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52話、八頭目


 キメラ錬成の魔術には、必ず何かしらの触媒(しょくばい)が必要だ。今回でいうところの術式符。これを緊急的に廃棄(はいき)するとなれば、最も効率的とされるのは――火での焼却。

 そして、キメラ錬成にはもう一つ必要なものがある。


「街中でキメラを作る際にぶち当たる問題として、配合する動物や魔物をどうやって確保し、保管して、運ぶかってのがある。特に保管だが、ここなら全て(そろ)ってるよな。調教師が勝手に育ててくれてるのがいる」


 試験体は小熊とは言え、猛獣とのキメラだった。そこからサーカスに目を付けたらしい物言いをされる。まさか足が付くとは思えない些細(ささい)なミスだ。


「午前は少年、午後は少女。ここでは公演の内容を、時間帯で変えてやってるんだって?」

「……まあね」


 何か胸騒ぎはするものの、少年一人に見つかった程度だ。いずれにせよキメラで死ぬ命。強い関心から少しの会話を試みる。


「あとお前は、少女って年齢じゃないよな。通してるマナがやけに落ち着いてる。五十から六十ってところか?」

「……」

「その術式符、見せてもらえないか?」

「ああ、興味があるの? いいわよ、どうせ捨てるつもりだったものだもの」


 破棄するにも完全に燃えるより早く取り出される。

 ならばと術式符の束を放る。受け取った少年は軽く裏表へ目を通した。


「……騎士国で起きた騎士学校襲撃事件関連か」

「……!?」

「やっぱり動物は転移の術式符で廃墟に呼び出したんだな。四日前に檻から熊がいなくなったって調教師が言ってたし、これで繋がったな」


 急激に高まった警戒心により寒気が走る。術式を見ただけで組織の一員であると見抜いたこともそうだ。

 前提として騎士学校襲撃時に術式を見ていることも。  つまりは……。


「あんたが……あのカイワンを殺したのっ?」

「あのって言うほどのもんでもないだろ。《烏天狗》から逃げた奴の方が断然強い」


 少年は術式符を(ふところ)にしまう。その手で指差して告げる。


「で、今回はお前の番だ。キャメルと子熊の命を(もてあそ)んだ罪で、てめぇを捕まえる」


 大戦時代の兵士だったカイワンを殺したと言う少年。

 真実だとするならば、運に恵まれている。露見はしたが、万が一があるやもと過去最大の術式が準備してある。自分が通用する相手ではない以上、アレを起動する他ない。


「名前は?」

「……まあ、いいでしょう。私はキャロル・テスタ」

「お前がキメラにした女性は、キャメルって名前だ。似てるな」

「どうでもいいわぁ。試験してみたかっただけだしね」

「あ、そう。まあ試験は大切だな」


 正義感からカイワンや自分に接触しているものと考えていた。意外にも怒りを表すこともなく、感情的になることはない。

 少年は淡々と作業的に尋問を進めるのみだった。年齢や風体からは考えられない落ち着き振りは、もちろん異様だ。


 何かある。何かを隠しているのは間違いない。


「組織については話してくれるのか?」

「いいわよ。恩があるのは一人だけだしね」

「組織の名前はなんて言うんだよ。呼び方に困ってる」

「なんだったかしら……ああ、《八頭目(はっとうもく)》だったわね」

「何が目的なんだ?」

「それは流石に秘密よ。怒られてしまうわ」


 あの人物だけは、恩とは無関係に怒らせるわけにはいかない。キメラの術式符のみならず、転移の術式符まで作る正体不明の人物……ソル・ハル。


「なら次。組織のボスと話せるか? もしくはお前の上司でもいい」

「無理ね。ボスは私も知らないし、私にキメラの魔術を教えてくれた人も神出鬼没なのよ」

「他に知ってる面子は?」

「カイワンと最近捕まってしまったガスコイン。あとは何年か前に騎士国で死んだポールって爺さんね。もう補強はされたみたい。恩人については言えないわ」

「あいつもかよ……」


 本当はまだ一人だけ知っている。《(にごり)》と呼ばれる不気味な老人。しかし組織員と言えるほど役に立つとは思えなかった。完全に戦闘専門だ。


「お前は組織で何をしてるんだ? 役割は?」

「不老の研究ね。キメラ魔術も本来は自分に使っていたのよ」

「……キメラを作る魔術でどうやって若返ったんだよ」


 関心を持って(たず)ねられ、沸き立つような興奮に胸が躍る。

 通常ならこの少年と同じく応用できるとは思わないはずだ。それを可能としたのは、ひとえに執念だろう。若さと美への情熱だ。


「よくぞ聞いてくれたわ! 老いを止めることはできない。けど少しずつ戻すことはできる。若さと融合するのよ」

「はあ? 若い女ってことか?」

「ええ! そうよ! この若さになるまで何度もね!」


 偉大な研究が完遂した。若さへの執念が永遠の美貌を手に入れた。十年にも及ぶ研究が成就した時の興奮は、千年経っても忘れないだろう。


「まあ、今のお前を見れば実際に可能だったんだろうよ。でも問題が残るだろ。キメラの魔術で二人を一人に融合した場合、自我が二つになる筈だ」

「その障害なら解決済みよ。生きたまま脳を取り除いて(・・・・・・・)すぐに魔術を発動させれば、私の自我だけが残る」


 少女達のことは忘れない。感謝ばかりが先行する。求める自分に成れたのは間違いなく彼女達のお陰だ。この研究は全員で成し遂げた功績だった。


「ああ、救いようがねぇな、あんた……」

「何がいけないの?」


 この胸に満ちる確信を初めて他人に説く。大戦を経験してシリウス帝国の終始を見届けた者として、冷めた眼差しを向ける無知な少年へと教えを授けることにした。


「驚く(なか)れ、私はロスティーナ様のメイドをしていたの」

「人類王の三女だな。そのメイドならいい思いもできただろう。あいつ……あの方は誰にでも分け(へだ)てなく優しいって評判だ」

「地獄よ」


 容姿に自信があった。とても、とても。

 半生を掛けて、仕事をしながら美貌を追い求める毎日だった。皇女や貴族に、億万長者へも指導するほどの知識を身に付けた。


「ロスティーナ様はお綺麗だったわぁ。たまに見る《金羊の船団(アルゴノート)》の方もね」


 だがそれ故に、救い難い葛藤(かっとう)に苦しまされる。耐え難い苦渋の日々が始まったのは、老いを感じてすぐ。


「でも……あの方々は(おとろ)えないのよっ。私がどれだけ努力してお金をかけても、彼等彼女等は常に全盛期なの。意味が分からない。この世界が大嫌いだった」


 数字として増えていく年齢が怖い。老化が恐ろしく、そして憎い。憎い。憎い。

 かけた金も実績も経験も、人生を否定するように人間は老けていく。かたわらで変わらない美が目の前にある。

 失敗作だと言われているような地獄の毎日。指導した者達から責められているようで、嘲笑われるようで、ただただ苦渋と屈辱を感じていた。


「自尊心が保てなかったわ……削れるのよ。もういっそ心なんて消えて無くなったらいいのに、ずっと削れていくの。見知らない人の立ち話が、自分への嘲笑なんじゃないかと思えてならなかった。無駄な努力をする哀れな女がいるってね」

「被害妄想だな」

「そうかもしれない。でもそうじゃないかもしれない」

「そうじゃないかもしれないってだけで殺されるやつがいていいのか? そんなわけないよな」

「あら、ユーガ様が証明したじゃない」


 確信の根本にあるのは、《人類王》だ。だからこそ絶対的に過ちである筈がない。


「……」


 少年が目を閉じた。何を思ったのかは分からない。何者かも知らない上では、心情を察することはできない。察するつもりも(おもんばか)るつもりもないが。


「あの御方も初めは《血に狂う独裁者》と呼ばれていたわ。けど戦って戦って、勝って勝って、殺し尽くしたユーガ様は今や神話となった」

「そうだな。神話かどうかは置いておいて、(おおむ)ねその通りだ」

「私の研究も同じよ。偉大な成果を上げた。既に多くの人に認められている。心から願われて、数人の美の追求者には救いを与えているわ」


 選ばれた者達を“老い”から解放した。これからも上位者や社会にとって不可欠な人材を、永きに渡り救う術を見付け出した。


「不老の術を編み出した私は絶対的に正しい。世界に必要とされる人材を、どこまでも延命させられる私は必ず必要とされる……つまり《ノアの方舟(ノアズアーク)》の皆様も私を求めるでしょうッ!! そうでしょうっ!? 分かるわよねッ!!」


 歴史に名を連ねる偉人達と同等以上の発見だった。神話の戦士達ですら成し得ない快挙を成した。


「世界にでも聞いてみましょうかっ!? 答えなんて分かり切っているけどねッ!! この研究は人類における転換点なのよッ!!」

「それでもだ」

「……は?」

「それでも俺はお前を倒す。誰よりも資格がないとしても、誰よりも罪深いとしても、キャメルみたいな奴がいる限り……お前を野放しにはできない」


 少しの反論も許さない主張にも、少年は(わず)かな躊躇(ちゅうちょ)もなく即答する。

 そして真っ向から断じた。眼光が放つ痺れるまでの決意を浴びせ、音が鳴るほど拳を握り締めながら。


「――お前みたいな殺人鬼は見逃せない。ここでその研究ごと、(つい)えろ」


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