56話、真面目にお稽古
帰っちゃったものだから、仕方なく家業の手伝いをする。タリナから帰還した俺は酪農家をしているレイン家を手伝わなければならない。だって次男坊だから。父親と肩を並べて午後の仕事も張り切ってやる。
「……」
……り、リュートが牛舎の端から見張っている。干し草を運ぶ俺がフラッと旅に出ないか見張っている。見ているのなら手伝ってほしいが、そういう問題ではないらしい。
「お前がいない間は機嫌が悪くてな。騎士国に行っている時よりも食事が大変だったのだ……。どうやら騎士国の旅行が一度きりのものと思って我慢をしていたらしい」
「まだ色々出かけたいから今のうちに慣れておきな」
「活動的になったものだな。しかしどちらかと言えば喜ばしい変化ではあるか……」
父と母は暴君を相手に二日の世話で疲弊していた。唯一の救いとして、ここ数日はショーンが家の仕事を手伝ってくれたらしく、俺と入れ替わりで帰省したらしい。
遊び相手も居なくなり、同じく気疲れしていた兄は気晴らしに依頼を受けに行った。タリナへの旅で家の事を任せていたし、聖国祭が近くなって賑やかになる街で憂さを晴らしてほしい。
「あと何かあったような……ああ、ウィンター様から手紙がきていたぞ」
「なんだろ、追加の小遣いかな?」
「貴族を金蔓にするのはやめなさいっ。恐ろしい……」
バッハかモルツから手紙が届いているらしい。面倒な案件ではないといいが。鍛錬後に食事を取ってから内容を確認しよう。もしくは確認前に暖炉へ放り込もう。
「ジェイク、戻ったぞ」
「おかえり。兄貴はどうだったよ」
新しい技を習得しようと鍛錬場に向かう道すがら、キビキビと向かってくるグロリアを迎える。
旅先から連れ帰ってみれば、早とちりした家族はグロリアが恋人だと勘違いしている。美人を前にして勝手に驚いて騒がしくなり、否定しても信じてもらえなかった。
「わざわざ言うまでもなく素晴らしい才能だろう。ジェイクが教えただけに将来が楽しみだ」
「そうかそうか、俺がいなかったら凡才ってことだな」
兄と依頼を達成したらしいグロリアは機嫌が良い。俺の家族と仲良くなれて嬉しいと言っていた。
「もし良ければ私も鍛錬に加わっていいだろうか。ジェイクの鍛えているところも見てみたい」
「もちろんいいぞ。むしろそのつもりだった。母ちゃんが魚を焼いてるからその流れで食べていきな。明日も明後日もその後もな」
「そ、そこまで世話になるつもりはない。面倒をかけたいわけではないんだ」
「いいんだよ、俺が買った魚だし。親がいいって言ってんだし。一人で味気ない食事ばっかりじゃあ肩が凝る」
脚に抱きついて離れないリュートを抱き上げて歩く。鍛錬場には先に兄がいて筋トレをしていた。依頼は物足りないものだったようだ。
「……ただいまも言わないでやってるよ。待っててくれたグロリアが光って見える」
「私はジェイクを出迎えたかったからな。普段はクリスと同じ行動を取っただろう。私も自分の歩調を乱すことはない」
「ますます光ってるぅ」
俺が大好きだと隠すこともない。髪型やアクセサリーも変えたりしながら俺の反応を見ている。完全に恋する乙女だ。
「今日の髪型は大人っぽく見える。色気があっていいな」
「……! ……昨日とどちらが好みなんだ?」
「昨日も昨日で良かったな。どちらかと言うと今のやつ」
気づいたら褒める。習慣付けると女が面倒臭くなるのを防げる。
「……昨日も同じことを言っていなかったか?」
「毎日上書きされてるな。これはきっと結局のところ、その時に会うグロリアが一番ってことだ」
「上手いことを言う」
半端に感想を言っていると疑うグロリアを照れさせた。俯いて微笑み、耳に髪をかける仕草をしている。これは勝利を意味する。本来なら手を出せる頃合いだが、若過ぎてイマイチ気乗りしない。こいつの母親とか来ないかな。
「……?」
リュートの耳は塞いである。女の取り扱い法を学ぶには早すぎる。
「……さっさとやらねぇと飯に間に合わないぞ」
「おう。そうだった」
兄に窘められ、遅れながら稽古に取り組む。まずは縄跳びで体を温める。今日は筋トレ中心なので続けてスクワット。怪我にだけ気を付ければ、足腰を鍛えて損はない。
その後にやっと新技の練習。
「どらぁ――!」
足裏に神足通を通して蹴りを突く。空気を打つと振動の波が。軽い空圧が重い音を鳴らす。
「また新しい技をやってやがる……」
「……【神足通系第七等技・大鐘音開】をやろうとしているのか?」
【刻衝】と並んで魔物などの大型な敵に使える【大鐘音開】を練習中。これは成功すれば音で知らせてくれる。
「どりゃ!」
「いいね。これもリュートに教えてやるからな」
真似をするリュートの頭を撫でてまた練習。思い出すように技を反復する。
「……今の間だけでも音が格段に良くなっている。七等技と言っても【大鐘音開】など教官でも使えないぞ。難しいこの技をこの速度で習得しているのか……?」
「ジェイクはいつもこんなもんすよ。放っておいたら強くなってますから」
一度でも習得済みなのだからできるのは当たり前だ。今回は前から使用頻度が少なかった技なので、一週間は費やしそうな予感。
「……」
本日は見学のみというグロリアから熱い視線を送られる。男の子の性。少しの動作も格好つけてしまう。垣間見せる横顔も引き締めて見せる。
「みんな、夕食にしましょう」
いいところだったが母が食欲に負ける。呼びにきたからには片付けて夕食の時間だ。
「ジェイクはグロリアちゃんの隣でいいわよね」
「……言っても聞かねぇなぁ」
恋人とは違うと言っているのに要らない世話を焼く母。既に嫁に迎える気になっている。この状態が続くのは良くない。折を見て強く言っておこう。
「口に合わなかったら言っていいからな。俺は言った結果、改善されないから自分で作ってる。母親の側は譲らないぞ」
「嫌なことを言わないの」
「改善しないあんたは確かに嫌なやつだよ」
嫌なやつから軽く頭を叩かれる。本当に嫌なやつだ。
「……ご相伴に預かる」
「遠慮しないで食べなさい。うちのチーズもあるからな」
♤
レイン家の夕食は賑やかだ。三歳の男の子を中心に長男と次男がいるのだから自然なのだろう。
「美味しい……」
「俺が下味をつけたからな。料理は準備段階で決まる。覚えておくといい」
「焼く過程も重要だ。とても香ばしく焼けているだろう?」
ジェイクは母親にも挑戦的な言葉を向ける。目付きが険しくなるのはそちらを見なくても明らかだ。機敏に察知して咄嗟に母親側に立って諭していた。
「ありがとう、グロリアちゃん。でもジェイクはいつもこうだから気にしないで食べてね」
「意外だな。母ちゃんでも気を遣われたのは分かるんだな」
「あんたは黙って食べなさい。私に構うからリュートが睨んでるわよ」
「あんたがやれよ……」
会話はジェイクと母親もしくは弟が多い。父親と兄のクリスは黙々と食事をしている。実家の父は真逆の性格で、むしろ寡黙寄りな母親を思い出した。
「……にいちゃ!」
「怒らない怒らない。穏やかに穏やかに」
ジェイクは弟の世話にかかりきりだった。合間にしか自分の料理に集中できない。だが皿を見て驚く。
「……」
とても丁寧に魚を食べていた。正式なマナーとしても文句なく、一般家庭的なレイン家と違って美しく食事をしていた。
「……ステーキを食べていたときは普通に食べていたが、ジェイクはマナーが素晴らしいな」
「ステーキは豪快に食うから美味いんだよ。魚は綺麗に食うと格好いいだろ?」
「拘りがあるのだな」
またひとつジェイクを知る。レイン家を知る。
騎士として使命を果たす忙しい日々を誇りに思っていた。あの頃に偽りはない。だがもう戻りたいとは思えなくなっていた。
「……」
言い出せない。口に出したくないからなのかもしれない。突然の帰還命令が出ていることを、ジェイクへ言い出せずにいる。
あと少しだけ、この平和な日々をジェイクと共に。そう願って夕食へと手を付けた。
そしてこの頃から、聖国は崩壊の道を辿る事になる。聖母を巡る争いや悪しき思惑が混濁し、革命の日が迫りつつあるのだった。




