな。彼の持論として、マナ・アーツに属性技は不要だそうだ」
「……なんですって?」
「ジェイク・レインが言うには基本四種を極める自分には属性技は不要。技を濁らせる要素になるのだそうだ」
「属性技は基本系の応用でしょう。まだ子供なんだから私達が教えてあげなきゃ」
上機嫌に酒の照りを眺めるバッハ。反してベルは放任するバッハを咎める。いつもとは真逆の立ち位置で談笑は交わされていた。
「だからお前はジェイク・レインには向かない。彼は放っておいた方が光る。いやこちらが導かれる。まるであの御方のようにな」
惚れているようにさえ見える。自分も経験のない大戦を超えたバッハが、ただの少年に惚れ込んでいた。
「まさか……ユーガ様みたいとでも言うつもりですか」
「ふっ。これ以上は恐ろしくて口にはできないな。勝手に想像しろ」
「バッハさんからこの度合いの冗談を聞く日が来るとは思わなかった。機嫌の良さ任せに酒が進んだようですね。酔ったんですよ、きっと」
ナッツを口に放り、合わせて酒を飲むベル。ジェイクの自主性に理解を示すバッハに苛立っているようだ。動作に粗がある。
「……彼の手柄で《八頭目》とかいう組織が判明したのだから説得も難しい」
「……」
聖国でジェイクが捕らえたキャロルという女。そして同様にガスコイン。次々と明らかになる謎めいた組織模様。ジェイクが言うには人類王降誕祭の日に起こった騎士学校襲撃にも関係があるらしい。
「他の国では知らん。だがこの国でユーガ様の遺産に触れることは許さん。シーザー陛下も珍しく本気の憤りを示されていた」
「何が目的なんでしょう……ここに来て活動が活発化していますよね。ガスコインは金稼ぎにしか関心がなかったようですが、黙秘を貫いていますし、聖国の尋問に期待したいところです」
「ユーガ様が隠した英霊を探しているのだろう。もしかすると特定の英霊のみに用があるのか……いずれにせよ危険極まり無いものが多いからな。だが取り出せるのはユーガ様だけのはずだ」
もしくは遺産自体に価値を見出しているのか。狂信的な信者や盲信する厄介な支持者あたりだろうか。
「……ここまで大胆ですから確信をしての行動ですよね。何ができるのか……どちらにしても焼き殺すだけですね」
肩を竦めて恐ろしげな言葉を告げる。バッハが笑みで応じたのがまた恐ろしさを増幅させていた。
「旦那様。お耳を」
「……」
会話に割って入る無礼を犯してまで、執事がバッハへ耳打ちする。ベルも意外な行動に片眉を上げて関心を示した。
「……本当か?」
「先ほど知らせが届きました」
「アーロンに対応させろ」
「かしこまりました」
知らせを受けたバッハは執事序列一位を動かした。
「……何があったのです?」
「さあな。大したことではない」
「アーロンさんの名前が挙がってそれはないでしょう」
笑って誤魔化すバッハに何を言っても無駄である。嘆息したベルは潔く諦めた。
時は遡り一時間前。ウィンター家では時間通りの夕食が取られていた。バッハがいない代わりに長男のジークロートが実家に戻っており、いつもよりも賑やかな席となっている。
「いやぁ、実家は落ち着くなぁ。相変わらずお喋りはなしで静かなのも懐かしい」
陽気なジークロートはバッハと違い明るく口数が多い。義母のサマンサがよく思っていないのが眉間に寄る皺からも分かる。
「……ジークさん。ならば静かに食事をしたらどうなの?」
「いつも義母上はそう仰いますが、父上から怒られたことはないですよ?」
「それは武芸者としては優秀だからです。マナーは私が指摘するものなのです。亡きお母上に代わって」
騎士として実力が確かなジークロートはバッハに認められた時期当主。口数が多かろうがバッハには取るに足らない問題だった。
「有り難い事ですが、家族の近況くらい知りたいではありませんか。リカルドとかカティアとか……事件にも巻き込まれたでしょう?」
「……」
「リカルドはそろそろ【冰麗技四式】くらいは到達したのかな?」
兄弟達から尊敬の念を集める長男の呼びかけに、リカルドは息を呑む。ジークロートは天才的な才能でウィンター家の技を習得し、今のリカルドの年頃には既に当主に相応しい実力となっていた。恐縮してしまうのは自明の理だった。
「すみません。まだ三式止まりで……」
「三式でも物にすれば実戦で通用するから気にしないでいいさ。どちらかと言えば三式を完全にしてから四式の鍛錬に入るといい」
「そうしますっ。ありがとうございます、兄上」
「いいともさ」
弟に助言を告げるジークロートの関心はカティアへ移る。
「カティアは婚約者が死んだと聞いた。相談なら乗るよ?」
「いえお気になさらず」
「……気にしていないようだね。新しいお相手が気に入ったのかな?」
「気に入ってはいます」
分かりにくいながらも怒りを表しているように感じられる。新しい婚約者を悪く思っていないように見られたが、どうしたことかとジークロートにまた次の関心が生まれた。
「……カティア、落ち着きなさい」
「お手紙の返事がありません」
「あちらの都合もあるでしょう。事件もあったと聞きます。自分の意向を押し付けてはいけません」
カティアがここまで怒ることも珍しい。だがジークロートが意外であったのは母サマンサだ。誰かを庇うことがそもそも珍しい。話の内容では手紙の返信がないという。礼節に厳しいサマンサが嫌いそうなものだが。
「そ、それより学校の方はどうなの? カティアちゃんは見違えるほど強くなったとクラウスから聞きましたよ?」
「……順調です。次回の格付け戦は期待してください」
「あら本当?」
シャンティが気を効かしてカティアへ問い、功を奏して機嫌も持ち直す兆しを見せる。
「カティアちゃんがそこまで言うなんて――」
自信を覗かせるカティアに笑みが綻ぶ。そんな時に扉が開かれた。
「……!」
「うぐっ!?」
勢いよく扉が開かれ、スキップの足取りで踏み込む者が現れる。驚いて咽せる者もおり、呆然とする食堂。
しかしその人物は関心も見せず何も言わず、鼻歌混じりに食堂へ入り席へ歩いていく。
空席に座るなり肩を揉んで溜め息を吐き出した。
「はあ……疲れた。さっさと飯食って寝よ」
「旦那様……?」
先程、新作を公開したので興味のある方は是非!




