57話、木こりをしてたら天狗が降って来た
夕食後には小休止を挟む。監視で疲れ果てたリュートが口からチーズのパスタを垂らして寝落ちした、その後のこと。風呂に連れて行く前に、ちょうど宿屋へ帰るグロリアを見送る。
「本当に一人で帰れるのか?」
「当然だ。私を誰だと思っている」
「俺を誑かしにきた小娘」
「……共に苦難を経験したのだ。その過程で惚れることもある。加えて言わせてもらうなら、魅力的なジェイクの側に原因があるだろう」
「確かにぃ〜!」
勝手に惚れた女騎士が責任転嫁するが、その理由は尤もなものでした。
兄貴が風呂に入っていて順番待ちなので、下手な鼻歌をBGMにして玄関先でグロリアと少しの雑談に興じる。
「それにまた兄を取ったとリュート君に嫌われたくないからな。またの機会にしよう……いや思えば、気を遣うなというジェイク達が気を遣うのはおかしいだろう」
言われてみると正論だった。それにグロリアなら夜道で襲われても万が一もない。
「そうだな……ほらリュー君、グロリアお姉ちゃんにさよならを言いな」
「よなら……」
ほぼ寝ながらでもリュートはまだ見知らない美人を警戒している。旅から一緒に帰ってきたことで、グロリアが連れて行ったと思っているらしい。
「またな、リュート君。ジェイクもまた明日」
「おう。気をつけてな」
坂道をグロリアが下りていく。姿が見えなくなるまでは肩に担いだリュートと見送る。何度も振り返って手を振るグロリアだったが、姿が見えなくなったので中へ。
「おぉい、リュートを早く風呂に入れてやってくれ」
「ああ、そうだな」
本日は父がリュートを風呂に入れる日だ。俺の要請を受けて、未来を察したリュートが俺の髪を掴んで抵抗を始めている。毟られる前に引き離して、リビングで晩酌をしていた父へ渡す。
「手紙手紙」
一日の疲れを引き連れて二階へ上がる。自室でバッハからの手紙を読んでみよう。階段を上がって右に続く廊下。俺の部屋は一番奥の左にある。
部屋にはお古の机と椅子、ベッド。あとはコレクションを飾る自作の棚くらいだ。石を並べる段が三段で、ドングリや木の実は一段。
「……」
コレクションに何事もない事を確認してから、机に置いてある手紙を手に取る。
何が言いたいかと言うと……これがここにあるということは、俺の許可もなくこの部屋に入った家族がいるということ。腹立たしい。上歯と下歯をS極にして、二度と咀嚼を出来なくしてやりたい。
「手紙を読むか」
手紙の差し出し人はバッハでもモルツでもなく、カティアだった。
けれど中身は重要なものが書いてある。バッハが書かせたのだろう。王子が関心を持っている事やガスコインが俺に面会したがっている趣旨の内容が書かれている。
「会いたくねぇよ。いや……待てよ」
胸糞の悪い奴らだが、組織への忠誠心など皆無であろうガスコインなら《八頭目》について話す可能性もある。世話になっているウィンター家の娘を陵辱しようって男なので、組織に義理など感じる筈はない。
しかし要望を示せば応えられると思われても癪なので、会わない方向で思考を終了した。
「……」
あとは長期休暇を使って聖国に来るかもしれないこと。むしろ俺からまた騎士国へ来ないかという話が長々と書いてある。
「俺は何処でも人気者だなぁ。とりあえず返信はしておくか」
ザーマ族は手紙などという従来の連絡手段には頼らない。窓を開けて返信を待っているカティアへと念を送る。どうかこの思いを受け取ってくれますように。
「……よし、風呂に入って寝よう」
寒くなってきたので厚着をして寝る。聖国と騎士国は日本と気候が似ている。と言っても少々熱い季節と、かなり寒い季節が交互に長く訪れる。一気に寒くなるので要注意だ。
「ジェイク」
「んあ?」
翌朝。朝のランニングと仕事を終え、のんびりと朝食を取っていた時だった。リュートに食べさせ、家族が食べ終えた頃にやっと自分の朝食に取り掛かる。
「今日は街で他のお友達と遊ばせるから、ジェイクは好きにしていていいわよ」
母はリュートの友達作りにと、街の公園に連れていくことがある。母の友達を誘ってリュートに交流を学ばせようとしている。俺の時にはなかった。兄の時はあったらしい。有り難いけど、なんでなん?
「母ちゃん、そろそろ行こうぜ」
「もう……まだかなり早いんだけど仕方ないわね」
朝からグロリアと依頼を受ける兄に急かされて母が立つ。
「……!」
「大人しくしやがれ」
街へ行く気配を感じ取ったリュートが逃げ出そうとするも、兄に捕まる。憐れ、リュートは担がれて街へ。
「ジェイクはどうするんだ? 俺は木こりをいつもの面子とやる。冬も近づいているからな。そろそろ薪を準備しなくてはな」
「ああ、じゃあ俺も手伝おうか」
「助かるが、今日から少しずつという話だからすぐに終わるぞ?」
「そのあとは……もう少し日が昇ったら川にでもいく」
「……よく思い返してみれば、河原でお前がボスゴブリンに殴られてからまだ二ヶ月も経過していないんだよな。相変わらず無茶苦茶だ……」
午前の予定は決まった。木こりの仕事をして薪割りバイトの負担を大きくしてから川へ。明日以降、木を買った奴等が集まって来るだろう。
今日くらいは川へと平たい石や生き物探しに行く。
「俺は準備をしているから。今朝くらいはゆっくり食べていなさい」
「腹立つくらいに学習しねぇな。だからさ、両親がリュートを世話すれば毎日ゆっくり食べられるんだって」
「ゴホン! アアっ、ゴホゴホ!」
調子の良い時だけ調子が悪くなる父パーズ。玄関から出ていく背中を、貫通せよと眼光放って睨みながら見届け、自作のオムレツを食べる。
コーヒーも飲みながら食べ終えて外に出てみれば……。
「なんだ。ジェイクも行くのか?」
「あんたらの出番がなくなるな。この山をハゲ山にしてやるよ」
「頼もしいなあ。あの寝てばかりのジェイクが死にかけてから、丸っ切り変わったもんだ」
父と友人達が斧を手に談笑していた。早速、おっさん七名を引き連れて山に入る。
「どいつもこいつも腹が出てやがる。だらしねぇな」
「お前もいずれ出るんだぞ?」
「決めてるから。腹が出たおっさんになるくらいなら、腹を掻っ捌いて死ぬって決めてるから」
「お前には俺等がそんなに恥ずかしい生き物に見えてるのか……?」
本業の木こりが四名。副業として行っている者が四名。計八人が近場の伐採現場へ到着する。
「どらぁ!」
一本目の木を愛用の斧により伐採。一定時間内で比べると、前腕にかかる負荷は薪割りよりも強い。下半身や背筋への負荷もいい塩梅だ。これはいい鍛錬になる。
「はは、だがまだまだだなジェイク。俺達の方が早いぞ?」
「……ジェイク、こんな時まで鍛えているのか? 神足通を通していないだろう」
「はあ……?」
木こりが本業の大柄な男を不快なので黙らせる。神足通を通して木を薙ぎ倒す。数秒だけで。
「……」
「俺を嘗めるんじゃねぇよ。腹が出てるおっさん如きが、俺を嘗めるんじゃねぇよ」
「……腹掻っ捌いて死のうかな」
どうぞ。白目で自殺願望に目覚められるので、どうぞ。付き合うほど暇ではないし、木こりの時間を無駄にはできない。構わず作業に戻る。
時間にして二時間半。予定よりも長く粘って木を切り倒した。
「運ぶのか?」
「それは俺達でやっておく。ジェイクはもういいぞ」
「そうかい。昼から飲んでるからその腹になるって、そろそろ気付きな」
「……」
早く仲間と酒を飲みたい父へ諫言を送っておく。半端な木こり仕事など、友人らと酒を飲む口実だ。こんな場合には午後の仕事にかかる俺の負担が大きくなるので、嫌味くらいは言う。
「……釣りにしておけばよかったかな」
家には戻らずにそのまま川へ。少し上流まで進んでみる。
だが探し尽くした場所に新しい石は見つからない。釣りをして魚でも昼飯に足せばよかったと後悔していた。
「――少しは戻ったようですね」
そんなところへ、気配もなく彼女が現れた。聞いていた予定が完全に虚偽のレベルで、早々と現れた。




