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59話、烏天狗、常人に緊張する

 ああだこうだと言い合いながらイチャ付き、真面目ポイントを回復後。手拭いで汗を洗い流してから、川辺でスッキリ顔も洗う。


「ふう! 今日はよく眠れるぞぉ!」

「……早く来なさい。話ができません」


 思えば昼には家に戻らねば。時間に限りがあるのを思い出して、顔を拭きながら嘆息混じりなシズカの元へ。


「……でその貴族がなんだって? なにをしたんだよ」

「人身売買です。それもエルフを非人道的な愛玩用として売っています」

「あちゃあ。それは悪霊にされても仕方ねぇわ」


 殺人鬼ではないが大罪人だ。シズカが見逃せないと考えたのも理解できる。などと耳にしながら、シズカが気を利かせて用意してくれた焚き火に当たって体を温める。


「公国内はカワザとアグンが密かに保護しているようです。ですが帝国に流れるエルフは故郷に戻る見込みが立ちません」

「森まで逃げ帰るのは難しいだろうな」

「公国にライドクロスという若者がいるのですが、彼がエルフの森を半壊させて多くのエルフが捕まりました。それが売り(さば)かれているのです」


 公国の英雄ライドクロス。聞いたことはある。《ノアの方舟(ノアズアーク)》に迫る実力で、公国の次代を担う戦力なのだと。


「彼も将来的に悪霊にすべきです。彼はエルフも人も殺しすぎた」

「ついでにそのライドクロスも見ておこうか。倒せそうならまとめて悪霊にしてもいい」

「今のジェイクでは勝てません」

「どうかな。俺は何度も不可能を可能にしてきた」

「危険を冒す必要はないでしょう。あなたが鍛えればライドクロスは間違いなく《ノアの方舟(ノアズアーク)》に選出されたはずです。今のままでさえ届きうるのではと考えています」


 シズカがここまで評価する若手とは珍しい。嫌悪感を持ちつつも、そのライドクロスを大戦級と評価している。噂よりも強いのだと考えを改めた方がいいようだ。


「ライドクロスがエルフを捕まえて……スリープ伯爵?」

「ギルバート・スリープ伯爵です。公国で強い権力を持つ三人目の貴族です。財力的に強く、カワザやアグンも無視できない存在となっています」


 スリープ伯爵が帝国の貴族にエルフを売っているという。エルフ売買および侵略行為の元締めであり元凶と考えて良さそうだ。


「そのスリープってのをやっても次がいるよな。子供とか支援者とかがいるだろ?」

「だから今は帝国側へ流れるエルフを助ける他ありません」

「……エルフ側の対策は?」

「困ったことに自衛しか頭にないようです。人間を完全に忌み嫌っており、山エルフと共に戦争に備えています」

「手に余る。どこもかしこも問題だらけだな」


 スリープ伯爵はライドクロスを駒にしてからエルフで金儲けを始めた。以降、エルフは人間を外敵に認定する。捕まったエルフ達は奴隷状態で、数も多い。

 これらは一気に解決できるものではない。スリープを排除してもライドクロスを悪霊にしても解決しない。


「シズカの言うようにまずは一手だな。見せしめにしよう」

「現地で集合した方がよいでしょう。どうにかして公国に入国してください。問題は侵入だけで、標的の悪霊化自体は容易です」

「また旅か……」

「とはいえ出発は遅くても構いません。その貴族は帝国を出たばかりで物見遊山を楽しんでいます。目的地に着くまで何日もかかるでしょう」

「そっかそっか」


 真剣な話し合いが終わる。服も着て準備を終わらせた頃、時刻は都合良く昼となっていた。


「よし、家族に会わせてやるよ」

「……緊張しますね」

「なんでだよ。あっちが緊張する側だろ」


 言うまでもなく《烏天狗》であることは言えない。だがこの美貌が家に上がり込んできたなら、反応は想像に(かた)くない。


「行くぞ」

「……」


 照れ隠しに難しい(しか)め顔をするシズカと手を繋ぐ。

 川沿いに下り山道へ。二十分も歩けば大きな人道に出る。そこから登れば酪農家一家の家が出てくる。


「ここで待ってな」

「ええ。くれぐれも上手く説明してください」

「はいはい……なんでこんなのに緊張するかなぁ」


 いきなり連れて入ると大混乱が予想される。俺だけ玄関から帰宅。


「なんだ。みんな帰ったんだな」

「もぅ……遅かったじゃない。すぐにお昼にしましょう」


 家の中には酒を飲んで顔を赤くする父。キッチンに立つ母に、元気が有り余っているリュートも飛びついてくる。きっと友達と遊んで気分が上々だからだろう。


「そんなことより、あんたらの待ちに待った恋人がきたぞ」

「なんだ、グロリアちゃんがもう帰ってきたのか?」

「だからグロリアじゃねぇって。本当の恋人が来たって言ってんの」

「……本当に違ったのか?」


 どこに驚く要素があって、どこに疑う余地があったのかだけが謎。口を開けて呆気に取られる両親にシズカを見せる。


「……失礼なこと言うなよ」

「は、早く中に入ってもらったら……?」

「はいはい……ほら、入って来いよ」


 玄関の扉を開けてシズカを手招きして呼ぶ。


「……」

「……」


 両親と三歳児が白目を剥く。

 扉を抜けるシズカにより、室内の空気が瞬時に澄み切った。射し込む斜光も新聖みを帯び、聴こえてくる小鳥の囀りも神鳥のハミングの如く。

 そして本人は緊張から表情硬く、それでも愛想を見せようと懸命に挨拶した。後光で燦々と凡人三名を焼きながら。


「……お邪魔させてもらいます」

「こっちが弟のリュートであっちが父であれが母な。兄貴は出かけてる」

「シズカと申します。彼とお付き合いをしている者です。ご家族の皆様、どうぞよろしくお願いします」


 (いか)めしい武人の一礼。格下家族は跳ね上がって直立不動となった。


「こ、これはご丁寧にありがとうございます!」

「汚いところですけどこちらにお座りください……! どうぞ!」


 グロリアの時とまるで違う。正体を隠しても神々しさは抑えられない。

 父はシズカを目にして酔いも吹き飛んでしまったようだ。肝っ玉の据わった叛逆者リュートも丸い目を剥いてシズカを見上げている。

 今にも平伏しかねない勢いで、家族はシズカに屈してしまう。


「私に気を遣う必要はありません。お邪魔するだけでは申し訳ないので、なにか手伝いしましょう」

「しなくていい。上に来いよ、俺のコレクションを見せてやる」

「しかし……」


 母のスープを味見する……さっきの川並に薄い。淡水スープを塩や胡椒(こしょう)で味を整えてから二階へ。


「母ちゃん、シズカの分も用意しておいてくれ。コレクション見せてから食うから」

「私のスープで大丈夫かしら。お金をあげるから街のいいレストランで食べてきたら……?」

「不安だよな、でも大丈夫。たったいま俺のスープに改造しておいたから」


 不安がる母と汗だくの父。事態についていけず放心するリュート。あまりに予想通りだ。落ち着く時間を稼ぐため、二階へ向けてシズカの背中を押す。


「……なにか粗相(そそう)をしてしまったのでしょうか」

「お前が美人すぎてビビってるの。よくあることだろ、気にするな」

「それだけならよいのですが……」


 酪農家一家を破壊した美貌を二階に上がらせる。部屋に連れ込んで俺のコレクションを見せてやろう。


「これが今一番のドングリ。こっちが今一番の平べったい石」

「……相変わらずよく分からない趣味ですね」

「触んなコラぁ!」

「触りません。今も昔もまったくの無関心です」

「触っていいよ?」


 興味を持ってほしくて平べったい石に触らせる。手を取って強引気味に石に触れさせた。


「……石ですね」

「いい手触りと形だろ? 何物にも代え難いだろ?」

「まあ……」


 怖いほど無関心。感情の波がなにも感じられない。(なぎ)の如し。


「飯……食うか」

「そうしましょう。ご家族と仲良くさせてもらわなければ」


 溢れる涙を拭いて部屋を出る俺を慰めることもない。俺が見出した平べったい石。上手く価値を伝えられなかった無念。次回に活かそう。


「……! じ、ジェイクよ。金をやるから街一番のレストランで食べてきなさい。こんな普通な食事ではもてなせん」

「シズカは普通の武芸者だ。こういう食事にも慣れてる」


 シズカは料理上手なので大嘘だが、金を差し出す父を無視して、いつもの席へ座る。


「ここに座れよ」

「……お邪魔でなければ、ご一緒させてもらいます」


 あとで両親には説教をするとして、いつもより動きの鈍いシズカを隣に座らせる。


「早く食おうぜ。両親が悪いな」

「突然お邪魔したのは私です。ご両親を責めないであげてください」

「あんたらが食わないとシズカが食えないぞ。早く座れよ」


 厳しい視線で(とが)めると両親も慌てて着席する。


「……ではいただきましょう」

「チーズもありますからねっ。パンもどうぞ」


 父も母もやっと食事を始めた。しかしシズカの一口を固唾(かたず)を飲んで(うかが)っている。緊張の一瞬だ。


「……とても美味しいです。ジェイクのお母上は料理上手なのですね」

「俺のスープだけどな。塩とか入れたの見てただろうが、なに言ってやがる」


 お世辞は許さないのがジェイク流。ホッと一息ついた両親に現実を教える。


「ほれ、リュートもご挨拶してみ。シズカは俺以外には優しいぞ」

「リュート君というのですね。お兄さんとお付き合いをしているシズカです。よろしく」


 子供好きなシズカから率先して話しかける。愛想笑いすら出来ないので、懐かれる事は少ないが。微笑くらい気軽に出来たならまた違っただろう。


「……り、リュート、です」

「シズカお姉ちゃんに自分で食ってるところを見せてみな。褒めてくれるぞ」

「っ……!」


 そう言うと我が弟はスプーンを掴み上げ、カヌーを漕ぐ勢いでスープを飲み始めた。

 この日はなんとリュートが自分でスープを食べ切る初めての日となった。


「では私はまだ仕事がありますので、この辺で失礼します」

「次はちゃんとしたものをお出ししますので……」

「今日と同じスープ系をお願いします。彼の親しんだお母上の味を覚えたいので」

「あ、あんなものでよろしいならいくらでも!」


 母がシズカのご機嫌取りを真に受けてしまう。どうやら家族には好印象を与えられたと見る。

 まだ計画の準備に時間をかけなければいけないので、シズカが旅立つ。大きな仕事を終わらせるまではシズカに動いてもらうしかない。代わりにではないが、俺も公国に出向いてやるか。


「あ、そうだ」


 シズカが旅立つ為に、人目のない場所まで連れ立って歩く中、ふと思い出す。


「どうかしましたか?」

「答えなんて分かりきってるけど、約束したから聞くわ」


 浮気するつもりはない。シズカがどう答えるかも分かっている。だけど約束だから聞く。


「愛人申請が出されてるよ」

「なんですかそれは……」


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