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60話、天狗に続き、騎士が去る

 道中が暇だったのでシズカの尻を揉んでいたら、はっ倒されて彼女が去った。早速だが公国への入り方を考えなければ。次にイチャつけるのは公国だ。急ごう。


「結局夕方までシズカと過ごしてしまった」


 もう仕事は始まっている。父は許してくれるだろうが走って帰る。

 到着すると、既に兄は帰ってきていて家業を手伝っていた。


「にいちゃ! お姉ちゃんはっ?」

「またリュートに会いに来てくれるってよ。凄く良い子だって褒めてたぞ?」


 帰るまで(なつ)くことはなかったが好感は持っているよう。上機嫌のリュートを抱いて牛舎へ。


「今日は任せるぞ。父ちゃんもいいだろ?」

「ああ、好きに過ごしていなさい……それよりきちんと見送ったのか?」

「おう。突然の訪問となり、誠に申し訳ありませんでしたってよ。あんたらの態度のせいだぞ。言ってあったんだから反省しろよ」

「んん〜、すまなかったな。まさかあのような人が我が家に来るとは思わなくて……」


 神格すら持っていそうな奴だから分からなくもない。シズカに会えなかった兄は不思議そうに首を(ひね)っている。


「あれ、今日はもう帰るのか?」


 兄貴と同じく帰って来ているグロリアに挨拶をしようとすると、玄関から母と出てくるところだった。荷物もすべて持っていて帰宅の途中に見える。


「グロリアちゃん……一度実家に戻ることになったんですって。しかも今から出発するそうよ?」

「あ、そうなの」

「そうなのって軽く言わないの。またいつ会えるか分からないんだから……」

「実家に帰るくらいはよくあることだろうが……」


 本当に実家へ帰るのなら悪い知らせではない。だがグロリアの場合は額面(がくめん)通りに受け取れないところもある。


「急な話になってしまったが、これが最後というわけでもない。準備を終わらせたら馬を走らせるつもりだ」

「今日はリュートの機嫌がいいから送ってやるよ」


 俺へ伝えたいこともあるだろうと見送りを提案する。通常なら遠慮するグロリアからも反対の声は上がらない。本部騎士団からなにかを言われたのだろう。

 母に見送られ、我が家から街への坂道を降りて行く。


「……帰還命令が送られてきた」

「早すぎるだろ。グロリアが現地に着いた辺りで送ってないか?」

「そう思う。嫌な予感がする」


 なだらかな坂道を二人で下りながら憂鬱そうなグロリアの相談に乗る。

 このタイミングだ。本部に帰還すれば任務は取り消されるだろう。次に会えるのはいつになるか。長い休暇でもなければまず会うことはない。


「そんな顔すんなよ。手紙って手もある。近くを旅することがあったら顔も出す」

「ああ……そうだな、前向きに考えよう」

「……じゃあ伝えておくことを先に済ませていいか?」

「なんだ?」


 落ち込むグロリアにシズカの返答を報告する。


「愛人申請はやっぱり却下されたな」

「……そういえば恋人が来ていたと聞いた。そうか、許してもらえなかったか……。当然と言えば当然だが、ジェイクなら万が一がありそうとも思っていた」

「他の女にも手を出すクズだから止めておいた方がいいですよってよ。それに俺もグロリアもまだ若いし、一緒にいても必ず苦悩するからだってさ」

「苦悩……?」


 俺もよく分からない。だが絶対に伝えるように言われた。


「でも条件次第なら考えるってさ」

「……条件」

「まあ、将来的に俺がそんな願望を持ったとしてって話になるけど……」


 正体が露見したら面倒な問題になるから、俺にその気はない。シズカにもはっきりと伝えたのだが、少ない可能性でもゼロではないと返され、伝える事に。


「まず俺にそのつもりはない。理由が聞きたいとしても、今は話せない。それだけは覚えておいてくれ」

「あ、ああ……」

「で……条件は、グロリアに子供が産まれたなら、共に母として接させてほしいんだってさ。あいつらしいな」

「……無論構わない。だがそれだけか?」


 それだけと簡単には言えない。


「あいつは子供が産めないんだ」

「……」

「だから愛人とか言われて思い付いたんだと思う。子供は好きだけど自分では産めない。子供が産まれたら母親として子育てをしたいらしい」


 人間と天狗との間で子供は作れない。前世でも行為自体は多くても子供は宿せなかった。


「……私の父が良い医者を知っている。シズカさんは多忙らしいが時間を作って診てもらおう」

「そのうちな」


 種族的問題なので無駄に終わるだろう。長い間も悲しんでいたが、シズカも今となっては期待していないようだ。


「……」


 密かに決心していた。子を作れるようになったとしたなら、まず何よりもシズカとの子供を作る。なにか手段を見つける。前世は俺自身が子供を望んでいなかったから耐えてもらったが今回は違う。

 人類王が不妊治療に本気になる。


「依頼に行かなければ私も挨拶ができたのだがな。あまりに美人だったので心臓が止まりかけたと言っていた」

「俺以外には優しいからグロリアも安心していい。著しく道を(たが)えたりしなければ斬られることもない」

「武芸者らしいな。話が合いそうだ」

「……ちょっと俺達とはレベルが違いすぎるかな」


 《金毛の船団(アルゴノート)》最強格はレベルが違う。輪廻龍を倒した時も奴らがいなければ戦いにすらならなかったはず。悪霊三体では話にもならない。


「そんなに強い方なのか……」

「それより半日くらいは延ばせないのか? お別れ会をしないと」

「いいや、しなくて構わない。騎士に愛想が尽きそうだ。騎士に課すとは思えない無茶苦茶な任務といい、勝手な帰還命令といい。振り回されて呆れてしまった」

「え、騎士を辞めるつもりなのか?」


 本部騎士はお金持ち。聖母護衛や聖母候補者関連の任務に従事することもあり、大切に扱われる。厳しい訓練に目を(つむ)れば憧れの職業だ。


「辞める必要はないだろ……」

「立場がなくても正義は為せる。ジェイクがそうであったように騎士でなくとも弱者に寄り添える。私がタリナで学んだことだ」

「時には嘘も混じえてな」

「嘘は駄目だ。不誠実だからな」


 どうして俺には馬鹿真面目な女しか寄ってこないのだろう。


「騎士の位にある者として職責は果たすべきだ。だから帰還命令には従う。話を聞いてから判断するが、残る意思は弱い」

「そうかい」

「聖国祭を共に祝うことはできなさそうだ」

「来年またこの季節がくる。その時でも――あっ! 石ころあるじゃん!」


 ここで真面目ポイントが枯渇(こかつ)する。ジャガイモみたいな石ころを見つけたことで巫山戯(ふざけ)スイッチが入った。路傍(ろぼう)の石を持ち上げて、下にいたダンゴムシから家を奪う。


「また石を拾っているのか?」

「……これは俺のだぞ」

「狙っているわけではない。そもそも石なんてほしくもない。なぜジェイクはそのような小汚い石を持ち帰るんだ?」

「こ、ぎ、た、な、い……?」


 一般的にいう傷付けられた状態になる。


「ああっ、すまなかった……! 汚いというほど汚れてはいないな。傷付けて申し訳ない」

「傷付いてないけど? 俺にとってはこれも大自然。宝石同然。部位差別なんかしない。俺はね?」

「分かった分かった。帰ってきたら一緒に探すから許してくれ」

「許す」


 頭を撫でて甘やかすので許す。思っていたより形が悪く小汚い石だったのでダンゴムシに物件として与える。


「さ、行こうか」

「……こら」


 久しぶりに頭を指で突かれる。処方箋(しょほうせん)として採用されるべきだ。凛々しいお姉さんからの甘々なコラには心を癒やす効果が認められている。


「結局この石は持って帰らないじゃないか」

「思ってたより小汚かったんだもん」

「ぷっ……」


 叱ろうとしていたのだろうが笑ってしまう。耐性が完備されたシズカはともかく、グロリアが俺を叱ることは不可能。甘く見ないでもらいたい。


「……ジェイクはどうしようもないな」


 微笑んで俺の腕を取り歩き出す。日の暮れていく坂道を夕日に向かって改めて下りる。


「シズカさんに少しだけでも認めてもらえたなら、もう少し関係を発展させたかったな」

「じゃあ今度会った時は、小旅行で隣町に行って名所を回ってキスでもして高いレストランで飯食ってホテルに泊まってお触りでもして帰ってくるか?」

「……な、なんだか手慣れていないか?」

「今時の男子を舐めるなよ。そのくらいの速度で大人になるんだぞ」


 本当のところは知らない。だがこの先いつ気が変わるかもしれないグロリアに、早く手を出しておかなければ。この齢における男の頭の中は大体こんなもの。


「そうか……ならば私もその日が来るのを楽しみにしていよう」

「……」

「必ず帰って来る。待っていてくれ」


 頬にぎこちないキスをされる。午前にシズカからされた側と逆に。今日は二人の女神から両頬に祝福される。殺人鬼三人をぶっ飛ばした二ヶ月の頑張りが報われた瞬間だった。


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