55話、ジジイにデレる若い女
「……世話になったね」
キメラの運搬や後始末など落ち着いた頃にハフナを訪ねた。まだ丸一日しか経過していない。作業は明日からも続き、今は現状を受け入れようとしている最中だ。
ハフナは少年少女や団員に囲まれて、サーカス団を立て直す会議を終えたばかりだった。
「大丈夫かよ」
「大丈夫なわけあるかい……一人なら何もかんも投げ出して諦めてるよ……でもこの子達がいる内は挫けずにやっていくしかないさ。駄目でもみんな体力はある。身に染み込むまで鍛えた技は嘘をつかないよ。働き口を探してツテを回ってみるさ」
「いいことを言うな」
「そうだろうよ……仲間もそうだが、客が犠牲になったのが辛くて死ぬまで引きずりそうだけどね」
「罪悪感を感じてるのだとしたら間違えちゃいけない。罪を背負うべきは犯人だ。理不尽に晒されたあんた等じゃない。俺でもグロリアでもない。だろ?」
「……あんたもいいこと言うね」
「おう。あんたも被害者だからな。休めるときに休みな」
力のない笑みを見せたハフナへ背を向けて助言を送る。グロリアを連れて宿屋へ戻ろう。次にまたタリナを訪問時には、サーカス団『エピロ』が見られることを期待して。
「……あの紅い霧はもしかしてジェイクがやったのか?」
「どうやって? 王器もないのにできるわけないよな」
「そうなのだが他に可能性がないだろう……説明ができない」
「利用したのは俺だけど霧は俺じゃねぇよ。自然現象を作り出すなんて、天使じゃあるまいし」
「……それもそうだな。考えすぎていたらしい」
勘のいい女だ。広場を行きながら若い女を連れ歩く。時刻は夜。帰宅は明日の朝になるだろう。リュートが暴れる様が頭に浮かぶ。今から恐ろしくはあるが考えないことにしよう。
「……」
キャロルの言っていた《八頭目》という組織はキメラの魔術を使えることもあって、必ず壊滅させてやる。
尋問して得た情報は騎士国にも共有されると聞いた。潔癖なシーザーも動くだろう。最終的な目的が不明だが、俺の遺産を集めている風なことを言っていた。やはり世の大多数と同じく、悪霊を手に入れたいのだろうか。
危険な悪霊はまだまだいる。中にはオルディアスやヨルよりも強く、フリードよりも凶悪な能力を持つ悪霊もいる。俺以外に取り出せるとは思えないが、始末しておくに越した事はない。
「流石に疲れたか? 昨日は事件で、今日は後始末の指示だ。今夜は宿屋でゆっくり休んでくれ」
「それより腹へった。とりあえず解決はしたし、なんか美味いもんでも食うか」
まだ未知な部分が多く、情報がなければ動けない。奴等は腹立たしいが、謎の組織について当面は聖国と騎士国に任せよう。
俺の目標は変わらず悪霊回収と鍛錬だ。
「いやぁ、それにしてもいいコンビだったな。謎の悪党共の手がかりに加えて、とんでもないキメラを倒したんだから上司にも褒めてもらえるぞ」
「ジェイクから褒めてもらいたいものだな。そちらの方が自分としては誇らしい」
「……!?」
騎士然とした凛々しいお姉さんが甘えてくる事件が発生する。浮気警報が発令されています。しかし冗談を言っているのだろうがジジイたる者、嘗められてはいけない。
シャキっとした顔で横目を見上げ、大一番を決めてみせた騎士を褒めてつかわす。
「一緒にいたのがグロリアでよかったぜ。またなんかあったら頼むわ。グロリアが隣にいてくれたら、ほんのちょっぴり頼もしい」
感謝の意を形ばかりだけ込めて言葉を贈る。実際グロリアの活躍は大きい。実力派で雷霆技の威力も高くて助かった。
「ぷにぷに、ぷにぷに」
「……」
耳たぶをぷにぷにして鼓膜辺りから脳へ振動を送り、触覚でも感謝を伝える。引き締まった表情が崩れて驚いているが、柔らかくて止まらない。
「……すまない。ジェイク……」
他人の耳たぶに夢中になっている手を取られる。包み込まれた手をそのまま繋いで向き合った。真面目な顔付きのグロリアは、それでも悩ましげに顔を赤らめて言う。
「……愛している」
愛されちゃった。
「なので任務通りにアプローチをする事にした」
「光栄だな。でも二日で判断するには早くないかな? 恋に恋する青春女子なんじゃないかな?」
「時間も大切だが、それはどれだけ相手のことを知れたかが重要だからだろう? ジェイク以上に尊敬できる人はいない。一時の恋愛感情もあるのかもしれないが、尊敬できる相手かどうかはそれよりも大切だと考えている」
理解はできる。他の誰でもない俺なのだから。うんうんと頷く。
「でもまぁ、俺には彼女がいるしな」
「まだ婚姻が成立したわけではないだろう? 別れることだって考えられる。そのまま続く方が珍しいとも聞く」
「普通に考えたらそうだろう。兄貴なんて毎年、違う女と歩いてる」
「それに認めてもらえるなら……愛人でも構わない」
相変わらずの大真面目な顔で何を言うかと思えば、愛人申請を届け出たいと言う。《烏天狗》窓口までお問い合わせがあるらしい。
「あの嫉妬女が許すとは思えないけどなぁ。いやでも、基本的に俺以外には砂糖より甘いから有り得ないとも言えんな」
「そうなればその時に考えよう。私はどちらにしてもジェイクを振り向かせる努力をするつもりだ。なによりもジェイクに愛されなければ意味はない」
「それは確かに一番大切」
前提として俺が好きにならなければならないことを忘れていた。基本的にお触りに限れば、来るもの拒まずだった前世が災いする。
配下の審査を通った女ばかりだったという理由もある。むしろ子供を作れと急かされていた。その子供と配下が揃って大陸で暴れ回っているわけだけれども。
「それでなにをしてくれんの?」
「まずは……市場を改めて見て回ろう。逢い引きとしてな」
「いいね。羊肉リベンジだな」
これは浮気ではない。約束した以上はグロリアに誘われようと浮気はしない。これは接待という。バッハ達から受けてグロリアを拒否はできない。
「では行こう」
「よし行こう」
この腕を絡められるのは俺が疲れているから。まずお触りまでは握手と同じだから。部位差別はしない主義。
「もうすぐ聖国祭がある。ジェイクと過ごせたら楽しそうだな」
「聖国祭か。聖国祭は事件とか起こらないだろうな……」
立て続けに事件が起きている。聖国祭くらいは穏やかに過ごしたいものだ。
「……」
凛々しく背筋を伸ばして歩むグロリアを見上げ、昔だったら失神する女ばかりだったのに……と一般人化した事実を再認識する。などと、しみじみ思っていると、グロリアは胸に手を当てて小声で呟いた。
「……こうやって恋人のように歩くのは、思ったよりもドキドキするものなのだな」
「初々しっ! 何それガキの恋愛みたい!」
「ジェイクは十三だろう?」
「最近の十三歳児は進んでんだぞ」
美乳と美尻の二択で迷い、グロリアの引き締まった尻を揉んでみる。人妻達と比べると……若過ぎて指が跳ね返って来る。張りが凄い。でもこれはこれでとも思えて来たような……。
「……!? ……こら」
「あふん」
軽く飛び上がったかと思えば、耳を軽く引っ張られるだけで終わる。羞恥に顔を赤くして、「悪戯は程々にだぞ」と満更でもなさそうな顔と物言いをしている。もうこいつに何やっても許される気がする。
こうして実家に着くまで、毅然とする女騎士とイチャイチャしながら楽しんだとさ。
2章終了!




